第3話

「すげー緊張すんだけど……久しぶりじゃん、こーいう呼び出し……」

「純粋に戦力として呼ばれたのなら、初めてのことかもしれないね。大体いつもプロパガンダのような仕事ばかりだったし」

 げっそりした表情のソラと、相変わらず落ち着いた微笑の誠四郎。《基地》のこれまで入ったことがないフロアでエレベーターを降り、四人で目的の部屋へ向かう。

「余計に怖いじゃん! 何すんの!?」

「それが全然分からないんだ。私は隊長から連絡を受けたんだけど、その隊長がもっと上からの指名だと言っていてね」

「こっわ! オレ、隊長の上ってマジで知らないんですけど!? 偉い人なんて、広報の人くらいしか分かんないよ……」

「それは仕方あるまい、わざわざ私たちのような下っ端が会うこともないだろう。組織も頻繁に変わっているようだし……ああ、そこの部屋だな」

 開け放たれたドアの向こうは広い部屋だった。自分たちと同様に呼ばれたのか、緊張した様子の人々が二十人ばかり座っている。年齢や属性のばらつき具合から、彼らも《能力者》であることは推測できた。何が始まるのやら、と思いながら、案内されたとおりに着席する。部屋の前方にスクリーンが下ろされ、そこにスライドが映し出された。


 *


「き、緊張したー……『本職』の人がいると、空気が違うっつーかさ……」

 ふー、とソラが息を吐く。いま自分たちが乗っているのは、誠四郎が寄越した迎えの車だ。実在するんだ……と思いながら乗り込んだ黒くて大きい車の中は、別の意味で緊張する。車の中だというのに机があって、飲み物まで出てきた。ちなみに行き先は御堂家だそうで、慣れているのかソラと一希は何も言わなかった。

「沿岸の監視をしているのは自衛隊だからね、そこから説明を受けるのは妥当じゃないか。だいたいソラ、建前上は、私たちだって陸自の一員なんだよ」

「そりゃ建前上はそうだけど、マジで建前だけじゃん……一応キャンプでそれっぽいことはしたけど、あんなの本職に比べたらごっこ遊びだろ」

「建前以上のものにするのは難しいんじゃないか。下は小学生から上は爺さん婆さん、使う武器もバラバラと来れば、集団としての運用なんかできる気がしない。今回の作戦だって、要するに《能力者》を適当に解き放つだけだ」

 書類を手に、一希が肩をすくめる。

 東京湾に建つ《柱》から沿岸へ向かう《トライアイズ》の数は、観測によって把握されている。沿岸で撃破された個体の概数も分かっているから、上陸した数も推測できる。

 今回の作戦の発端は、上陸した《トライアイズ》と、上陸後に《能力者》に発見され破壊された《トライアイズ》の数が合わないというものだ。上陸数に対して、発見数が少なすぎる。一定割合の誤差は出るものだが、特定の地域に限り大きな誤差が出る、というのは妙な話だ。ならばそこには何らかの意図がある可能性がある。たとえば次なる《スタンピード》に向けて、どこかに纏めて隠れ潜んでいるとか。ならば実害が出る前に、当該地域の調査と掃討を行おう、というわけだ。

 《トライアイズ》は飛行できるので、ドローンやヘリコプターで観測すれば撃ち落とされる危険性がある。《トライアイズ》に邪魔をされない衛星からの監視では、問題となる地域にそれらしいものは特定できなかった。

 当該地域は、かつて工場があった場所だ。再三の戦闘で破壊されている部分も多いが、大きな建物はそのまま残っている。地下には空のタンクもあり、隠れる場所には苦労しないだろう。《トライアイズ》が飛べる以上、開口部があれば地下への出入りは容易なはずだ。

「適当って言っても、いちおう人選は考えられてんじゃねーの? 見たトコ、接近戦メインのチームはいなかったじゃん。足場悪そうだし、動き回るより遠くから爆撃できるヤツ優先って感じだろ」

「分かるんですか?」

「《組織》で定期的に仕事してる《能力者》なんて、たぶん二百人くらいしかいなくね? だいたい覚えてるよ」

「あれ、そんなものなんですか? 名簿にはけっこう……」

「《能力者》なんてだいたい街焼かれてんだから、東京を離れてるヤツも多いんだよ。オレだって東京戻ってきたの去年だし。そうじゃなくても、まあ……」

「死んだりするしな」

 言いよどんだソラの言葉を、一希があっさりと引き継ぐ。

「いやそんなに死なないから! 大丈夫だから! 単独行動してるとまあ……それなりにヤバいけど、あいつら意外と即死攻撃はして来ないから! チーム組んでりゃケガで済むことが多いから!」

 まったく安心できないが、ソラが安心させようとしてくれていることは分かった。

「他はけっこう実力のあるチームばっかだったな。オレたちが呼ばれたのはたぶん、佑輔がいるからだ。もし前に出るのツラかったら、後ろで索敵だけしててもいいんじゃね? だいたいの場所が分かれば、焼くのは誰かがやってくれるって。自衛隊の《能力者》も出るなら、戦力が足りないってことはないだろ」

「情けない話だが、私もその意見に賛成だ」

 誠四郎が物憂げな表情でため息をついた。珍しい顔だな、と思いながらそちらを見る。

「普段の清掃活動とは危険度が違う。各個撃破ならそう負けはしないだろうが、数で来られれば破壊が追いつかない」

「ソラはともかく、御堂がそんなことを言うなんて珍しいな」

 どういう意味だ、と眉を上げた誠四郎に、一希が資料の中にあった地図を突き出してみせる。

「だってそれ、無理だろ」

「どういう意味だい?」

「この前の様子と地図を比べた限り、こいつの索敵範囲は限界値でもこのくらいだ。半径で一キロにも満たない。土地勘のある市街地なら、たとえその五分の一でも充分すぎる性能だが……」

 地図の右下の縮尺を確認しながら、一希が指で地図の上に円を描く。地図に描かれているのは、埋め立てで作られた長方形の島だ。中心部を太い道路が貫き、それが南北の橋へと繋がっている。

「今回の対象はこの島まるごとだ。東西は一キロもないが、南北は四キロ近い。この北端の橋から侵入するわけだが、島全体の調査をするとなれば、かなり奥まで進む必要がある。ついでに言えば、高低差がある場合の《能力》の挙動がはっきりしないのも気にかかる。表示されてるのがこいつからの純粋な距離なら、地下タンクの底だの上空だのにいる場合は地図と突き合わせたときに多少ズレが……」

「そのズレは気にしなくていいだろ、あんなアホみたいな精度はそもそも期待されてないっつの。あのへんに『ロボ溜まり』っつーのかな、《あれ》が集まってるトコがありそう、って雰囲気が分かれば充分だ」

 口を挟んだソラの表情は、いつの間にか真剣なほうへと切り替わっていた。

「他のチームだって同じトコからスタートすんだから、その後ろを追いかけて行って、ヤバそうなのが見つかったら報告入れて引き返しゃいいんじゃね? あのデカい無線機使わせてくれるって言ってたから、通信は問題なさそうだし」

「それならいっそ、他のチームと組むのはどうだい?」

「今から足並み揃える練習なんてしてる暇ないっしょ。やったところで、たぶん足引っ張るのこっちじゃん? オレら元々そんな好かれてるわけでもないし、色々やりづらいって」

「え」

 意外な話が出てきて、つい声が出てしまう。御堂分隊といえば《組織》の中でも有名なほうで、もちろん賛否両論はあるものの、嫌われているという印象はなかったが。

「何ビックリした顔してんのさ。年齢とか家柄とか顔とか、実力と関係ないトコで目立ってんだもん、フツーにイヤでしょ。オレが他のチームのメンバーだったら、このチームのこと絶対キライだね!」

「私たちが君を必要とした理由のひとつには、そういうところもあるね。成果が必要なんだ。周りを黙らせられるくらいの成果が」

 誠四郎が拳を握る。小さく震えたその手に、力が入っているのが分かる。本音が見えない男だが、それでも感情がないわけではないのだ、と思う。その微笑の下を、これまであまり想像したことがなかった。けれど彼とて、単なるひとりの高校生なのだ。優雅に泳ぐ白鳥も、見えないところでは必死に水を掻いている。

「……だとしたら、やっぱり……積極的に前に出たほうがいい、のでは。俺……俺も、何とか……」

「いやマジで無理すんなって! そりゃ今回のはだいぶ上からの命令だから、行かないってのは無理なんだけどさ、でも……」

「でも、ここで取り逃がすと、また《スタンピード》が起きるかもしれないんですよね?」

 一希が興味のなさそうな様子で背もたれに体重を預ける。逆に誠四郎とソラは複雑な表情で、互いに顔を見合わせた。

「それは……ちょっと、嫌かも、って」

「だとしても、それは別にお前のせいじゃない」

 おそらく一希は、本当にこの話題に興味がないのだろう。慰めではなく、ただ事実を述べるだけという調子の言葉が、今は少しありがたく感じた。

「本当にそう思いますか? いや……そう思ってもらえると思いますか? 俺は……べつに正義の味方になりたいとか、そういうことじゃなくて、たぶん、ただ……楽になりたいというか、何かに許されたいというか……」

 だから、と続ける。誰かに言葉を遮ってほしい、と心のどこかが思っていたが、誰もそんなことをする様子はなかった。沈黙に背中を押されるように、言葉を紡ぐ。

「そのために、俺を、俺の力を、利用してほしいんです。できることはやったって、俺が思いたいんです。ご迷惑をかけない自信はありませんし、皆さんにとっても危険なことだとは思いますが、それでも、どうか……お願いします……」

 ――ああ、やってしまった。

 こんな風に言ってしまったら、もう他人のせいにはできない。重荷を彼らに押しつけて、被害者みたいな顔をすることはできない。それどころか、自分は彼らを危険に巻き込む側だ。今までのように、俺のせいじゃない、と逃げ続けることはできない。

「分かった」

 うん、と誠四郎が微笑む。彼はきっと否定しないだろうとは思っていた。けれど本心は分からない、とも思っていた。それでも、その笑みに不思議と安心してしまう。

「その前提で、作戦を立てよう。こちらこそ、よろしく頼む」


 *


 潮の匂いが鼻を突く。東京湾そのものが危険の象徴となったいま、東京に住む人間にとっては危険の予兆にも等しい匂いだ。かつてはこの匂いを嗅いで、海だと喜んだこともあったはずなのに。

 こんなことが、あと何年続くのだろう。その疑問はきっと世界中の人間が持ち続けているだろう。最初はすぐに終わると思っていた。何とかなると思っていた。けれどあれから四年が経って、人類はもはや、この危機と共に生きていくことを考え始めている。

 それは同時に、誰かが戦い続けているという事実を、少しずつ忘れつつあるということでもある。当たり前のこととして、背景のように無視していくということでもある。

 四年前には、確かに恐ろしいと思っていたのだ。東京湾沿岸に避難指示が出て、数百万人が家を追われ、もう数百万人が自主避難して、いくつもの自治体が事実上消滅した。いっそ避難指示範囲に入っていれば諦めがついたのに、自分たちの家はそうではなかった。すぐに引っ越せるほどの経済的余裕はなかったから、《柱》を見上げながらそのまま暮らしていた。そのうちに、その存在に慣れてしまった。このまま暮らしていけるのではないかと、思ってしまった。

 そんなことはなかったのに。


 作戦開始。コンソールとアンテナを展開する。工場はひとつひとつの建物が街中より大きく、道路も広い。通常状態のレーダーで見える範囲より、目視できる範囲のほうがやや広いかもしれない。こんなところに顔を出せばすぐに倒されると向こうも理解しているのか、《トライアイズ》の姿は見えない。

 島の中心を南北に貫く道路を進む。過去の戦闘で破壊されたのか、地面には瓦礫が散らばっている。コンソールに地図を置き、モニターと見比べながら進む。前方に誠四郎、隣にソラ、背後に一希。レーダー範囲外からの攻撃も警戒しながら進む。前方にもう一チームが先行していたが、途中で何かを見つけたのか右折していった。

 《トライアイズ》と《能力者》が使うビームは同種のものだと考えられている。性質は分かってきたが発動原理は不明だ。光よりは少し遅いという説もあるが肉眼で分かるほどの差ではない。空気中や水中を進むとエネルギーが激しく減衰していく。

 たとえば一希の狙撃銃での攻撃が「効く」限界は数百メートル。その範囲内でも離れすぎると一撃では倒せない。当てるだけなら二キロくらいはいける、とのことだが、その距離になると相手へのダメージにもならず、光から場所を悟られるだけでメリットがないらしい。誠四郎に至っては、確実に倒せるのは《武器》である球体からせいぜい数十メートルの範囲だ。その球体も、自分の身体から離れるほどコントロールが難しくなるという。

 《トライアイズ》のほうも、遠くから攻撃すれば相手を殺せない上に自分の居場所を知らせることになる、ということは理解しているのか、遠くから無駄撃ちしてくることは少ない。そもそもビームは《トライアイズ》にとってのサブアームと推測されている。最大の脅威は三対のアームによる直接攻撃だ。四年前の大規模な襲撃では、《トライアイズ》が建物を破壊し道を塞ぐ姿もしばしば見られた。

「佑輔のおかげですげー助かるよ、アイツらこっそり物陰に隠れて囲んできたりするしさ。なんか連中、賢いときとバカな時の差がすげー気がすんだよなー……」

「人間の感覚であれを見るな。どんな動きをしているときも、何か理由があるはずだ」

「まあ確かに、宇宙人が考えてることなんてなーんにも分かんねーけどさ! あ、佑輔、そろそろ頼む。そこ入ろう」

 ソラが指さしたのは建物と建物の間にある細い道だ。頷いてそちらへ向かう。御堂家で行われた作戦会議の内容を思い出す。


「オレたちは佑輔のレーダーの内容を百パーセント信じることにする。上下方向に距離がある場合に誤差があるかどうかは、すぐ検証できないからとりあえず『ない』ってことにする。誤差が出るどころか『近くにいても表示されない』場合も考えられるけど、そこはいつも通りの警戒もすることでカバーする」

 結論として書き出した作戦を、ソラが上から確認していく。すぐにホワイトボードが出てきたところからして、普段から誠四郎の部屋をこういう用途に使っているのだろう。それにしても、高校生ひとりの部屋とは思えない広さだ。そもそも自室が二間続きになっているというのはどういうことなのか。今いる部屋だけでも自分の部屋の二倍くらいの広さがありそうだ。

「他のチームには、佑輔を信用してもらう必要はない。もし《能力》の性能について質問されても、精度も信頼度もまだ分からない、と答えておく。まあ実際、オレたちにもまだよく分かんないしな。

 一定間隔で広範囲スキャンをやって、『ロボ溜まり』がないかだけチェックして南に進む。チェックするときはたぶんオレたちもそっちに気を取られるから、できれば物陰がいいかな。戦闘はできるだけ回避。もし敵が一体とか二体とかで、すぐ撃てるなら撃ってもいい」

「平瀬の能力は遮蔽物には影響されないようだったし、それで問題ないだろう」

 言われてみれば確かに、鉄筋コンクリートのビルの向こうにいる敵でも問題なく見ることができた。

「『ロボ溜まり』っぽいものを見つけたら、参考情報として他のチームに連絡する。無理しない範囲で実地の偵察もする。南端に着いても何もなければ、島には『ロボ溜まり』がなかったか、佑輔のレーダーに引っかからない何らかの要因があったかだ。どっちにしろオレたちにはどうにもできないから、そこで仕事は終わり。義理は果たしたってことで、さっさと帰る。

 もし先にどこかのチームが『ロボ溜まり』を発見して戦闘になってたら、撃ち漏らしを処理するくらいはいいけど、こっちから積極的には突っ込まない。もしそのチームがピンチだったら、そのときの判断は誠四郎に任せる。オレたちはその判断と結果に文句を言わない」

 というかまあ基本的に分隊長の命令には従うよ、とソラが続ける。一希もとくに異論は述べなかったので、そういう取り決めで回っているのだろう。

「佑輔もそれでいい?」

「あ、はい、もちろん」

「よし、じゃあそういうことで!」


 アンテナを上げる。同心円の間隔が狭まる。画面の左手で赤い光点がちょろちょろと逃げ回り、消えた。ちょうどどこかのチームに倒されたのだろう。

「なんかちょっと楽しいなコレ! ずっとこのモードにできたらいいんだけどなー」

「無茶を言うものではないよ。私だって、これを増やすとかなり疲れるし、長時間の維持はできない。それは知っているだろう?」

 かたわらに浮いている球体をペットのように撫でながら、誠四郎がソラを諭す。

「知ってるけど、あんま感覚は分かんないかなー……オレのは変形もパワーアップもしないしさ」

 とんとん、と刀の峰で肩を叩きながら、ソラが拗ねたように口をとがらせる。

「でもぜんぜん敵いねーな? ああいや、端から倒されてんのかこれ……?」

「そうかもしれないね。先を急ごうか」

 一定間隔でソラが停止を指示し、アンテナを上げて広範囲をチェック、下ろして次へ。繰り返すうちに、時折ほかのチームの姿を見る。一、二体が離れたところにいるのは無視。

「おい、あの門が南端だろ!? 全然それっぽいのいないじゃん、どうなってんだよ!」

「ここに上陸していたとしても、すでにこの島から移動している可能性はあるね。その場合、どうやって沿岸の監視をかいくぐったのか……」

「こっそり橋とか渡ったんじゃね? 南側は半分落ちてるけど、連中なら通れそうじゃん。でなきゃ今度こそ水中……あ、佑輔、この辺で止まって」

 ぶつくさ言いながらも律儀に距離をカウントし、ソラが隊列を止める。建物の陰でアンテナを上げる。

 レーダーに、光が入る。検知範囲ぎりぎりの場所に、ひしめくような塊。

「……え、待て、何だこれ、ここは――」

 ソラが呟いた直後、ずん、と地面が揺れた。一希が道路のほうへ身を乗り出し、狙撃銃のスコープをのぞき込む。――今しがた自分たちが歩いてきたほう、北側へ向けて。

「お前の言葉を借りれば、『賢いほう』の動きだな、これは」

「何? あっちどうなってんの?」

「挟み撃ちだ。たぶん、橋が落ちた」

 さすがにこんな距離を見るようにはできていない、と続けて、一希は振り返る。島の南端から、レーダーに入った光点の塊――《トライアイズ》たちの足音が聞こえる。

 たぶんあれを見ちゃダメだ。そう直感して、モニターに視線を落とした。

 ――大丈夫、まだ距離がある。落ち着け。

「おっと、こりゃあなかなかの大歓迎で……」

 はは、と笑ったソラの口元が引きつっている。

 無線機から非常事態を知らせる声が入る。今しがた確認した状況を、改めて肯定するような報告。

「分隊長」

 誠四郎を名前ではなくそう呼んで、一希が目を細める。

「指示を出せ」

「分かった。……佑輔」

「はい」

 誠四郎に名前を呼び捨てにされるのは初めてかもしれないな、と思いながら答える。この状況で、彼はどうするのだろうか。

「君の能力を信じている。……総員、逃げるぞ! 走れ! そっちだ!」

「了解!」

 ――あ、逃げるんだ。

 少しばかり意外に思いながら、走り出した。

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