開拓村の貴族たち ~欠けた開拓地のそこそこ平和な日常~

海原くらら

午前中、兵舎前の広場にて

 よいしょっと。

 これで運ぶものは全部かな。


 おや、こんにちは。

 今日は農作業、お休みですか。


 ああ、この荷車ですか? 

 今日はこれを引いて村の中を回るんですよ。

 これも騎士団の仕事のひとつでしてね。輸送任務ってやつです。


 ところで、どうしました?

 そんな真剣な顔をして。

 確認したいことがある、ですか?


 自分は今から出かけなければならないのですよ。

 急ぎであれば、そこの兵舎に詰めている他の兵士に言ってもらえれば対応してくれると思いますけども。

 あら、急ぎじゃないけど自分に聞きたいと。


 ふーむ。まあ移動しながらでよければ、途中で話を聞くぐらいはできますよ。これから運ぶ荷物は機密というわけではないですし。

 いえいえ、お気になさらず。

 住民の相談を受けるのも自分ら衛兵の仕事のひとつですからね。


 ひとまず出発しましょうか。

 最初の行き先は薬草加工小屋です。

 あっちの道から行きましょう。


 それで、話とはなんでしょうか?

 ふむ。騎士について、と。

 この村にいる正騎士様たちのことですか。


 あれ、ちょっと違う?

 身分としての騎士について、ですか?


 ですね。あなたの言うとおり、騎士とは貴族の爵位しゃくいのひとつになります。

 正確には騎士爵きししゃくって言うらしいです。

 そうそう。男爵だんしゃく伯爵はくしゃくとか色々ある中のひとつみたいですね。自分も詳しくはないですが。


 なのでこの村の正騎士様たちは貴族です。

 自分たち兵士や村民とは違う、いわば特権階級なのです。


 え、そうは思えない?

 別に軽んじてるわけじゃないけど、旧大陸の貴族のイメージと全然違う?

 いやいや、あの方々は本来、我々とは別の世界にいるような方で……。


 あれ、聖騎士様。

 こほん。

 どうされましたか? こんなところで。

 本日は薬草加工小屋にいらっしゃるのでは?


 え、迎えに来た?

 運ぶの手伝う?

 いやいや大丈夫ですから自分だけで運べますから。

 だから荷車の持ち手を握ろうとしないでくださいって!

 騎士様に荷車を引っ張らせてるとこ兵長に見られたら自分が怒られますから!


 ほら、もうすぐ小屋につきます。

 だから荷車を後ろから押そうとしないでくださいよ聖騎士様!

 これ兵士の仕事ですから! 村の人が見てますから!


 ふう、着きました。

 それじゃそっちの空き箱から降ろして小屋に、ってもう持ってってるし!

 聖騎士様それ自分がやりますってば!


 あーあ。

 もう終わっちゃいましたよ。薬草入りのカゴも空き箱も大量だったのに。

 聖騎士様、力持ちだなぁ。


 こほん。

 聖騎士様、お陰様で荷下ろしは完了いたしました。

 輸送任務を継続いたしますが、ここから運び出す予定の物資はどちらになりますでしょうか?


 小屋の裏手ですね。弓騎士様が管理されていると。

 承知しました。これより裏手へ回ります。

 では、失礼いたします。


 えーと。

 騎士とは貴族なのです。別の世界にいるような方なのです。

 あのような対応をされる聖騎士様が特別なのです。いいですね?


 こほん。

 失礼します弓騎士様。運び出す物資の回収にまいりました。

 物資は補充用の薬品や治療用具、それに料理用の香草と聞いておりますが、そちらに積まれた箱でよろしいでしょうか?


 え、追加でそちらのたるも。

 失礼ですが、運び先と樽の中身をお教えいただけますでしょうか。


 運び先は開墾地帯の休憩小屋ですね。

 はい、次の輸送先がそこなので問題ありません。

 それで中身は、えっと、昼食用?


 はあ。

 漬物ピクルス。キャベツの。

 あ。その小皿に乗ってるのと同じものですか。


 え、味見?

 任務中ですが、騎士様の指示とあらば……。


 しょっぱ!

 ああいや失礼しました。

 いえいえ、まずくはないですよ? でも塩味がかなり濃いですね。


 わざとそうしてる?

 農作業してる人たちへ塩分と栄養の補給用だと。

 へー。こういうのを食べると作業中に倒れにくくなるんですか。


 物資の積込み、完了しました。

 これより輸送を再開しますので、これにて失礼いたします。

 え、お茶? いえいえ、今は任務中ですので、お気持ちだけありがたく。

 あ、はい。キャベツのピクルスは確かに持っていきます。はい、わかっております。


 えーと。

 騎士とは貴族なのです。別の世界にいるような方なのです。

 弓騎士様は農村のおばあちゃんではありません。あれは世を忍ぶ仮の姿です。


 さて、次は開墾地帯ですね。

 この道をまっすぐ行けば、それほど時間がかからないでしょう。

 昼食は別の兵士が運んでいるはずなので、預かった漬物はそっちと一緒に食べてもらうよう伝言しますか。


 さっきは途中で止まりましたが、貴族としての騎士についてのお話でしたね。

 騎士爵は国家などから個人宛てに任命されるもので、一代限りの爵位であることが多いと聞いたことがあります。

 国や地域によって違うでしょうけどね。


 この開拓騎士団の正騎士は、国家ではなく開拓本部に実力を認められた人が任命されます。

 ですが、兵士への命令権とか、開拓した土地の管理者候補だとか、貴族的な特権を持っていることに違いはありません。

 今でこそ自分たち平民と接する機会もそれなりにありますが、本来は別の世界にいるような方です。


 さーて、休憩小屋が見えてきました。

 ちょうど開墾作業の人たちが休憩中みたいですね。

 なごやかに談笑してます。


 で、なんでその中に盾騎士様がいらっしゃるんですかね。

 着てる服や持ってるくわにめっちゃ泥ついてますが、盾騎士様は作業の指示や監督じゃなかったでしたっけ?

 というか顔にも泥ついてるじゃないですか。


 こほん。

 失礼します盾騎士様。薬草加工小屋より物資の輸送をしてまいりました。内容の確認をお願いできますでしょうか。

 いや手を洗った後で。手を洗った後で!

 薬とか包帯もあるんですから!


 はい、確認ありがとうございます。

 あとこちら、弓騎士様から差し入れとしていただいたキャベツのピクルスです。

 味が強いので、昼食時に他のものと一緒に食べるのをオススメします。


 腹減っただあよって言われてもですね。つまみ食いしちゃダメですよ。

 だから樽を凝視ぎょうししないでください。

 昼食は別の者が持ってくるはずですので。


 それで、この小屋から運び出す物はありますでしょうか。

 こちらではなく、向こうの小屋に畑から獲ったばかりの作物があるので、それを食堂へですか?

 すでに箱詰めまでされているはずと。


 承知しました。ありがとうございます。

 では、引き続き輸送任務を継続しますので、自分はこれにて失礼します。


 えーと。

 えーっと。

 騎士とは貴族なのです。別の世界にいるような方なのです。

 ああやって一般民に混ざって開墾作業するのは、なにか特別な事情があるからなのです。きっと。

 だからそんな目を自分に向けないでください。


 さて。こっちの小屋の収穫物を荷車に載せられるだけ載せて。

 あとは、これと香草を食堂に持っていけば任務完了です。

 ここまできたら、もう少しですよ。


 ところで、逆に聞きますが。

 あなたは今まで貴族のどなたかに接したことってあります?

 この開拓村にいる正騎士の方々以外で。


 そもそも見たことがない。

 いつも馬車に乗って移動してる。

 噂話と遠回しな悪口を聞くぐらい。


 そうですよね。自分も似たようなものです。

 自分はそれなりに兵士やってますが、上司の上司の上司のそのまた上司にあたる、ナントカ伯爵を遠目に見たことがあるくらいですよ。

 なのでまあ、この村の正騎士様たちと他のお貴族様とがどう違うのかなんて本当はわからないんですよね。


 おや。

 こほん。

 これは剣騎士様に術騎士様。

 自分は輸送任務中でありますが、何かご用でしょうか。


 はい。この積荷は食堂へ運ぶ物資になります。

 本日の収穫物と、香草ですね。

 何か気になるところがありますでしょうか?

 

 はっ、承知しました。どうぞご確認ください。

 自分は別命あるまで待機いたします。


 おふたりとも、真剣な表情で積荷を見ていますね。

 何か、自分では気づかないようなことがあったのかもしれません。

 邪魔にならないよう、少し離れていましょうか。


 そうです。おふたりとも騎士であり貴族。我々とは別の世界に生きる方々なのです。

 お貴族様たちは下々の者を導くため、自分らなど思いもよらないような深い考えを持って行動されているのです。

 その思考は我々の及ぶところではなく……。


 はっ。

 それらは盾騎士様より、本日収穫されたものと聞いております。

 香草は弓騎士様よりお預かりしたものです。


 はっ?

 かき揚げかコロッケ?

 夕食にどちらを食べたいか?


 どちらでも……、いえ、失言でした剣騎士様。これは一番悪い答えですよね。存じております。

 術騎士様、そのジェスチャーはよくわかりません。おにぎりでしょうか。違いますよね。

 というか術騎士様にご希望があるのなら、って、自分が答えねばならないのですか。そうですか。


 えっと。

 えーっと。

 かき、いえ、コロッケで。


 よろしいでしょうか。

 自分は許されたのでしょうか。

 はい、承知しました。これより輸送任務を再開いたします。

 おふたりはどうぞお先に。


 あーもう。

 嫌な汗をかきました。

 確かに最近はコロッケ多めでしたが、術騎士様の眼力には勝てませんでしたよ。


 え?

 あれが貴族思考?

 自分らなど思いもよらないような深い考えの末に出た結論?


 あー。

 えーっとですね。

 そうです。アレです。


 騎士とは貴族であって、別の世界にいるような方なのです。

 この村にいると感覚がマヒしてきますが、そのはずです。

 自分も自信がなくなってきてますが、そのはずなんですよ!

 だからそんな目で見ないでくださいってば!

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