第9話



「誰かにそう言われたのですか?」


流風が不思議そうに尋ねる。


「……いや。誰にも、別に、言われたことなんかねーよ」



そう。言われたことなんかない。


(俺が、勝手に思ってるだけだ……)



「……俺は、君が喧嘩が強そうで頼りになりそうだから助けた訳ではありません。君だったらいるだけで強力な助っ人になると思ったから君を助けたんですよ?」


「……それは……

要約すると俺がいるだけで餌になるから、妖が寄ってくるから都合が良いって事だろうが〜?」


如何にも良い風な話に持って行こうとする流風の頭を龍之介が鷲掴む。


ミシミシミシッ


「あたたたたっ、まあ、そうとも言いますけども、でも君はいるだけで本当に素晴らしいんですよ? 大丈夫です、怖い目に遭わされても俺が君を守りますから」



キリッとした顔で流風が言う。

その真っ直ぐな眼に一瞬絆されそうになる。



「……いや、でも、俺は……」


「なので是非俺の相棒兼餌になってください」


バシッ!


前言撤回とばかりに流風の頭を叩く。


「いたっ! もう、何で叩くんですか。今良い雰囲気でしたよね?」


「何処がだ! 調子のんな! つーかお前みたいな貧弱優男が本当に幽霊祓えるのかy……」



その時。


コン、コン、コン


ノックの音がした。



『あーけーてー』




幼い女の子の声だった。

明らかに黒銀の奴らじゃない。不気味なくらい可愛らしい声だ。


『……子どもの声だった。女の子は目をギュッと瞑り、顔を伏せ、耳を塞いだ……』


階段と今の状況が重なる。

たらりと冷や汗が頬を伝うのがわかった。


目線の先の木板の床に蛍光灯の薄い光で影ができる。


……いる。

ドアと天井の隙間から何かが覗いている。


龍之介と流風の間に風船のような影がゆらゆらと、揺れる。


(……違う、コレは、人の、顔……の、影……?)


見ちゃダメだ。

頭ではわかってるのに、何かに引かれるように顔が上がって行く。


(ヤバいヤバいヤバいヤバい……!)


頭の中のアラームが鳴りっぱなしで、いよいよダメだと思った時だった。


ぐいっと何かに首元を掴まれ、引き寄せられる。


「ッ!」


トイレとは不釣り合いな柔軟剤のような良い匂いのする硬いけど柔らかい感触に額ががぶつかる。


「……このまま、静かに」


落ち着いた声が龍之介の頭上から聞こえた。ぶつかったのは流風の薄っぺらい胸だった。


流風が龍之介を胸に抱きこんでいた。


自分とは対照的な規則正しく、静かな鼓動が聞こえる。動揺した気持ちと恐怖心がじんわりと溶けていく。




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