あなたへの手紙

海風りん

あなたへの手紙

今、私の横で、鼻歌を歌いながらハンバーグを作っているあなたへ


ずっと一緒に暮らして、いつでも話しかけられる距離にいて、お手紙なんておかしいかな。

でも、話しかけると、なぜだかまた、憎まれ口で、伝えたい気持ちと逆のことを言ってしまいそうです。

あなたはとても鈍感で、私の気持ちを察してほしいなんて、とても無理なことだとわかってるから。

10年以上そばにいるあなたに、はじめてのお手紙を書いています。


私は、あなたの弾けるような笑い声が大好きでした。

知り合って、仲良くなって、恋人同士になって、一緒に過ごす時間に、いろんな話をしたね。

私の話を聞いて、あなたが笑ってくれると、嬉しくて心の中でガッツポーズをしていたんだよ。

思った通り伝わらなくて、笑い声を聞けなかったときは、残念で一人で反省会をしてみたり。


私は、あなたと行く旅行も大好きでした。

海も山も、海外も国内も、いろんなところに一緒に行ったよね。

一つ一つの旅に、たくさんの思い出がつまっているよ。


いつもは強気なあなたが、海外では「英語ができないから」なんていいながら、同じく英語ができない私の後ろに隠れていたり。

東南アジアの旅先で食べたフライドチキン。あの味を再現したくて、いろいろ試すけど、「やっぱりあの美味しさにはかなわないね」なんて二人で、ため息をついたり。

旅が終わっても、ふたりで繰り返し、話す思い出話。

そんな会話を楽しむために、一緒に旅行に行くのかなって思うくらい好きでした。


一緒に住むようになって、時にはケンカもしたね。

きっかけはいつも些細なことで、今では思い出せないくらい。

ひとしきり不機嫌な顔で、口を利かずに眠っても、次の日はどちらともなく、話しかけて、気づくと元通りになっていた。


こうゆう風にずっと仲良くいられるんだろうと思っていました。

年を重ねても、変わらない二人でいられるだろうと思っていました。


でも、時の移り変わりは残酷で、思いがけないような変化をおこした。

いつのまにか、私の声は、あなたの心を素通りするようになっていった。

まるで、底なし沼に話しかけているように、私の言葉は、意味ももたずに消えていったの。

私は悲しくて、淋しくて、そして…拗ねて…、ひどい言葉ばかりをあなたになげるようになってしまった。


どうしてこうなってしまったんだろうね。

想いあっているはずの二人が、ずっと一緒にいたいはずのふたりが、一番言われたくない言葉を、一番傷つくタイミングでお互いに言い合ってた。


そんな冷たい長い時を超えて、今、あなたはハンバーグを作ってくれています。


きっかけをくれたのはあなた。

「たまにはおいしいものでも作ろうか」

久しぶりに私の顔をのぞき込むようなあなたの瞳。

言葉にはしなくても、今までごめんねって気持ちが伝わってきたよ。

私も急に力が抜けて「わぁ。嬉しいな」なんて笑顔になれた。


あんなに罵りあった私に、「パン粉って牛乳に浸すんだって。知ってた?」なんて、ニコニコ笑って。

私も「知ってるよ。ハンバーグ作ってあげたことあるでしょう」なんてかわいくない言葉を飲み込んで。

微笑みながら、この手紙を書いて、料理ができるのを待ってます。


もう一度、信じてみてもいいですか?

好きだったという過去形ではなく、好きです。と胸をはって言えるように。


温かい料理のように、二人でいるのが、暖かくて、心地よくて、安心できる、そんな二人にもどれるように。


ああ、いい匂いがただよってきました。

この手紙は、大成功のハンバーグを食べて、にんまり笑うあなたにそっと渡したいと思います。


こんな時間を私にくれてありがとう。

もう一度、信じる力をくれてありがとう。



本当は優しいあなたへ


素直になった私より

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