不審幽霊の目的は……

ちかえ

不審幽霊の目的は……

 前を歩く者の行動を見て、シーラはつい眉をひそめてしまった。


「シーラちゃん?」


 お付きとして着いている護衛の騎士が声をかける。

 シーラは王女だ。でも、今はお忍びとして城下町を歩いているので、『王女』呼びはさせていないのだ。隣にいる護衛の騎士は今はシーラの従兄役をしてくれている。


「ねえ、イトコくん、なんか、あやしくない?」

「誰が?」

「そこにいる……ゆうれいさん」


 話題に出ている人ーー幽霊ーーに聞こえないように小声で話す。まだ七歳のシーラだが、それくらいは出来る。


 シーラは別に幽霊は怖くはない。悪い幽霊は良い幽霊がきちんと退治してくれるので安全だという事は知っている。


 でもあの幽霊はよくシーラが見る幽霊とは違う。幽霊は基本的にぼうっとしているか、何か目的があってまっすぐそちらに向かっているかどちらかなのだ。


 なのにあの幽霊は、同行者の人間と共にきょろきょろしている。なんだかそわそわしているようにも見える。怪しい。


 不意に人間の方が建物の方を見ながらカバンに手を入れた。武器でも取り出すのだろうか。

 シーラがびくびくしていると、人間は不意に手を止めた。


『カメラナンカネーカラナ!』

『アーソーダッタ。ナンデネーンダヨ、カメラ』

『イセカイダカラダヨ!』


 何か幽霊が笑いながら知らない言葉を喋った。他の国の言葉はたまに分かる単語が出て来るのに一個も分からない。


『アー、カメラホシイナ』

『ホントダナ。ダレカハツメイシテクンネーカナ』

『コノ、ホクオーッポイケシキトリタイ!』

『ワカル!』


 幽霊と人間は何かを話している。しかも何やら興奮をしている。


 それにしても彼らの会話に出て来る『カメラ』という単語が気になる。武器の名前だろうか。

 それとも、人間はもしかしたらシーラがつけて来た事に気づいて口を封じようとしているのだろうか。だったら『カメラ』は『王女』という意味かもしれない。


「とめなきゃ」

「まって! シーラちゃん。危ない事は駄目だよ」

「でもふしんじんぶつよ」


 きっぱり言う。


「よいゆうれいさんはなにしてるのかしら?」


 ぽつりとつぶやく。止めれるなら彼を止めて欲しい。


「きっと悪い事をするつもりはないんだよ。それに何かあったらお城の幽霊さんが止めてくれるよ。ね」


 この騎士も何も分かっていない。


 とめなきゃ、ともう一度つぶやく。そうして習ったばかりの呪文を口にする。すぐに幽霊の足下に小石が現れた。

 なのに幽霊は平然とそこを通り過ぎて行く。


「なんで……」

「幽霊は実体がないからじゃないかな?」


 なんだか護衛が分からない言葉を言っている。『じったい』とは何だろう。

 困ったな、と思う。だが、次の瞬間、幽霊が何故か雪に足を滑らせて転んだ。同行者が呆れた顔をしているのが見える。


「なんで……?」


 今度は護衛が呆然とつぶやいた。


『ナニヤッテンダヨ。バカジャネ?』

『イヤ、ヒサシブリノユキノカンショクヲ……』

『キモチハワカルケド、オマエ、アルクノヒサシブリダロ。イツモウイテルンダカラ』

『ウ……』

『ソレデキュウニユキミチアルコウトシタラ、ソラコロブゼ。ジッタイカモホドホドニシナイト』

『……オッシャルトーリデス』


 なんかまた変な言葉を喋っている。


「シーラちゃん、そろそろおうち帰らないと」


 おまけにどうやらお忍びのタイムリミットが来てしまったようだ。そうなったらシーラは城に帰るために隠し通路を通らなければならない。そうすると幽霊をつけられなくなる。

 どうしたらいいのか分からず考え込んでいると、幽霊の同行者の人間が通行人に話しかけた。


「すみません。あのお城にはどう行けばいいですか?」


 幽霊の同行者が何やら小さい本を見ながら通行人に質問している。彼から聞こえて来た言語はこの国の言葉だった。でも問題はその内容だ。


 不審な幽霊と人間が王城に向かおうとしている。それはとんでもない事だった。


 どうしよう、とつぶやく。王城は自分の家だ。大事な場所だ。そんな所に怪しい幽霊など入って欲しくはない。


 もう何もかもが怪しく見えて来る。同行者の持っている本は何だろう。何かの指令だろうか。


 とにかく城に先回りして大人達になんとかしてもらうしかない。


 強い決意を込めて、シーラは隠し通路の中へ飛び込んだ。

 道はよく知っているので迷う事なく歩ける。


「王女様? 何かあったんですか?」


 通路の途中で声をかけられた。びくりとするが、彼は馴染みの幽霊だ。生きていた頃は近衛隊の隊長をしていたらしい。なので、シーラ達王族の危機にはしっかりと対処してくれるはずだ。


 助かった。シーラは必死になって先ほどの怪しい幽霊と同行者について説明した。


「その事ならもう見回りの幽霊達に報告は受けてますよ。大丈夫です」

「でも、あやしいの。こわいわ。なにかされたら……」


 不安のあまり涙まで流れて来た。


「だったらドラゴン様に頼んでみてはどうでしょうか」

「ドラゴン……」


 彼の言葉を繰り返す。ドラゴンとはこの国の城にしかいない生き物の事だ。城が危機に瀕した時は、火を吐いて守ってくれるらしい。シーラとも顔なじみだ。


「わかったわ! あたくしにまかせて!」


 自分に出来る事があるのは嬉しい。シーラは必死になってドラゴンの所まで走って行った。


「幽霊の未練は減らしてやるべきですからね」


 幽霊騎士がぽつりとつぶやいた言葉はシーラには聞こえなかった。


***


「すげー! 本物のドラゴンだぁ!」

「でけぇ……」


 幽霊と同行者が興奮している。


 ドラゴンに助けは求めた。そして、彼は幽霊と同行者の前に立ちふさがってくれた。

 なのに、これは何だろう。怯えるどころか喜んでいる。逆に幽霊から『握手してください!』などと言われたドラゴンの方が戸惑っている。


 今は言葉が通じている。城の魔術師が通訳魔術をかけてくれたのだ。


「かわいいお姫さま、ありがとうございます」

「まさかこの国の王女殿下にドラゴンを紹介していただけるなんて光栄です」


 しかも幽霊達はシーラにお礼まで言っている。


 どうやら彼らは、この世界に一頭しかいないドラゴンが見たくてこの国にやって来たらしい。


「……あの人達の行動は、どこからどう見ても『外国からの観光客』でしたからね」


 護衛がぽつりとつぶやく。


 すべて勘違いだったのだ。


 シーラは恥ずかしさを隠すようにそっとうつむいた。

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不審幽霊の目的は…… ちかえ @ChikaeK

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