第62話 同じ気持ち

「もういい時間だから立川くんは帰っていいわよ?」


 服のシワを整えながら氷見谷は言う。


「確かにそうだな」


 壁に掛かっている時計を見ると、時刻は夜の9時を回った所。

 親には帰るのが遅くなると伝えているが、流石に心配されそうだ。


「お前たちはどうすんだ?ここに残るのか?」


「ええ。こっちの部屋明日まで取ってるし、心葉と残るわ」


「そうか、なら早く帰らないとな」


 身支度をしながらそう言うと、


「激しいのを見たくないのなら、早く帰った方が身のためよ?」


「だから今帰る準備をしているのだが?」


「そうね。あと5分以内に出る事よ」


「急かすなよ。もう出るから」


「はいはい、こちらへどうぞ」


 自ら俺をドアへと誘導する氷見谷。

 何か早く出ていってほしい理由があるのだろうか。氷見谷のことだから何を考えているか全くわからん。


「律儀にドアまで開けてよ………………」


 小さくお辞儀をしながら部屋のドアを開けている。


「礼儀ってやつかしら」


「……………そうですか」


 苦笑いをしながら氷見谷が抑えているドアを通る俺。


 そのまますぐ閉められるかと思うと、俺の耳元で、


「心葉と立川くんさ、多分おんなじ気持ちだと思うよ」


 小悪魔に囁いた。


「………なわけないだろ、それに勝手に決めつけるなよ。あいつのことをいくら知ってるからって」


「知ってるからこそよ。あなたも満更でもないでしょ」


「アホか」


 一瞬、心臓がキュッと締め付けられたが、俺はそう吐き捨て氷見谷の頭を小突く。


「ねぇ~、何話してんのぉ~?」


 奥から千葉が顔を覗かせてきたが、


「なんでもないわよ~」


 氷見谷は誤魔化した。


 そして、俺の背中をトンと押して廊下に出すと、


「それじゃ、立川くんさようなら」


 手を振りながら扉を閉めた。


「はぁ~」


 閉まった扉の前で、俺はため息を吐き立ち竦む。

 千葉と俺が……なんてありえない。そもそも俺はあいつを好きでない…………それに氷見谷の恋人なんだ。


 大前提として、あいつは男が嫌いなはずだ。少しは大丈夫になって、俺とも多少は仲良くはなったものの、まだ苦手に決まっている。


 さっきはあんな事になってしまったが、雰囲気に流されてしまっただけで本気ではないし。


 ありえない、ありえないよな。


「氷見谷のことだ。俺をからかってるだけだろ……………」


 廊下を歩き、遠のいていく部屋の扉を眺めなら思うのだった。

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