第2話

「オレはこの分隊の成績をもっと上げたい! そんでもっと有名になりたい! ので、そのために必要そうな佑輔に、ぜひ仲間になってもらいたい!」

 爽やかに言い切るソラに、反射的に「無理ですっ」と答えてしまう。

「無理なことなくない!? だってほら、今も敵のいるトコ見えてんじゃん! できてんじゃん!」

「い、いやでも、攻撃するってことはコレに近づくんですよね? こっちから攻撃できるってことは向こうからもできますよね!? あいつらビーム出すじゃないですか!」

「でも佑輔の力があれば、まず接近戦にはならないっしょ? 《能力者》はちょっとビーム当たるくらいなら死なないから! 帰ってから冷やせば平気だから!」

「そ、それ、本当なんですか? みんなそう言うけど、未だにちょっと信じられなくて……」

「えー? じゃあ試しに撃たれてみる?」

「絶対イヤです!」

 ――だってあのとき、あんなに、人が死んで。

 蘇りかけた記憶を押し殺すようにモニターを睨む。ビルをいくつか隔てた向こうに敵がいる。地上か、それとも空中か。こちらから見えない以上、向こうからの射線も通っているとは考えにくいが、油断はできない。

「ビームってさ、見てから避けるとか普通に無理だから、そのうち当たっちゃうと思うんだけど」

「そんな軽い感じで怖いこと言わないでください……」

「当たってから避ければいいから! ビームで死んだ能力者なんてめったにいないし!」

「ちょっとはいるんじゃないですか!」

 まあまあ、と誠四郎が割って入る。

「ソラの言う通り、一瞬当たるくらいなら大したケガにはならないよ。集中砲火を長時間受ければ致命傷になることもあるけどね。それよりも注意しないといけないのは、ビームに追われて敵のそばに誘い込まれることだ。さすがの私たちも、あのアームで首をへし折られれば助からない。……でも、君がいればそんな心配はしなくていいだろう?」

 そっとコンソールを撫でられる。そこに皮膚のような感覚があるわけではないが、何となくくすぐったい気分になる。

「私はべつに有名になりたいわけではないけれど、《スタンピード》のようなことが起きると、やはり胸が痛むんだ。君も思わなかったかい? 《能力者》たちがもっと働いていれば、こんな目には遭わなかったのに、と」

「……そうですね。周りから何度も言われました。お前たちのせいだって」

 ふん、と一希が鼻を鳴らす。

「そんなもの無視だ無視。僕なんかリアルでもSNSでもボロクソに言われているが、いちいち気にしちゃいないぞ」

「……佑輔、いちおう言っとくけど、一希が叩かれてるのは《能力者》だからとかじゃなくてコイツの言動のせいだからね。わりと自業自得だからね。偉い人にも普通によく怒られてるからね。そもそもコイツ、《トライアイズ》の観察がしたくて自分でこっそり危険地域に侵入して、あっさり見つかって殺されかけて、たまたま《能力》に目覚めて生き残っただけのバカだからね!」

「あ、まとめサイトのあれ、本当だったんですね……」

「まとめられてんの!?」

「私の名前で検索すると、一希のことも色々出てくるよ。まあ一希は、その行動力がいいところだから」

「御堂さんもエゴサとかするんですね……!?」

 大物政治家の息子ともなれば、あまり気持ちの良くないことを書かれることも多いだろうに……と思いながら、「なかなか面白いよ」と微笑む誠四郎の顔を見る。

「それはともかく……どうかな。私たちと戦うことは、君の気持ちを少しは楽にしてあげられるかもしれない」

「……分かり、ました」

 きっとそんなことをしても、結果として助かった誰かに感謝されることはないだろう。自分の居場所が戻ってくることもないだろう。それでも、やらないよりは、少しは何かがマシになるかもしれない。誠四郎が言うと、なぜかそんな風に思える。信じてみたいと思ってしまう。

「とりあえず、一回やるだけやってみてから考えます」

「うん、いい顔だ。よろしく頼むよ」

 コンソール越しに差し出された誠四郎の手を握る。彼が将来政治家になるのかどうかは知らないが、その仕草はどうにも、選挙の前に握手を求める候補者の姿を思わせた。


 *


「おそらく、これ以上索敵範囲を広げるのは無理だな」

 こちらの背中側に浮くアンテナを眺めながら、一希が腕を組む。

「分かるんですか?」

「さっきから、範囲を広げるたびにアンテナが大型化している。《武器》の大きさは、今まで各国で研究されている限りでは、《能力者》本人の身体の容積を超えることはない。縮尺とアンテナの大きさが連動しているなら、このあたりが限界だろう」

「なんか佑輔、ちょっとツラそうだしね」

「複雑な機構の《武器》は、普通のものより《能力者》本人に負担をかけるのか? 前例が少なくてなんとも言えないが、可能性はある……」

 一希がブツブツ言いながら、メモ帳に何かを書き殴っている。いま彼と目が合ったら何となくまずい気がして、思わず目を逸らした。

 はあー、と息を吐いて肩の力を抜く。アンテナが音を立てて普段の大きさに戻り、モニターに表示される同心円の間隔もいつもの状態に戻った。走った後のように息が上がる。

「だがおかげで、倒しがいのありそうなものが見つかったじゃないか」

「そうそう! あっちのほうだね? 海の中じゃないといいけど」

「水中に潜られると、正直私たちには打つ手がないからね。もしそうなったら、位置情報だけ記録して帰るとしよう」

「それだと撮れ高がイマイチじゃん……」

 誠四郎が苦笑し、一希は「どうでもいい」と一刀両断。そもそもドローンが撮っている記録はあくまで報告用で、それを流用して動画投稿サイトに上げているソラの行為は単なる趣味――いや、これはアイドルとしての立派な営業活動か――らしい。「ちゃんと色んなところに許可は取ってるよ」とのことだが。

 正直なところ、御堂分隊への加入をためらう理由のひとつがソラの動画投稿だ。そのおかげで自分でさえも彼らの活躍を知っているわけだが、その一員として華々しく名を上げたいという思いは、今のところ自分の中にはなかった。

 目的地までの道中は平和なものだった。いや、平和だったわけではないが、一希や誠四郎が勝手に遠方の敵を始末していくので、敵を目にする間もない。

 やがて運河に面した公園が見えてくる。モニターと見比べれば、公園の中に《トライアイズ》が固まっているのが分かる。建物に身を隠しながら、少しずつ近づく。誠四郎の動きはきびきびしていて、ああプロだな、という感想が浮かんだ。ソラや一希の動きとは明らかに違うので、実戦で身につけたわけではなく、何らかの訓練を受けた動きなのだろうと思う。

「あのへんかな? どうする一希、そのへん登って上から撃つ?」

 ソラが近くのビルに視線を向ける。居並ぶ建物は避難するときに扉を開けて行ったか、さもなくば扉を破壊されたかで、大抵の建物には侵入できそうだった。エレベーターは使えないだろうから、もちろん登ると言っても階段なのだろうが。

「木が邪魔だな、たぶん上からだと厳しい。もう少し近づきたい」

「えー……この先ってあんま隠れるトコないじゃん、オレこういう場所ニガテだなー」

「うるさい。何のためにコイツを連れてきたと思ってる」

 急に指をさされる。

「コイツの能力の精度を試す機会だ。行くぞ」

「はーい。佑輔、ちゃんとついて来てね。やられそうになったら、オレを盾にして隠れて」

「え、いや、そんなこと」

「いいのいいの。オレだってね、少しは活躍したいの! 今日まだ何にもしてないでしょオレ!」

 軽い調子で言っているが、ソラはすでにその表情を真剣なものに切り替えている。いつも余裕ぶった微笑を浮かべた誠四郎や、あまり表情を変えない一希に比べれば、その変化は分かりやすい。

「この先はオレがレーダー見とくから」

「承知した。移動を開始するよ」

 モニターを横からのぞき込まれる。そっちのトイレの後ろに三、階段の下に二、左から二――レーダーと目の前の景色を照らし合わせて、ソラが短く報告する。近距離の攻撃は誠四郎の担当かと思ったが、一希も狙撃銃を構え、ターゲットあたり一秒もかけずに引き金を引く。砲台そのものが浮いて移動する誠四郎のほうが小回りは利くが、発射されるビームの火力は一希のほうが上らしく、上手く当たれば一撃で敵の足が止まる。

「右から……ああもう、来るなっつの!」

 ソラが左腕でビームを受け止めつつ突進し、日本刀で《トライアイズ》の腕を斬り飛ばす。外見とは不釣り合いな切れ味だ。インパクトの瞬間には左手も添えているが、基本的には片手で振れる程度の刀だというのに。いや、そもそも《武器》の重量はたいてい見た目より軽い。自分や誠四郎のように《武器》が浮いている人間も多いし、一希の銃も実銃に比べればおそらくはるかに軽いのだ。あの刀は重さで斬っているわけではない。何らかの力が、《武器》に鋭さを与えている。

「死ね!」

 アイドルの口から出ていいのかどうか危ういセリフと共に、《トライアイズ》が袈裟懸けに斬られて消える。続けてもう一機。

「佑輔、大丈夫だった!?」

 心臓がばくばく鳴っている。胸を押さえて、頷く。

「俺は平気ですけど、ソラさんが……」

「ああ、コレ?」

 ソラが焼け焦げのついたジャケットの左袖を見せてくる。

「こんくらいなら問題ないって、そんな痛くもないし。あ、海のほうからまた来る! まだいんの!? 一時方向から五! 五かな!? たぶん五!」

 本来なら、自分がこの報告をすべきだった。それができていれば、ソラにはもっと余裕があったはずだ。もしかすると、攻撃を受けずとも敵を倒せたかもしれない。

 自分にはこの役割が期待されている。モニターを見て、現実の景色と照らし合わせ、報告を――

「――っ!」

 近づいてくる《トライアイズ》の無機質な姿を見るうちに、這い寄るような恐怖に喉を掴まれる。声が出ない。視界に入れることはできるけれど、それ以上の行動が取れない。モニターに視線を戻さなければ、足さえ動かなくなりそうだ。《トライアイズ》が、そこにいる。見える場所にいる。近い。大きい。怖い。

 血の匂いが、炎の熱が、悲鳴が、そこにはもうないはずのものが、記憶からにじみ出る。

 ――逃げないと。

 ここから、逃げないと――

「佑輔!」

 腕を掴まれる。コンソールに身を乗り出すようにして、ソラが自分の腕を強く掴んでいる。

 怒られる。当たり前だ。こんな場所でぼうっとして。一人だけ逃げようだなんて。

「ごめん! 無理させた!」

「……え」

 予想外の言葉に、目を見開く。

「いや、その、無理してないんならいいんだけど、なんか今すげえ顔してたからさ……」

「俺、どんな顔してました?」

「どんなって言われると難しいんだけど……なんか、ここにいない感じ、っつーか」

 ここにいない。ああ、実際、そうだったかもしれない。自分の意識はいま、二ヶ月前の「あの日」にいた。過去に吸い込まれていくような気持ちだった。ソラが掴まえてくれなかったら、戻って来れなかったかもしれない、とさえ思う。

「安心しろ、もう周りに敵はいない。だから落ち着いて、ゆっくり帰ろう。帰りも心配ない、敵は一希と誠四郎がきっちり掃除してくれるから」

「は……はい」

 吹き付けるのは涼しい海風だ。血も炎も、この場所にはない。悲鳴を上げるような人間は、もうこのエリアにはいない。簡単に燃えるようなものは、もうすっかり燃えてしまった。《能力者》は、そう簡単に血を流さない。頭がゆっくりと状況を認識する。大きく深呼吸する。

 ――やっぱり、無理なのかな。

 そう言ってしまえば本当になりそうで、口をつぐむ。誠四郎は優しいから、きっと自分を無理に戦場に立たせたりはしないだろう。自分がもう嫌だと言えば、彼らはそれを尊重してくれるだろう。

 ――それで、いいのか?

 ――いいに決まってる。どうせ最初から、俺なんかには無理な話だったんだ。

 心の中でそう思った瞬間に、胸がずきりと痛む。いったいこれからどうしたいのか、自分でもまるで分からない。油断したら泣き出しそうだ。分からない、助けて、俺はどうしたらいいんだ、と。答えなんて、自分が出すしかないと分かってはいるのに。

 荒れ果てた街を歩く足は、行きよりもずっと重く感じた。


 *


「その腕、本当に大丈夫なんですか……?」

「平気平気。ほら、傷とかないっしょ? それよりジャケットだよね……装備品痛めると書類とか面倒で」

 車に戻るなり冷やしていた腕を見せ、ソラが芝居がかったため息をつく。

「え、あれ書類とか書かないといけないんですか」

「報告書とかも出すしねー……佑輔、そういうの得意?」

「文才とかないですよ、俺」

 信号機の消えた街を車は走り、やがて基地手前の駐車場に入る。慣れた様子で車を停め、一希がほっとしたように息を吐いた。彼も多少は緊張していたということだろうか。

「なにも美辞麗句で飾れと言っているんじゃないよ。重要なのは事実を伝えられるかどうかさ」

「それが難しいんだよなー! いくつ倒したとか覚えてなくない!? ドローンもちゃんと撮ってるとは限んないし! できれば、記録担当が別にいたら嬉しいんだけどさ……」

 なるほど、と腑に落ちた気分になる。自分がオペレーターとして観測と記録に徹すれば、少しは楽になるだろう。《能力者》たちはそれぞれの事情や相性に応じて数人のチームを組むのが一般的だが、三人という構成人数はその中でも少ないほうだ。ひとりにかかる負担も大きいのかもしれない。

「一希に報告書頼むと、逆に余計なことばっか書いてあるし」

「僕が勝手に情報の取捨選択をするほうが問題だと思っているが」

「だからって理科のレポートみたいな報告書を出すなっつーの! こっちは別に宇宙人の生態観察日記つけたいわけじゃねーんだよ!」

「何度も言っているが、僕はその生態観察日記が書きたくて来ている」

「TPOって知ってる!?」

 車から降りてドローンや装備を片付ける。戦場からの帰還とその後始末となれば、非日常の塊のような作業だ。それなのに、わあわあと言い合っている彼らの様子には、普通の男子高校生と何も変わらない雰囲気があった。それがなんだか、眩しく感じる。

 ――ああ、でも、ここでもまた、俺に居場所はないんだろうな。

 こんなに優しくされたのは久しぶりだったけれど、その期待に応えることはできなかった。悔しい、などという気持ちが欠片も湧いてこない自分を、もうひとりの自分が醒めた目で見ている。

「それと」

 一希が不意にこちらを見る。

「平瀬、僕はお前の《能力》をもっと観察したい。最前線まで来いとは言わないから、もう少し僕たちに付き合ってほしい」

 目を見開く。首を振る。無理です、と呟いた声は、思った以上に掠れていた。

「やっぱり、俺には無理なんです……」

「一希、ちょっと空気読めよ、お前だってさっきの佑輔の様子見て――」

「ソラ」

 誠四郎がソラの肩を叩く。

「彼のことを思うなら、まだ私たちは手を離さないほうがいい」

「誠四郎まで何言ってんの!? だって佑輔は」

「今日の報告を出せば、彼の必要性を理解する人間がいるだろう。私たちが彼を使わないと決めたら、代わりに誰かが彼を使う。その『誰か』が、彼を人間として見てくれるとは限らない」

「……っ」

 ソラが絶句する。自分の話をされているはずなのに、ふたりが何を言っているのか、よく分からない。

「どういう、ことですか……?」

「君は《能力者》になったとき、強制的に《キャンプ》に放り込まれただろう?」

「あ、はい」

 一方的に通知が来て、やりたくもない訓練だの座学だのを受けさせられたことを思い出す。しばらくの不在のあと、地元に戻ってみれば、そこにはもう自分の居場所はなかった。

「あれは拒否すれば罰則があるからね。私たちのような未成年の扱いは分からないけれど、一番重くて懲役刑だ。それと同様に、もし作戦従事を命じられれば、私たちには参加の義務がある。実質的にそんな運用はされていないけれど、本来はそういうものなんだ」

 それは教えられた記憶があるし、仕方がないとも思う。《トライアイズ》は今のところ機械的に送り出されては撃破されるだけの存在だが、いつそれが別のフェーズに入るかは分からない。もし大規模な侵攻が起きたら、行きたくない、などという《能力者》のわがままを聞く余裕はないだろう。

「君の能力には大きな価値がある。今まで放っておかれたのは、おそらく君が一度も前線に出たことがなかったからだ。名簿に載っていた君の能力はずいぶんあいまいな書き方だったし、私たちも実際に見るまで、あそこまでの精度と索敵範囲があるとは知らなかった」

「有名どころで《一番近くにいる敵を探して狙い撃ちする》というヤツがいる。あれは物陰にいても当てられるらしいから、お前と同種の能力があるんだろう。ただ、そいつでも狙える範囲はさほど広くない。遮蔽物の多い場所で隠れた敵を狩るのが目的だろうから、それで充分なんだろうが。そのくらいのものだと想像していれば、お前を重視しないのも分かる。攻撃を伴わない分、下位互換に見えるからな」

「あの、だったら皆さんは、どうして俺なんかを?」

「……笑わないで聞いてくれるかい?」

 誠四郎が、いつもの本心の見えない笑みと共に尋ねてくる。

「はあ」

「同年代の……友達が、欲しかったんだ」

「……ええ?」

 思わず、何言ってんだお前、という顔をしてしまったのは無理からぬことだろう。

「ほら全然信じてないじゃん! やっぱお前のツラはダメなんだよ」

「何がいけなかったのかな……」

「遺伝だよ、諦めなって。お前はもっとカリスマっぽいこと喋ってるほうが似合うんだよ。……でも、ま、半分はそーいうこと。同じ立場の友達が欲しかったんだよね。最近はわりと上手く防衛できてたから、新しく《能力者》が増えることもあんまなかったしさ。おまけに同年代となると、かーなりレアってわけよ」

「もう半分は?」

「一希のリクエスト」

 さっき「有名どころ」について立て板に水のような勢いで喋った一希のことを思い出す。下手に「なぜ」と聞けば、ものすごい勢いで解説が浴びせられる予感がする。

 その予感が表情に出ていたのか、ソラが「一希、できるだけ短くまとめて説明」と話を振る。

「……できるだけ短く……。このチームは、僕と御堂が狙撃してソラが護衛する構成だ。このチームを強化するには、スポッター……周囲の観測をする人間が必要だと思った。特に御堂の能力は、場所さえ分かれば目視できない場所の敵も焼ける。近くにいる敵のだいたいの場所が分かれば、相当有利になると思った」

「狙撃、ですか? 何となくこのチームは、囲まれたところから派手に突破するイメージがあるんですが」

「動画では、そういうシーンをよく抜いてくるからね。とはいえ、ああいう状況になった時点で……というか、ソラに出番がある時点で、私たちは失敗しているんだよ」

 誠四郎が言い添える。

「敵の遠距離攻撃はビームだけで、それは多少当たっても問題ないのは分かっただろう? だけど、あのアームに掴まれたら私たちだって骨くらいは折れるし、首を折られれば死ぬんだ。接近戦なんて、やらずに済むならそのほうがいいと思わないかい?」

「それは……確かに」

「御堂の言う通りだ。狙撃すればこちらの場所はバレるから、倒しきれなければ逆に追い立てられることになる。御堂の全方位射撃で焼ければいいが、あれは範囲を広げれば威力も精度も落ちるからな……」

 動画で見た戦闘を思い出す。囲まれた敵を誠四郎が攻撃したあと、撃ち漏らしをソラが倒していた。画面に映ってはいなかったが、おそらく一希も倒しきれなかったものに対処していたのだろう。

「実際にお前の能力を見たが、あれだけ範囲が広ければ僕の長距離狙撃の援護もできる。撃ち漏らしの有無まで分かるんだから最高だ。……と、これが理由の二割くらい」

 え、まだこの説明で五分の一くらいなのか……という気持ちはやはり顔に出ていたようで、ソラが一希に「手短にお願いします那智先生!」と念押しする。

「……残りの八割は、お前の珍しい能力を近くで観察したかったからだ。以上!」

「すげー! やればできんじゃん!」

 ぱちぱち、とソラが拍手する。一希が「うるさい」と顔をそむけた。

「話を戻そうか。とにかく君は、私たちの想像以上の能力の持ち主だった。今の君はこの分隊に加入している扱いだから、他の分隊が勝手に手を出すことはできない。横やりが入る心配もないだろう。自分で言うのもなんだけど、御堂家に圧力なんてかけてくる人間はそういないからね」

「でしょうね……」

 娘に地盤を譲り政界を引退した誠四郎の父は、今でも各所に絶大な影響力を持っているという噂を聞く。目の前の青年は、その元首相が可愛がっているという息子なのだ。

「でも、君がもし、その能力を知られた状態でフリーになれば……たぶん、君の争奪戦が起きる。最終的には私たちのような末端の部隊ではなく、もっと上が君を『持って行く』可能性が高いと思う」

「お前の能力は、お前の精神状態が悪くても使えはするようだったからな。僕が運用するなら、お前の要望を聞く必要性は感じない」

 いっそ、それでもいいのかもしれない――という思いが頭をかすめる。誰かに強要されたと思えば、自分に責任なんかないと思える。ぜんぶ他人のせいにできる。

 とはいえ、そんなことを言い出せる雰囲気ではなかった。彼らがこちらの身を案じてくれているのが分かるだけに、それを突っぱねる勇気も出ない。

「だったらさ、報告書に佑輔のこと、そこまですごくなかったって書いて出すとか……」

「いま報告書を多少いじったところで、動画が残ってる以上はいずれ誰かが確認するだろう。今からここでドローンのチップを壊す手はないこともないが、まあ……バレたらマズいことになりそうだ」

 物理的には可能だ、と一希が言外に匂わせる。まるでやったことがあるような口ぶりだ。

「あー……お前、前科多いもんな。今度なんかやったら、マジで出禁かもなんだっけ?」

「ああ。それだけは絶対に嫌だ。とても困る」

「……那智さん、何やったんですか?」

「言えない。外部に漏れると御堂の名前にまで傷がつく」

 この人、そういうことちゃんと気にするんだ……と、失礼な思いが浮かんだ。

 しかし考えてみれば《能力者》とて全員が素行の良い人間というわけではないだろうし、問題があれば組織から排除されることもあるのかもしれない。そしてそれは、《トライアイズ》に命がけの興味を持つ一希にとっては耐えがたいことなのだろう。

「分かるだろう? 君が戦いを望まないならなおのこと、私たちから離れないほうがいい。一希の言う通り、最前線には出なくても構わないから」

「……はい」

 予想外の方向に転がって行く話を他人事のように聞く。それが自分のことであるという実感がまるでないままに、小さく頷く。

「その……これからも、よろしくお願いします」

 ソラが嬉しそうな笑顔を浮かべてガッツポーズをした。一希もそわそわしている。誠四郎は、相変わらずの信用ならない笑みを唇に貼り付けたままだ。

「よっしゃ! よろしくな、佑輔!」


 *


 そのままずっと、中途半端だが安全な立ち位置を確保できるのではないかと期待していたのに。

「すまないが、上からの命令だ。君たちにも付き合ってもらいたい」

 御堂分隊に名指しで呼び出しがかかったのは、そのわずか三日後のことだった。

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