はじまりのコンキリエ

あん彩句

はじまりのコンキリエ


 私は料理が嫌いだ。


 どんなにがんばったところでシェフには敵わないし、作って冷めないうちに食べて満足して、その後に待っている片付けが大嫌い。その逆も然り。だって食べ物は美味しいうちに美味しくいただきたいもん。


 そもそも同じものをずっと食べていられるし、素敵に盛り付けるそのセンスもないし、なんならインスタントのお茶漬けでいいやって思ってしまう。いや、白いご飯にごましお、これで満足。飲むみたいにご飯がいけちゃう。


 だけどね、世の中の女子は私みたいなのが稀なんだって思い知る。



 私が就職したのは大きな会社ではなかった。でもなんだかアットホームなところで、本社といくつかある支店の社員はみんなとっても仲が良い。基本的には男性社員が多く、優しい人ばかりで女子はすごく大切にされる。男尊女卑なんて言葉は嘘みたいな会社。ほんと、私はラッキーだった。

 同期は8人で、男5人女3人という輪にかけてなんともありがたいバランス。とりわけこの同期は仲が良くて、最初の3ヶ月の研修はあっという間に終わった。


 一緒に入社してからというもの、誰かのアパートに集まることもしばしばあって、そのときはみんなで料理を持ち寄った。惣菜やお菓子を買ってくるのがほとんどなのに、有美ゆうみちゃんは違う。タッパーに詰めて手料理を持って来る。それも全部が美味しいの。実際に同期の男子はみんな胃袋を掴まれていた。


 そして、有美ちゃんの家で集まったときはもっと衝撃だった。チーズやクラッカーを乗せて出すお皿が違う。木のプレートにハーブなんて添えちゃって、ぬか漬けや魚のマリネなんかも準備されていた。しかもメインはモツ鍋。ふわふわで臭みがないの。いったいいつから準備してたんだろうって、それはもう気が遠くなった。



 もうやめたい。居酒屋がいい。ちょっと高くなってもいいから外食がいい。お金を払って料理を頼んで後片付けもしてくれるなんて最高だもん。


 有美ちゃんちで私が終始考えていたのはそんなことだった。いいじゃん、レンチンで。出来立てより劣るかもしれない、でもみんなで笑いながら食べたら美味しいから問題ないよって。



 しばらくするとそれぞれの配属先が決まり、忙しくなってなかなか集まれなくなったことは幸いだった。私は本店に勤務先が決まって、集まるとなってもちょっと遠い人は引っ越したりしたから全員じゃなくて都合がつく人だけが顔を出す。だから場所は居酒屋かレストランか。


 有美ちゃんは引っ越しはしなかったものの、通勤に1時間かかるらしい。料理なんてしている暇ないだろうと思ったら、毎日お弁当を持って行くんだって。面倒だからって菓子パンとサラダで済ませる私は閉口するしかなかった。


 もう1人の同期の女の子は、有美ちゃんとは違っていた。食べるのが大好きで美味しいと聞けば食べ歩く。だから色んなことを知っている。旬の野菜とか、美味しい食べ方とか。

 コンビニの惣菜にも一手間加えてちゃんとお皿に盛るんだって。デザートにも、ジャムとか生クリームとかちょい足ししておしゃれに飾るんだって。そうするともっと美味しいんだって。そのジャムもお取り寄せするこだわりようで、またまた閉口する私——無添加、オーガニック。わかってるよ、大事なことだよね。わかってるけど、さぁ。



 でも、私だってこだわるところくらいある。コーヒーはインスタントは飲まない。近所を何件か回って好きなコーヒー豆屋さんも見つけた。生豆から焙煎してくれるの。待ってる間にコーヒーをご馳走してくれて、ちょっと気取った店内には海外の食材やお菓子がいっぱい。少し値段は高いんだけど、それでも満足だから通ってる。


 その店で焙煎を待っている間に、棚に並んだショートパスタが目に入った。イタリア産で、マカロニサラダにピッタリという文字が目に止まる。小さな貝殻の形のかわいらしいパスタ。思わず手が伸びる。マカロニサラダだったら——うん、作れる。



 私は料理が嫌いだ。



 だから、肉を焼いてもソースなんて作らない。塩胡椒で充分。そもそもハンバーグは作らない。パスタも作らない。お店の方が美味しい。揚げ物もやらない、油が飛んで掃除が大変だから。きんぴら、ひじき、牛蒡の煮物、全部スーパーで買って来る。いっぱい作っても余らせちゃうし、ちょっとあれば何日か食べられる。サラダは千切りキャベツを買って来る。きゅうりは一本買って浅漬けにする。これも何日か持つ。


 余計な調味料の必要性がない我が家には、必要最低限のものしかないけれど、料理が嫌いだからこそいいものを揃えている。塩も醤油も何種類かずつ用意しているし、出汁もいろんなものを試して美味しいと思うのを常備してる。それだけで美味しいから、料理が嫌いな私でも家でご飯が食べられる。



 家に帰ってジャケットを脱いで、シャツを捲って早速お湯を沸かした。エプロンはない。あってもきっとしないと思う。だから買わなくていい。


 卵を茹でるのに小さな鍋を使っちゃうので、深底のフライパンでマカロニを茹でる。茹で上がったらザルにあけて冷まして、その間にゆで卵を潰す。泡立て器でざくざくと。そして、熱が取れるまで放置。


 冷蔵庫からビールを出して一口飲んで、昨日の余り物のザーサイにラー油を垂らしてつまみ食いした。このラー油は沖縄の物産展で見つけた逸品で、ストック分も買ってよかったと思うほど美味しい。辛い、でも美味しい。



 マカロニと卵をざっくり混ぜて、胡椒をミルで挽き入れる。そこへトリュフ塩を少々と、粗挽きマスタードを多めに投入。マヨネーズも遠慮なく搾り出し、パルメザンチーズを少しと、最後に冷凍庫のパセリを潰しながら入れる。これを混ぜて味見しておしまい。

 これだけは作り慣れてるから何も心配いらない。いつも通りで私の好みに仕上がるんだから、味見なんて確認程度だ。


 さすがにボウルのままじゃ味気ないからちゃんとガラスのお皿に盛ってみた。缶ビールをもう一本テーブルへ運んで、ザーサイとマカロニサラダって、と並んだ皿を上から眺めてもうちょっとなんとかなったんじゃないのって思ったところで電話が鳴った。


 同期の城田しろたからの着信だった。同期の誰よりも一番遠くへ飛ばされた城田は、遠いくせにたまに飲み会に参加するほど同期で集まるのが好きらしい。

 アホだなって思うけど、城田のそういうところは嫌いじゃない。


「お疲れ!」


 元気よく電話に出ると、向こう側で『俺、俺!』と詐欺みたいな同じような声が元気よく聞こえた。


『明日から3日間、本社なんだよ。ともちゃん知ってた?』


「知らないけど」


『なんだよ冷てーな。今日からカンタんち泊まるんだよ』


 カンタも同期で同じ本社勤務だから、たまにご飯に行ったりする。


『だから明日、飲みいこーぜ』


「いいね! 残業しないように朝からマジメに働かなきゃ」


『だな。でもその前に土産買ってきたぞ。ともちゃんの好きな赤福』


「まじ! カンタんち行けばいいの? 今どこにいるの?」


『おまえのマンションの前』


「ストーカー!」


 2人で大笑いして、エントランスまで迎えに行った。エレベーターを降りると城田はもうそこにいて、赤福の入った紙袋を捧げるような低頭な姿勢で待ち構えていたから、また爆笑してしまった。



「とりあえず一杯飲んでく?」


 紙袋を受け取って、手持ち無沙汰にそう聞いた。城田はちょっと迷って腕時計を見て、それでも迷いながら頷いた。同期の女の子以外を部屋に上げるのは初めてだったけど、やっぱり同期は別。大学の友達とも、高校までの友達とも少し違って、今の私の満足も不満も全部わかってくれる貴重な存在。


「わーい、赤福、赤福」


 冷蔵庫からビールをもう一本取り出して城田へ渡し、テーブルに着いて遠慮なく包みをビリビリ破いた。これはマカロニサラダどころじゃない、と綺麗に並んだこし餡の芸術品を眺めた。


「これ買って来た?」


 城田がマカロニサラダの乗った皿を指差した。私はもう一つ目を頬張って、こし餡と餅の素晴らしいマリアージュにほっぺたを落としそうになっていた。


「さっき作ったの」


 ヘラで二個目を掬いながら言う。


「食っていい?」


「うん。箸、未使用だよ」


 私は今、目の前の赤福に夢中だ。口の中に入れてもぐもぐして、ふわふわと溶けていく餡子と餅の弾力を堪能する。これは最高傑作。餡子はこれ以上の相方を見つけられないと思うの。


 目を閉じて至福を味わう——でも、城田の声に邪魔された。


「うま!」


 パチリと目を開けたら、二口目を頬張る城田が見えた。しかも尋常じゃない量を口の中へ押し込んでいる。さっき作ったマカロニサラダは、もう半分に減っていた。


「うま!」


 繰り返す城田を疑った。男子が大好きな肉のエキスすら入ってないのに、ステーキと共に食う白飯のごとくかっこむから、当然疑う。


「いいって、無理しなくても」


「まじ。俺、マカロニサラダが最高に好きだからな」


「初耳」


「だろうな、今決めたし」


「——?」


 城田はその後二口でマカロニサラダの皿を空にした。そしてビールの缶も一気に半分くらいを空にする。


「また食いたい」


「私、有美ちゃんみたいに料理できないけど」


「これ、食いたいだけだし」


 唇を尖らせた城田がぶっきらぼうにそう言って、私は三個目の赤福を口へ放り込んだ。さっきまで繊細に感じられていたマリアージュがちょっと乱暴に喉を通る。


「また来ていい?」


 城田が私を見た。


「赤福、買って来てやるからさ」


「……いいけど」


 餅を飲み込めないままモゴモゴとそう答えた。


「ほかに何が好きなのか教えてくれたら、練習してもいいけど」


 モゴモゴついでにそう言うと、城田はぴかんと目を見開いた。そして、きっと私が赤福を食べた時にしたと同じであろう、へらりと頬を緩ませた——困った、いよいよこし餡の甘さを感じない。


「ちゃんと買って来てよね、赤福」


「わかってるって」


 ならよし。私が頷いたのは、絶対に、赤福につられたからですからね。




【 はじまりのコンキリエ 完 】

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