第71話 不毛の大地

「《――――攻撃は命中。計画通り、王城の破壊に成功しました》」

「行くぞ、柚希乃!」

「おっしゃあ! 自慢の一二〇ミリ砲が火を噴くよ!」


 背部プラズマジェットスラスタが唸り声を上げ、戦闘機のアフターバーナーのように高熱の炎を噴き出しながら「アマテラス」が飛翔する。


「柚希乃、日本人の脱出経路を確保する。……あの正面に見える城門をブチ抜くぞ」

「あいあいさー!」


 光学照準モードに設定した照準器をセットして、一二〇ミリレール砲を操作する柚希乃。


「弾種を徹甲弾に変更。角度微修正……発射!」


 次の瞬間、堅牢な造りをしていた立派な城門が跡形もなく崩れ落ちた。かつての美しい城壁は今や見る影もない。

 これこそがイザナ皇国版の破城ついだ。鉄筋コンクリート製のトーチカだろうがなんだろうが、難なくブチ抜く最強の攻城兵器である。


「脱出経路を複数用意してルシオン兵の対応を遅らせよう。もう数発ほどいくぞ」

「任せて!」


 ――――ドンッ ドンッ


 次々と城壁に穴を開けていく俺達。ルシオン王都内部はてんやわんやの大騒ぎだ。吹き飛んだ城壁の破片でかなりの数の敵兵が巻き添えを喰らっているが、こちらとしては一石二鳥である。わざわざ敵を狙わなくても勝手に倒れてくれるのは非常に楽でいい。


「《日本勢が脱出を開始しました》」


 そこへミネルヴァが、事前に飛ばしていた偵察ドローンからの映像をもとに王都内部の状況を中継してきた。

 コックピット内部の小ウィンドウに、紗智子先生を先頭とした日本人集団が脱出を開始した様子が映し出される。


「よし。柚希乃、援護に回るぞ」

「了解!」


 俺は単分子ワイヤーソードを抜き放ち、右手に装備する。左手には既に柚希乃の担当する一二〇ミリレール砲が握られている。

 俺が近接武装で敵を蹂躙しつつ、柚希乃が大火力で目標を撃ち抜く。これこそが俺達の連携攻撃、タンデム・アクションモードだ。


 ――――ゴォオオオッ!


 上空から垂直離着陸VTOL機の如く舞い降りたアマテラスが、逃げ出す日本人達を追いかけようとするルシオン兵の行く手を阻む。


 ――――ドパパパパッ


 一二〇ミリレール砲から三五ミリレール機関砲に切り替えた柚希乃がルシオン兵を薙ぎ払うように撃ち、一兵たりとて寄せ付けない。


「こ、これは……!?」


 アマテラスの高性能集音マイクが拾った声のほうを見やれば、そこには頭頂部の眩しい我らが桜山高校の校長が俺達のことを見上げていた。


「校長先生。これがイザナ皇国 俺 達 の力です。……これなら日本人を救うに足ると、信じていただけますか?」


 スピーカーで校長に話しかけると、彼は険しい顔をしながらしばし逡巡する様子を見せ、やがて大きく頷いたのだった。


「……君が二年一組の沖田進次君だね。話は岡本君から聞いている。……よくここまでの力を身につけてくれた。これなら信用に値すると、この目で見て私も確信したよ」


 そして校長先生は何を思ったか、いきなり走り出して王城の近くにある建物の前で仁王立ちした。年配男性が重たい身体を必死に揺らして走る様は、なんというか必死さが伝わってきて若干憐れだ。

 しかし校長先生の顔は、決断した者特有の凛々しい表情に変わっていた。


「桜山高校の全教職員に告げます! これより我が桜山高校はイザナ皇国の傘下に入り、ルシオン王国を脱出しますッ。……各々思うところはあるでしょう、しかし彼らが我々に差し伸べてくれた手を無下にするわけにはいかない。――――走りなさい! 走れない者がいたら、背負って歩きなさい! 前に進みなさい。生き残るために前に進むのです!」


 ようやく地平線の上に完全な姿を見せた太陽が、ルシオン王都を明るく照らし出す。夜明け特有の暖かい色に染まった陽光が校長先生の頭に反射して、眩しく輝いていた。

 その輝きは桜山高校を照らす福音の光である。

 「ノアの方舟」作戦における最後の障壁であった校長先生が、今完全にこちら側の味方になったのだ。


 この校長先生の名演説を聞いて、イザナ皇国に懐疑的だった教職員達がようやく重い腰を上げる。

 俺達を信じられなかった者達が、俺達の成し遂げた偉業を目の当たりにして考えを改めていく。


「走れ、走れ! 希望はすぐそこにある! 私は……私は桜山高校の校長として誰も死なせるわけにはいかないのだ!」


 校長先生はそう言うと、両手を「パンッ!」と柏手を打つように叩き、そのまま地面に跪いた。

 そして開いた両手を地面に突き、大きく息を吸い込んで、今までの校長講話では見せたこともないような大声で叫ぶ。


「――――『不毛の大地』! マックスパワァァァァアアッッ!!」


 ――――ゴゴゴゴ……


 ルシオン王都の大地を地響きが襲う。豊かな土壌を誇っていた王都の地面が、みるみるひび割れた赤土へと姿を変えてゆく。


「し、進次! 王都が……!」

「恐ろしい力だ……」


 生命力を失い、軟弱化した地盤が地上の建造物を支えきれなくなって、建物が次々に崩壊してゆく。

 ルシオン兵達はもう日本人の追跡どころではない。

 自分達が瓦礫の下敷きにならないよう、逃げ惑うのに精一杯だ。


「……ッ、ふぅ。私もまだまだ現役だな」


 そう言って不敵に微笑む校長先生の頭には、若々しく艶のある黒い髪が生い茂っていた。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る