KAC20224 こうしてお笑いにより世界は平和になりました。

斜偲泳(ななしの えい)

第1話

「遂に出来た。究極のお笑いプログラムだ!」


 薄暗い研究室に博士の歓声が響き渡る。


 20XX年に東京万博が開催される。

 テーマは平和で、博士はそこに出展する特別なプログラムの製作を依頼されていた。


 長引く不況、治まる事のない感染症、大国は戦争を行い、インターネットの普及によって人々は心を病んで、殺伐とした雰囲気が世の中に蔓延している。


 平和というテーマを与えられた時、博士の脳裏に浮かんだのは笑いだった。

 どんな時代であれ、なにかしらの問題はある。それらは決してなくなることはないだろう。一つの問題が解決すれば、すぐに別の問題が浮上する。


 人生とは、社会とは、人の営みとは、悪夢のような現実と踊る終わりのないワルツのような物なのかもしれない。


 そういった問題を根本から解決するのは難しいが、人の心はどうだろうか?


 笑いがあれば貧しさも乗り切れる。笑いがあれば、病に苦しむ人々の慰めになるだろう。戦争の只中にいる人にこそ笑いが必要だ。外側の傍観者が過剰に白熱し、無用な争うを生まない為にも、笑いは有用である。インターネットで人の負の側面を眺めるよりも、下らない事でガハハと笑っている方がいい。


 笑いとは、平和という状況を人の心に作り出す唯一の特効薬かもしれない。


 そんな風に分析して、博士は究極のお笑いプログラムの開発に勤しんだ。


 年齢、性別、国籍、身体的特徴、その他あらゆる条件を無視して、誰もが等しく腹を抱えて笑えるような、そんな力を持つ究極のお笑いプログラム。


 幸い、世の中には笑いのサンプルが溢れている。それらのビッグデータを取り込んで、高性能なコンピューターの力技で笑いの神髄を抽出したのだ。


 ツイッターやユーチューブから、笑えるツイートや動画を抜き出して学習させる。インスタには世界中の笑える変顔が、TIKTOKは笑える動きの宝庫だった。


 ギャグマンガやアニメ、小説、コメディー番組にコントや落語、様々なジョーク。それらをとにかく入力し、AIに学習させる。仕組みとしては単純で、想像した人物を質問から当てるアキネーターのそれに近い。


 このプログラムはスマートフォンやパソコンのアプリとしても利用可能で、カメラ機能で利用者の外見的特徴や表情を分析し、それに応じたネタを披露する。それで手応えが悪ければ、その際の反応をフィードバックし、利用者の個性に応じて最適化された笑いのネタを即座に再出力する。


 これを何度か繰り返すだけで、理論上はどんな人間だって大笑いさせる事が出来るはずだった。クソ真面目な堅物は勿論、目の見えない人間や耳の聞こえない人間にだって対応している。その為にこのプログラムには、利用者の笑いのツボに応じたキャラクタービジュアルや機械音声を生成する機能が与えられていた。あまりにも精度が高すぎて、手の込んだネタをやらなくても、ただの変顔や動きだけで大抵の人間は大笑いさせられる程である。


 あくまでも、計算上はだが。


 ゴクリと喉を鳴らし、博士はプログラムをインストールした試験用のスマートフォンを操作した。


 自慢する事ではないが、博士は笑わない事で有名だった。病的に真面目な性格が災いして、ちょっとやそっとのネタでは素直に笑う事が出来ないのだ。


 そんな自分が大笑い出来たなら、きっと世界中の人間を笑わせる事が出来るだろう。


 試験が成功した暁には、このプログラムは東京万博の目玉として全世界に無料配布される予定である。


 名前はシンプルにLaugh and Peace笑いと平和だ。


 プログラムが起動すると、ニコちゃんマークのビジュアルが浮かび上がる。


 黄色い丸顔のキャラクターがウィンクすると、いないいないばぁでもするように顔を隠す。手をどけると、リアルだが極端にデフォルメされたウマ面の男の変顔が現れた。


 これは不特定多数の人間にウケる最大公約数的な変顔の一つだった。

 約三割の人間がこの時点で吹きだすと予測されている。


 確かに滑稽な顔だが、博士の仏頂面はピクリとも揺らがなかった。


 するとドアップになっていたウマ面の男が小さくなり、針金人形みたいに細長いノッポの身体が露になる。


 そして、鼻の下をスケベな感じで伸ばし、ふごふごと鼻息を荒げながらインド映画から学習したコミカルなダンスを踊り出した。運動神経皆無なビジュアルの割に無駄に動きのキレがよく、要所要所で真顔になるのが小憎たらしい。オーケストラ調の壮大なBGMも男の滑稽さを増幅させるのに一役買っていた。


 これには博士の目元がヒクついた。


 我ながら面白いが、我慢である。

 厳しいテストを行う為に、博士は絶対に笑わないつもりで臨んでいた。


 博士が耐えるのを見て、ウマ面の男は歌い出した。むさ苦しい顔とひょろ長い身体に似合わない、甲高いソプラノボイスである。笑いそうになるのを、太ももを抓って必死に耐える。ウマ男が分裂し、馬鹿みたいなダンスが激しさを増す。博士の頬は噛み殺した笑いでパンパンに膨らみ、今にも破裂しそうである。それでもなんとか曲の終わりまで耐えきった。そう思った直後、決めポーズを取った勢いでウマ面の男の髪の毛が吹っ飛んだ。ヅラだったのである。


「ぶふぉぉ!?」


 これには博士も吹きだした。全く、なんて馬鹿なんだろう!

 そして、利用者が笑い出してからがこのプログラムの本領発揮だった。

 これまでの反応で利用者の笑いのツボを見定めると、それに類似するネタを怒涛の勢いで展開し、笑わせまくるのである。


「うはははは! わはははは!」


 文字通り、博士は腹を抱えて笑い転げた。人間は、一度ツボに入ってしまうと途端に笑いの閾値が低くなる。飽きるまで、類似したネタ、鉄板が通用する。そして、適度に変化球を投げ込む事で笑いの刺激に緩急をつけ、入ったツボが外れないように固定化するのだ。


「わははは! わははは! ひー! い、息が出来ん! こりゃたまらん!」


 涙を流し、息も絶え絶えに笑い転げる。もう、笑っているというよりは笑わされているという感覚である。息を吸おうにも、横隔膜が痙攣してままならない。我ながら、すごい物を作ってしまった。


 が、流石にこれはやり過ぎだ。このままでは笑い死んでしまう。博士はプログラムを停止させようとするが、笑い過ぎて身体が言う事を聞かなかった。


「ひー! ひー! わはははは、死ぬ、死んでしまう!」


 咄嗟に携帯を放り投げるが、強烈なビジュアルは脳裏に焼き付いて離れない。スピーカーから聞こえるマヌケな曲と歌声、動作を予想させるSEだけで、頭の中にウマ面の男が踊っている馬鹿みたいな映像が再生される。


「わはははは! 勘弁してくれ! た、助けて、だ、誰か!」


 酸欠を起こし、博士はばたりと倒れ込んだ。それでも身体は笑う事を止めてくれず、全身の筋肉が狂ったように痙攣する。終いには心臓までもが笑い出し、そのまま博士は死んでしまった。


 このプログラムの開発の為に寝る間も惜しんで不摂生を続けていた博士である。彼の死は不幸な心臓麻痺で片付けられた。幸いプログラムは完成していたようなので、研究所の責任者は適当な人間を形だけの後任にして、依頼通りにプログラムを納品した。このプログラムは博士が一人で作っていたので、後任者はろくにチェックもしなかった。


 マスコミはこの一件を美談に仕立て上げ、究極のお笑いプログラムは配布される前から世界中で話題になった。


 万博当日、司会者が博士の偉業を涙ながらにスピーチし、世界中の人間が携帯やパソコンの前でプログラムが配布されるのを待ちわびていた。


 大々的なカウントダウンと花火の後、世界は笑いの渦に包まれた。


 かくして、東京万博は歴史的な大成功を収め、予定よりもずっと早くに終了した。


 もはや地球上には、戦争も不景気も飢えも病人も存在しない。


 ついでに歴史も消えてしまったが。


 なにはともあれ、笑いによって世界は平和になったのだった。

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