第6話 殺されたいのか?
道行く人々はプレイヤーなのかNPCなのか、判別出来ない。SNSでよく見る感じの『頭の上に名前とレベルがテキストとして浮いてる』人が一人も居ない。
いや流石にコッテコテの勇者風のコスプレみたいな人達はプレイヤーだろうけど、シックなローブとか着てる人はどっちか分からない。一般人を
ただの3Dゲームならば、ゲームらしく頭上に名前や称号なんかが表示されるはずだし、エーテルライト以外のVRゲームでもほとんどがそうしてるはずだ。
なのに、このゲームでは誰も彼もがしっかりと世界の一員のようで、あからさまにゲームですと主張する要素がとても少ない。
いやぁ、これは没入感やばいですわぁ。
絶対これリアルが嫌になってガチる人が出るでしょう。
こんなに素敵な街並みで、新しい世界を見せられたら既存の価値観など瓦解してしまうに違いない。
少なくとも私はもう、リアルはクソだなって思い始めている。
「…………うわぁ、すごいなぁ。…………ん?」
感嘆の息を漏らしていると、ふと私の足元を、なにやらもしょもしょしている何かに気が付く。
なんだろうと視線を向けると、低身長のせいでやけに近く見える地面に、純白のウサギが居た。
毛並みが真っ白で目が赤い。日本でもよく見るネザーランドドワーフのアルビノ固定品種にそっくりのウサてゃんが、私のキャラクターの服の足元を、もしょもしょと口に咥えて引っ張っていた。
そして私は、気が付くとその子を抱っこして撫で撫でした後にふわふわのお腹にロリ顔を突っ込んで深く長い深呼吸をしていた。
「………………はっ!?」
マジで無意識だった。無意識レベルでウサ吸いをしていた。
とてもかぐわしい、高級アロマに匹敵する良いケモニウムだ。
「…………君が私のモンスター?」
無意識でやったくせに、正気に戻ってもしばらくお腹のアロマを堪能してから目線を合わせた私は、私を見つめるウサてゃんに聞いてみた。
ウサてゃんは良いAIを積んでいるのか、私の言葉を理解して頷いた。獣と意思疎通が出来るとか神ゲーじゃん。私は喜んだ。
すると突然、素敵に見つめ合って恋が始まりそうな私とウサてゃんの視線を遮るように、無粋なシステムウィンドウがにゅぃんっと開き、私達の逢瀬を邪魔する。このクソゲーが!(音速の手のひら返し)
内心で自らの手をドリルのごとくギュルンギュルンさせる私は、ウィンドウのテキストに『名前を決めてください』の文字を見つけ、「いやこれキャラクリの時に決めさせろよ」と言葉が漏れた。
「なまえ、名前か……。うーん、何がいいかな?」
白いウサギにつける名前といえば、鉄板だと因幡の白兎から引用だろうか。ルイス・キャロルの不思議の国のアリスから、三月ウサギを引用してもいい。その場合は三日月からクレセントとかルナムーンとかだろうか? 他には同じくルイス・キャロルの作品に出て来る造語を使った、ヴォーパルバニーなんて呼び方も昨今のファンタジー作品などでよく目にする。そのまま使うと厳つすぎるのでヴォーパルから取ってパルちゃんとかが有力か?
ヴォーパルバニーのヴォーパルとは、鏡の国のアリスに出て来るジャバウォックを倒すための剣であるヴォーパルソードが由来で、というかそもそもヴォーパルって言葉がルイス・キャロルの造語であり、意味合い的には「致命的な」となるらしい。
他に兎を連想する作品と言えば竹取物語なんかも、月で餅をつく兎が浮かぶ。単純に月に兎のイメージが強いから、月にちなんだ名前だけでもいい。アルビノ白ウサギなら目の色から宝石の名前を付けてもいい。ファンシーキャラクターの大御所ブランドにそんなキャラが居たはずだ。引用先は大量にある。
名前なんてものは、名前を呼ぶ側が愛着を抱くためにあるので、極論何でもいい。
凝った名前でもいいし、ポチやタマなんて呼びやすさ優先の名前でも良い。可愛く思えれば何でもいいのだ。
だけど、このゲームを初めて最初に出会った相棒だ。その名前はとても重要だろう。私は悩む。
私の真似をして首を傾げるウサてゃんが愛くるしい。
会話を理解して頷くのに鳴いたりしないのもポイントが高い。
ウサギは基本的に鳴かない。発声に適した喉をしてないから、無理に鳴くと「ンギェェエエエエエ」とか悪魔みたいな声が出るけど、そもそも鳴く必要が無いのだから仕方ない。兎が強く意思表示をする時は後ろ足で地面を叩くストンピングであり、ある種あれこそがウサギの声である。
安易な作品だとすぐに「きゅ?」とか「ぴょん?」とか鳴き声をつけるが、正直それも可愛く思う自分は居る。でもこのゲームのリアル準拠な設定も、動物に対するリスペクトを感じてとても好感が持てる。
「うーん、白、ウサギ、ピュアホワイト、ヴァイス、ルナ、ルビー、イナバ、ワンダー、うさ吉…………」
取り敢えず口に出して見るが、しっくり来ない。
もし色が黒だったなら、ノワールなんて可愛い名前もありだろうか。ドイツ語だと白でも黒でも何故かヴァイスとかシュバルツで、厳つくなるのである。
……あれ? ノワールって何語だ?
まぁ良いか。個人的には可愛い名前を付けたいけど、男の子だったらかっこいい方が良いのだろうか?
「……君、男の子?」
聞いてみると首を横に振るウサてゃん。女の子なんだね。可愛い。抱き締めて撫で撫でする。結婚しよ?
ああ凄い、凄いぞVR。私がこれだけ抱っこして、ウサ吸いまでしたのに苦しくない。未だに発作のほの字も出て来ない。最高だ。
現実で、私がこの繊細できめ細かな毛並みを堪能するには、自分の命を賭け皿に乗せなければならなかった。オールインだ。全賭けしてやっと触れる。しかも私の場合その賭けは十割で敗北する。アレルギーというイカサマによって、賭け皿に乗せた命は間違いなく搾り取られる。
今まで三度入院して、その全てで医者に「
だけど、あぁだけどこの世界でなら、私は存分にこのもふもふを享受していいらしい。幸せだ。もうエンディングで良いよ。ここが私の終着点だ。永住する。スタッフロール流してください。
抱き締めたウサてゃんを離し、また目線を合わせる。
素敵な現実に悶える私へ、綺麗な赤い瞳が「まだ?」と聞いてくる。その愛くるしい瞳の色に惹き込まれる。可愛い。結婚しよ?
「よし、決めた。君は名前は今日から緋色。ヒイロだよ。ウチの子に付ける名前は和名っぽくしようか」
名前が気に入ったのか、そもそもプログラムがそう組まれているのか、ヒイロは名前が決まると一つ頷いて、嬉しそうに目を細めた。
動物が表情を作るのはリアル寄りとは言えないかも知れないけど、私はこの少しだけしか動かない表情筋が、儚い笑顔が胸に突き刺さった。可愛い。結婚しよ?
「うぅ………、ヒイロ可愛い……」
私はよく我慢したと思う。このゲームにはケモニウムを摂取しに来たのに、抱っこして撫でてウサ吸いするだけで留めていたのだ。誰か褒めていいと思う。
だけど、名前を決めてシステムウィンドウが消えた今、私とヒイロを遮るものは何も無い。存分にイチャつこうではないか!
「ヒーちゃん可愛いすきぃー! クンクンスーハースーハー……」
リビドーがバーストした私は、豹変した私に驚くヒイロを苦しくないよう気を付けながら抱き締めて撫でて、顔に埋めて深呼吸して撫でて、お手々やあんよをはむはむして撫でて、もしょもしょしてるお口にちゅっちゅして撫でて、お耳もはむはむして撫でて、愛らしい尻尾をぷりぷりと指で跳ねてまだ撫でる。
可愛いしゅきぃー…………!
VR最高か!
私が! この私が! 動物と触れ合えてる! 人生でさすがにソレは確実に死ぬから不味いと、今までずっと我慢してた『ケモはみ』まで出来る!(ケモはみとは、ケモノを唇ではむはむする、又はケモノの体の一部を口に入れて
天然のマイクロファイバーが如き毛並みに埋もれる指が私に幸せを伝える。
鼻から脳に送られるかぐわしいアロマに精神がガンガンにキマる。
そうか…………、ここが、天国か!!
「今日からずぅっと一緒だからねぇ〜♡」
私もう今日からここに住む。ヒーちゃんと離れたくない。ログアウトとか無理。
ログアウトするかマコトを殺すか選べって言われたらマコトごめんね死ねってなる。
そうして、私が戸惑うヒイロから存分に高濃度ケモニウムを摂取していると--
突然、背後から誰かに肩を叩かれた。
とんとんと軽く肩を叩かれ、なんかゲームのチュートリアル的なイベントかなって思って振り返ると、そこには革の軽鎧みたいなのを装備した、恐らくスラッシャーだと思われる軽薄そうなプレイヤーが、その精神性が滲み出る軽薄そうな笑みを浮かべて立っていた。
「ねぇねぇ、きみ初心者でしょ? 色々教えてあげるからさ、良かったr--」
………………………………あ゛?
「-- 殺 さ れ た い の か ? 」
その時私が思ったのは--
--
--
--
そんな感情、…………いや、
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