第5話 化学の力ってスゲー。



 まだ始まらなかった…………。


 キャラクターネーム、プレイヤーネーム……、まぁキャラネとかPNとか略されるそれを決めた後は、プレイヤーの初期ステータスの割り振りが残ってた。辛い。


 【PNプレイヤーネーム・キズナ】【Lv.1】

 【職業・テイマー】【種族・人間】

 ・HP・130

 ・MP・170

 ・STR・1

 ・INT・1

 ・AGI・1

 ・VIT・1

 ・MIN・1

 ・DEX・1


 これが私のステータスらしい。


 項目はそれぞれHP生命MP魔力STR膂力INT知性AGI敏捷VIT物理防御MIN精神抵抗DEX器用となる。


 確か、ストレングスとかインテリジェンスのスペルから最初の三文字を使った、RPGの伝統的な表記方法だったかな。


 つまりSTRストレングスINTインテリジェンスAGIアジリティVITバイタリティMINマインド、…………DEXはなんだっけ? デクシリティ? デクシテリティ? ディクステリティ? まぁ良いや。確かこんな感じだったはず。たぶん。きっと。メイビー。


 HPはヒットポイント、つまり『攻撃に当たれる数値』で、MPはマジックポイント、魔法などに使うリソースの総量だろう。


 ゲームやらなくてもこれくらいは分かる。DEXはうろ覚えだけど。


 で、このゲームはレベルアップ時にレベル一つにつきオールステータスが一上がり、さらに好きなステータスを上げられるフリーのポイント、SPステータスポイントが十も貰えるそうだ。


 HPとMPはレベルアップ毎に職業による固定値上昇らしい?


 初期職のステータス上昇合計値が百となってて、職業によってそれぞれ数値が違うみたいだ。例えばタンク系の初期職であるボーダーならレベルアップ時にHP九十とMPが十上がる。キャスターやヒーラーはHPが十でMPが九十らしい。


 私が選んだテイマーはHPが三十とMP七十が上がるらしい。


 そして今ゲームが始まらないのも、まだゲームを始めても居ない自分でもレベルが一つある事には変わりなく、つまるところステータスだけは初期のSPを十振ってからゲームを始めろって事だね。


 【PNプレイヤーネーム・キズナ】【Lv.1】

 【職業・テイマー】【種族・人間】

 ・HP・130

 ・MP・170

 ・STR・1

 ・INT・1

 ・AGI・1

 ・VIT・11

 ・MIN・1

 ・DEX・1


 はい。VIT極振りしました。


 いやだって私、まともに戦うつもり無いし。一般JKがいきなり戦える訳ないだろ。


 それに、もふもふとピクニックとかしてる時に襲われたら大変じゃんね?


 だから基本的に戦闘は避けて、防御力カッチカチにして自分のモンスターを守りながら逃げる。それが今の私が目指すプレイスタイルって奴だ。


 私は確かにケモナーだけど、別にゲームで可愛いモンスターを傷付けたくないとか言うつもりは無い。


 生きるか死ぬかの食物連鎖を含めた野生の生き方も、獣を成す大事な一つの要素であり、自分がケモナーであるからこそ自然の姿を持つ獣を歪めてまで愛でようとは思わないのだ。


 愛おしい野生を愛せずして、何がケモナーか。私は野生を愛してる。


 もちろん家畜を飼うのは人間のエゴで間違いないし、それこそ自然の摂理を捻じ曲げた行いではあるけど、私達人間も動物である以上、効率的に食物を得る為の行いや精神の安定をはかるためのペット飼育もまた、間違いなく自然の中の一つである。


 だから私は愛玩家畜ペット文化を否定しない。


 だけど、だからこそ、人間の営みから外れた野生はそのままの形で愛するべきだと思うわけだ。


 それに愛玩家畜ペットが野生を失ってると考えるのは早計だ。あれは愚かで脆すぎる人間という弱小種に対して、飼われる世話を任せたペットが野生を見せるに足る存在だと思ってないだけだ。


 どれだけ気軽に人間へ腹を見せるお犬様でも、人間に世話をさせる日々に慣れきったお猫様でも、もし野生の本能が必要な事態に陥ったなら即座に野生が目覚める。


 あまりにも人間とか言う神の失敗作たる生物が脆弱過ぎるから、動物たちが気を使ってくれてるとも言える。だって野生に生きる動物たちは人間に気を使うなんてしないから。


 人里に降りてくる熊てゃんだって容赦なくその爪と筋肉を人間に叩き付ける。けど、別に人に飼われるお犬様やお猫様だって、その身に宿す暴力には一片の陰りもない。人が獣を舐め過ぎてるのだ。


 これから私が関わる獣たちはゲームの中のデータだけども、そのゲームの中で「人間を襲う」行為を生態の一つとして設定されているのであれば、私はそれを含めて愛でるべきだし、そこに関わるなら、最低でも他を殺めて己の糧にする野生の営みを否定するべきじゃない。


 なので、私は戦うべき時にはちゃんと獣と戦うし、殺める。郷に入っては郷に従え。野生に踏み入るなら人間もまた野生に殉じる覚悟がいる。


 そのうえで愛でる。これも人間のエゴの形の一つだろうか。


 だがそれはそれとして、戦うためにゲーム始める訳じゃないからね! ってだけの話しなのだ。


 ケモニウムの摂取が最優先目標であり、余裕があればゲームそのものも楽しんで見ようかなって思う。


 ゲームを楽しむうえで戦わざるを得ないなら、私はちゃんともふもふと戦えるよって言う、それだけの話し。


 でも最優先はケモニウムの摂取とウチの子の安全。それだけの事なんだ。


 そう、それだけだ。私は人間としてエゴを抱えたまま、野生を愛してる。そもそも神の失敗作である人間が矛盾を抱えてるなんて、当たり前のことだ。今更気にすることじゃない。


 さて、今度こそ初期設定を全て終えたので、本当に今度こそゲームスタートだ。…………スタート出来るよね? もう良いよね? 他に何も無いよね?


『生体認証完了。ID初期設定及びログイン認証。エーテルライト・オンラインメインシステム起動。……行ってらっしゃいませ』


 良かったゲームが始まった。


 優しい電子音声に見送られ、バーロー名探偵出典の真犯人さん(純白バージョン)みたいだった私は、一度つま先から解けるように空気へ溶けてゆき、全身が粒子へと変換されて一度完全に世界から消える。そして、次の瞬間には作成したキャラクターとして一気に再構成され、仮初の体に血肉が通った感覚がよぎる。


 そして体が出来上がると、すぐに視界は真っ白い閃光に染まって--


 …………気が付いたら、初めて見る美しい街並みの中に居た。


「…………おぉー、……こいつぁすげーや」


 本物のように息づく街の喧騒が耳朶を叩き、電脳に再現された私のキャラクターは、網膜に映る外国さながらの街並みに圧倒される。


 私はたった今、この世界に生まれ落ちた。


 一時いっときの間、私はこのゲームを始めた目的さえ忘れてその世界観に見入っていた。


 今の私が百二十センチのロリキャラだからだろうか、聳える建物一つ一つがとても大きく見えて圧倒される。


 街の様子をなるべく簡潔に表現するなら、水路の消えたアルザスの街並みだろうか。本当に綺麗である。


 これが仮想空間なのか。仮初の世界なのか。


 いっそゲームメーカーの代表的な人が『神格を得たので新しい世界を創造しました! てへ!』とか言い始めても、この瞬間は信じてしまいそうになる説得力がそこにあった。


 だけどここはVR。名前も知らないオカルティックな神が作った世界創造ファンタジーなんかじゃ無く、化学が織り成す仮想現実空間ファンタジーだ。


「化学の力ってすげー」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る