第22話【生徒の進路を勝手に決めるな】

 校舎の外から響く金属バットの甲高い打球音。

 ウチの高校の野球部はなかなかの強豪らしく、今年こそは初の甲子園を狙えるんじゃないかと、放課後の職員室の中でも話題になっている。


「も~幸村ゆきむらクン、ゆかりの話聞いてる~?」


 目の前の幼女にしか見えない担任のゆかりちゃんが、頬を膨らませて俺を睨む。


「聞いてますとも。朝食にハンバーガー10個食べた話ですよね」

「......もういいや。一週間後、もう一回書き直して提出するように」


 呆れた表情でゆかりちゃんから渡されたA4サイズの紙には、大きく『進路希望調査』の文字。

 俺なりにしっかり書いたつもりが、どうやらゆかりちゃん的には不服だったらしく、こうして職員室に呼び出しを喰らったというわけで。


「幸村クンは漫画やアニメが好きみたいだから、そういう進路に進みたいとは思わないの?」

「いや全然。だって俺、好きだからと言ってイラストが書けたり、動画を編集できたりするわけではないですから」


 今ゆかりちゃんに言われるまで、俺は自分が創作する側になるなんて発想は微塵も考えたことはなかった。

 

「随分とかたよりのあるチョイスじゃない。他にもそれ関係であるでしょ? ほら、子供に大人気の職業の」

「......声優ですか」

「そっ。生徒の個人情報になるからあまり大きな声では言えないんだけど、毎年卒業後に声優の専門学校に入学する生徒、結構いるんだよね~」


 そのわりには声のボリュームを一切落とさずに話しているゆかりちゃんに相づちを打つ。


「今は昔と違って顔出しやゲームの仕事も増えて、新人でも売れればそれなりに食べていけるんだから、いい時代になったものよ」


 黄昏たそがれながらどこか遠くを見つめるような視線に、ゆかりちゃんの歩んできた歴史の一部がチラと見えた気が。

 

「ゆかりちゃん、詳しいんだね」

「ひょっとして幸村クン、ゆかりの過去に興味津々? ゆかり嬉しい~。でも〜、女の子の過去を詮索するのは感心しないぞ〜?」


 40歳超えの担任のロリババアの過去になんてこれっぽちも興味はないので、ホント早く終わってほしい。

 周りの先生方も苦笑いしてないで誰か助けてくれ。


「大人気になった影響で目指す人が増えた分、少なかった席が更に少なくなって混沌を極めている感はある。だとしても今の声優は若いうちの方がなりやすいし、一般の学校ではまず学べないような専門の授業もあって、ゆかり的にはオススメかな」


 まるで俺が声優の専門学校に行くみたいな話の流れになっているが、これはゆかりちゃんの勝手な妄想であって、俺自身にそんな意思は全くない。捏造である。


「最悪声優になれなくても、何処かの会社がブイチューバーとして拾ってくれて、炎上するまで雇ってくれるよ、きっと」


 俺が言うのもなんだが、頼むから生徒の将来をもうちょっと真面目に考えてくれ。


 サムズアップでゆかりちゃんに見送られて職員室を出ると、俺は自分の進路のことを改めて真剣に思案する決意を固めた。

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