喫茶グレイビーへようこそ series 6

あん彩句

KAC20226 [ 第6回 お題:焼き鳥が登場する物語 ]


 この店で占うと、全てがうまくいくらしい。店の名前は、喫茶グレイビー。俺はオーナーのトムさんに勝手に採用されてここで働いている。名前はあくた、仕事は掃除、パシリ、賄い係だ。



 このところ占い師のハルマキさんが店に顔を出さない。ハルマキさんの占いはとにかくすごい。占いを超えて霊視の域だ。だからと言ってめちゃくちゃに並んだりする人気店ではない。なぜか知らないけど、知名度はものすごく低い。


 それでも占い目当ての客はちらほらやって来る。だけど肝心のハルマキさんがいないので、あやさんが容赦なく追い返す。丁寧さの欠片もないので、気弱そうな女の子たちは半泣きで店を出て行くことになる。

 やんちゃなカップルにも遠慮しないので、ブチギレた彼氏が綾さんの胸ぐらを掴んだら、丁度よくトムさんが現れてなんとかなった。トムさんの腕はアメコミの米兵並みだ。


 ひやかし客みたいなミサキさんも、やっぱり姿を見せない。ミサキさんは俺の料理の師匠なので来ないと困る。でも来ないからと言って賄いを作らないわけにはいかないので、必然的に動画で勉強しざるを得なくなった。今更だけど動画の便利さをいやというほど思い知っている。



「夕飯はいらない」


 閉店準備をしていたオレに、綾さんが言った。骨折した左腕をホルダーでぶら下げて、それでも「かわいそう」とは到底思えないくらい偉そうにふんぞり返っている。ちゃんと確認したわけじゃないけどオレより年下だ。しかも、女。


「綾、行くぞ」


 タイミングよく店に入って来たトムさんが、パーカーを羽織りながらそう言った。綾さんが立ち上がる。今日はパジャマみたいな格好をしている。全身スウェットで、その上にダウンを着ていた。しかもそのダウンはすげー高いブランド品だ。


「コイツも連れてくだろ?」


 綾さんがオレを顎で示した。トムさんは少し考えるようにオレを眺め回して、来い、と言った。

 なんかめちゃくちゃついて行きたくないんだけど、来いと言われたからには行くしかない。もちろんどこへですかなんて質問もできない。はい、と頷いてエプロンを外すのが正解だ。



 外に停めてあったのは、真っ黒なハイエース。窓は全面濃いスモークを施し、車内は見えない。乗っているのは追い越しちゃいけない人だと誰もが思うだろう、ゴテゴテ感。

 運転席にはトムさんが、オレはもちろん後部座席にちんまり座り、綾さんは助手席でダッシュボードに足を投げ出して座った。


「ミサキは何だって?」


 車を発進させてトムさんが尋ねる。綾さんはスマホをいじりながらそれを無視した。無視したのに、トムさんは「そうか」と、納得したような返事をした。

 意味がわからないけど、意味がわからないのはいつものことなので深くは考えなかった。考えるとキリがないからだ。


 それよりも早く帰れるように祈る。明日は朝から鮭を焼かなきゃいけないし、昼間はカボチャのポタージュを作らないといけない。作り方がわからないから動画を見る必要があるんだ。



 そんなオレの心中などおかまいなしで、車はもう1時間走っていた。しかも進めば進むほど田んぼが広がり、すれ違えないような細い道を行き、やがて高速道路かというほどみんなが飛ばす道路を横切り、山を越え、『スナック』と看板が並ぶ殺風景な路地の出た。

 朽ち果てた民家の向かいにある空き地に、適当に木材を打ち付けて作ったような小屋があった。トムさんはその小屋の横に車を停めた。


 その小屋には出店で使うような電気が点いていて、発電機のうるさい音もした。トムさんと綾さんが車を降りるので、オレも同じ行動を取る。


 小屋の中にはバーナーがあって、その向こうに男がいた。かなりガタイのいいトムさんの座高ほどしかない背の低い男だ。顔のパーツ全部を丸で描けそうな男。綺麗な青い色のサングラスをして、髪はくるりと丸刈りにしている。



 バーナーの前には申し訳程度のテーブルがあって、トムさんと綾さんはそこに並べられていた座るのも憚られるような小汚い丸いパイプ椅子へ腰掛けた。

 間髪入れずに男が缶ビールを差し出した。


町男まちおだ」


 トムさんが言う。町男さんはさらに何本か焼き鳥を乗せてそれをテーブルへ置いた。


「ずり、ぼんじり、ハツとせせりです」


 見ると屋根を支えている頼りない柱に、焼き鳥の種類と料金が貼ってあった。町男さんは綾さんの前にきゅうりと大根の漬物が乗った小鉢を置いた。


「こっちはあくた


 トムさんがオレを親指で指してそう言うと、町男さんはオレを見てくしゃりと笑った。


「どうもっす」


 そう言って缶ビールをくれた。


「なに食べます?」


 頭を下げて受け取ると、オレはメニューを眺める。


「ずりあと2本。皮とさえずりと椎茸とアスパラとししとう」


 横から綾さんが注文するけど、町男さんはもうすでに焼いていたようで、皿に乗せて差し出した。ついでにトムさんにビールをもう一本。


「さえずりって何ですか?」


「食道っす。コリコリして美味いっすよ。でも後2本しかないっす」


 やたらと甲高い声だ。見た目はちびっ子ヤクザみたいだけど、ニコニコしているので怖くない。怖くないので遠慮なく皮とねぎまとモモを注文した。そしてビールをぐいっと飲み、横に並ぶ2人を眺めて違和感を覚える——オレたちみんなで飲んでるけど、帰りは誰が運転するんだろう。



「餌撒いたんで、もうすぐ食いつくと思います」


 唐突に町男さんがそう言った。


 オレが顔を上げると、町男さんはオレの前にビールの缶を追加して置き、トムさんの前にミニトマトとネギの串焼きを置きながら、綾さんの皿の空き具合をチェックした。


「両親と弟とは切れてます。唯一接触してるのは従姉妹ですが、相手がうまく流してるっす。男とはもう終わってますね」


「どうせもう次がいんだろ?」


 綾さんが喉を鳴らして缶を空け、最後の串に手を伸ばしながら町男さんに聞く。町男さんは首を傾げながら、綾さんの前に次の皿を置いた。オレのはまだ来ない。


「そっちはミサキが漁ってるんで、なんかいいの持って来ますよ。このまま続行でいいんすよね?」


 トムさんはビールの缶を人差し指と親指でつまみ上げ、他の指を広げて向こうへ払うような仕草をした。綾さんが手を伸ばし、オレがまだ二口しか飲んでいないビールの缶を掻っ攫った。


「なんですか」


「お前が運転だぞ」


「え」


「え、じゃねぇよ。言っただろ、仕返ししないでやるから責任は取れって」


「えっ!」


 確かに責任は取れとは言われた。でも、そんな物騒な脅しは付いていなかった。付いてなかったけど、言えない。そんな脅し付きだったならもっと用心して返事してましたから、なんて絶対に言えない。


 綾さんは横取りしたオレのビールを煽りながら、オレの反応を面白がるように眺めた。

 わかってるよ、綾さんの骨折はオレのせいだ。オレのだらしなさが引き起こしたことだ。何も反論できない。


「賄い作ってりゃ責任取れるなんて呑気すぎんだよ、ばーか。そんなんであたしの左腕の代わりになるわけねぇだろ。な?」


 綾さんが話を振ると、町男さんが串を握りしめてオレをじっと見つめた。サングラスをかけているのでどんな目をしてるかわからない。わからなくてよかった、逆に。


「綾ちゃんの怪我、コイツのせいっすか?」


「いや、あの……」


「同じ目に遭わせてやろうか?」


 ガンガンと串の尻でテーブルを叩かれて縮み上がった。甲高い声なのに凄まれると恐ろしい。でも町男さんはすぐに笑って「冗談だよ」と言った。


「逆に綾ちゃんに弱み握られた芥くんが可哀想っす」


 町男さんが心から同情するとでも言うように何度か頷いて、オレの前に焼き鳥の乗った皿を置いてくれた。艶々のタレがかかって美味そうだ。美味そうだけど、オレの食欲は引っ込んでしまった。


「運転って、免許は取ったけど何年も乗ってないっすよ」


 あわよくば免れたいと綾さんに申し出る。綾さんは、オレの皿からねぎまを取り、頬張りながらそれがどうしたと鼻を鳴らした。


「ぶっつけ本番で事故ったら話になんねぇだろ」


「本番?」


 元々優しくない目がさらにキツくなり、綾さんが声をひそめた。わざとらしく顔をこちらへ寄せてくるので、心臓が飛び跳ねる。


「お前、喫茶店に就職したつもりか? 雇ったのはそっちじゃねぇよ、知ってんだろ。忘れてんなら思い出させてやろうか?」


 ごくりと唾を飲むと、トムさんが良い音を立てて3本目の缶のタブを開けた。


「まずは運転手だ。それから誘拐のなんとやらを教えてやるよ」


 それはもうハラハラしながらオレはその言葉を聞いた。ニヤリとした綾さんも、極太な腕のトムさんも、サングラスの町男さんも登場人物としては完全に悪役だ。これで良い人のどんでん返しはありえない。


 できればオレは平和がいい。


「欲しいんだろ、金」


 骨折していない方の手で下品なジェスチャーをするも、それもまた似合ってしまう。そしてオレもそれに唆されてしまう。

 欲しい、金が。



 だからって、免許を取って丸々1年以上したことがない車の運転をするオレはどうかしてると思う。でも、もっとどうかしてるのは、そのオレの運転で爆睡できるトムさんと綾さんの神経だ。

 バカでかいハイエースで、冷や汗を拭いながら細い山道を走り、これが『全てうまくいく』に続いていくことなのかと疑問に思った。


 何もかもうまくいかなくて、藁をも掴む気持ちで占ってもらった結果がこれだ。

 賄い付きの住み込みの就職先を得たけれど、喫茶店ではなくて裏の仕事があっただなんて誰が想像できるというんだ——って、ちゃんと最初に言われたけどさ、今までのほほんと喫茶稼業だったから、冗談だったのかもって信じたかったんだよ。



 今まで『雑用』と括れたオレの仕事に、『運転手』が追加された。働いている店の名前は、喫茶グレイビー。珈琲と占いの店だ。

 オレを雇ったオーナーのトムさんは、本業を別に持っている。つまり、オレの正真正銘の就職先は犯罪組織。公文書偽造その他諸々、子供の誘拐を得意としている……らしい。


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