第5話【セレンさん、裸族じゃないよね?】

 異種族人とのアニメ談義の後、俺は彼女に先にお風呂に入るよう勧めた。


 決してエルフの残り湯に浸かりたいとか、そんな変態チックな思惑は一切無い。

 ただ何となく、俺みたいな汚れた男子高校生の後に入れるのはいけない気がした。


 己の名誉の為に補足すると汚れたというのは比喩ではなく、単純に今日学校の体育の授

業でたくさん汗を掻いた。

 更に放課後は彼女とナンパの魔の手から逃れる為に共に走ってもいる。

 彼女も汗を掻いているだろうから、先にお風呂を譲るのは男として当然の判断。


 夕飯の片づけを済ませ、一人リビングで今日起きた出来事を振り返っていると、突然俺のスマホから電話の着信音が鳴りだした。

 画面には『陽気なおっさん』の表示。

 そう、今お風呂に入っている彼女の夫にして俺の養父・光一こういちからの電話。


『そうかそうか、セレンの奴は無事にそっちに着いたか』


 離れて暮らす新妻が気になって電話をかけてきた様子の光一。 

 ちなみに光一が使っているスマホは異世界でも使える特殊な機種で、この世でまだ数台しか存在していないという。あくまで本人談なのでどこまで信用できるか疑問は残るが。


「......まぁ、家に来る途中いろいろあったけどな」

『どういうことだよ?』


 あまり心配をかけるようなことは言いたくなかったが、今後も十分あり得る機会なので、正直に事の顛末てんまつを光一に伝えた。

 これでもこいつは異世界をまたにかける自称・謎の仕事人。何かいい提案をさずけてくれるに違いない、と薄く期待してみる。


『なるほど、やっぱりな......そいつは助かったよ。ありがとな。流石は我が愛しの息子! 頼りになる~!』

「茶化すな、うっとうしい」

『その点はとっておきの防御アイテムをそっちに送っておいたから、心配御無用。多分明日には届くだろうよ』

「防御アイテム? 何だよそれ?」

『それは届いてからのお楽しみってことで。そいつを見につけておけば今日みたいなトラブルも回避されるだろう。あ、でもセレンの美貌びぼうは隠せないか......困ったな。どうすればいいと思う?』

「知らねぇよ。のろけ話しは他でやってくれ」


 エルフはまだまだこちらでは珍しい存在。

 あの連中が悪意を抱いて彼女に近づいてきたのかは知る由もない。でも確実にそういったよこしまな考えを持ったやからは実在する。

 彼女のこちらでの生活が少しでも過ごしやすくなる防御アイテムであることを願おう。


『セレン......お前の母さんになった人のことをよろしく頼んだぞ。俺もできるだけ早く今の仕事片づけてそっちに帰るようにするから』

「期待しないで待ってるよ」

『――それじゃ、アディオス!』


 電話越しに俺に向かって、右手の人差し指と中指だけを伸ばして敬礼のようなポーズした、そう想像できるいつもの別れの挨拶だった。


 通話を切ったほぼ同じタイミングでバスルームの方からドアの閉まる音が聞こえた。


 どうやら彼女がお風呂からあがったようだ。

 もう少しあがるのが早ければ光一と話せたのに......なんか悪いことした気分になって息が零れる。


 リビングのドアががちゃりと開かれた。


晴人はるとさん、お風呂お先にありがとうございました」

「いえ、どういたしまし......!!!???」


 振り返って声の主の方に視線を向けると――そこには一糸まとわぬ姿......厳密には首にタオルのみを巻いた、ほぼ全裸の彼女の姿が降臨していた。


 乳白色の肌が最大級に露出され、上気し鼻梁びりょうの整った顔は艶やかで見るだけで鼓動が高まるのを近覚ちかくできた。


「ヘスティアーナさん!? 服! 服は!?」


 俺は首を横にふり、極力見てしまわないよう半眼で彼女に問う。


「服ですか? 申し訳ございません、いつもの癖でつい......こうしていると涼しいもので......はしたないですよね」

「いやヘスティアーナさん、はしたないとかそういう問題ではなく、俺も一応男なので..

....」


 恥ずかしさを全く感じない彼女の声が突如、俺の一言で引き締まった声色に変わる。


「――晴人さん、私のことはヘスティアーナではなくセレンと遠慮なくお呼び下さい。私は晴人さんの母親で家族なのですから」


 そのままの状態でどういうわけか俺の目前まで迫る。

 爽やかでハーブのようなシャンプーの匂いが俺の鼻を刺激し、そして。


「――もし名前で呼ぶのが恥ずかしいのでしたら.........お母さん、と読んでいただいても構いませんよ?」


 ......恥ずかしがるところ、そこですか?


 照れた声でもじもじしつつ、息子にほぼ全裸で『俺の名前を言ってみろ』的に迫る母親がいてたまるか! と心の中で一人ツッコミをしながら、俺は観念して。 


「わかりました! わかりましたからセレンさん! とにかく早く服を着て下さい!!」

「フフ......わかっていただけて嬉しいです」


 生きた美術品のようなセレンさんは背を向け、服を着るべく自室の方へ歩いていった。

 緊張から解放された俺は、思わずその場にへたり込んでしまう。


 これはナンパ対策だけでなく、こっちの世界の常識もいろいろ教えないといけない気がして、一気に頭が重くなった。

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