行ってきます

haku

第1話

 「…きて、起きて朝だよー」

 誰かの声が聞こえる。どうやら私に向けて言っているようだ。

 「ご飯できてるよー」

 「早く起きないと遅刻するよー」

 うっすらと目を開けるとカーテンを全開にした窓から日が差していて眩しい。目を逸らすと肩まで伸びた黒髪の子が機嫌の悪そうな顔でこちらを見ている。恋人の葵だ。

 「何でいるの?」

 そう聞くと、葵は眉をひそめて

 「何言ってんの?昨日から同棲することになったんでしょ」

 そうであった。寝ぼけて忘れていたが昨日から同棲を始めたのであった。いつもと違う朝に違和感を感じる。

 「葵、ちょっとこっちきて」

 私は葵にそう言う。葵はこちらに近付いてくる。私は体を起こして、葵をぎゅっと抱きしめる。そして耳元で

 「おはよう」

 と呟く。すると葵は

 「馬鹿なことしてないで早くご飯食べて!」

 と顔を真っ赤にしながら私に言う。

 「そんなに怒るなって、支度したら行くから待ってて」

 それから少ししてリビングに向かう。いい匂いがする。美味しそうな朝食だ。朝は食べないことが多いのでやはり違和感を感じてしまう。しかしそんなことよりも自分の好きな人が朝の食卓にいることの方が重要である。こんなに幸せで良いのだろうか。そんなことを思いながら席に着き、ご飯を食べ始める。

 「おいしい」

 自然とその言葉出た。葵は顔を少し赤くし目線を逸らしながら、

 「良かった」

 そう答える。

 「今日は早く帰れそう?」 

 「うん、多分早いよ」

 「それなら映画でも見ようよ。明日お休みだし」

 「いいね、それなら急いで帰ってくるよ」

 「やったー」

 そんな会話をした後すぐに何の映画を見るかという話になった。どうやらみたい映画があるらしい。楽しそうに映画の話をしている。その映画にさほど興味はないが葵の笑顔がみれたので十分である。その映画には感謝しなければ。すると突然葵は私の顔をみてにやりと笑う。

 「ご飯粒ついてるよ」

 葵は私の頬に手を伸ばす。

 「子供だなー」

 葵は相変わらずニヤニヤとした顔で私に言う。私は恥ずかしくなって、 

 「うるさい」

 と顔を背けてそう答えが、お互いで顔を見合わせるとつい笑ってしまった。なんとなく可笑しかった。2人の幸せな時間が流れる。いつまでも続けばいいのに、そう思わせるような時間だ。

 食事を終え、少しの支度をした後玄関へと向かう。

 「行ってらっしゃい」

 葵が玄関まで見送りにきてそう言う。ふと葵の顔を見ると心なしか寂しそうに見えた。私はすかさず葵に近寄りぎゅっと抱きしめる。葵の体温を感じる。体温だけではないかもしれない、とても温かい。少しの沈黙の時間が流れる。そして手を離して荷物を持ち玄関に手をかける。私は葵の方を向きながら言う

 「行ってきます」

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