第72話 未確認飛行物体

 それから十数分ほど戦闘は続いた。

 戦闘とはいっても軽い小競り合いくらいのもので、こちら側には死者は一人も出なかった。数名ほど擦り傷を負った者もいたようだが、幸い後遺症が残るほどではないそうだ。


 校長先生の獅子奮迅の活躍の甲斐あって、桜山高校全七百余名のほとんどが無事に王都を脱出することに成功した。

 僅かに数人、イザナ皇国に退避することを拒否する人間が出てしまったのは実に心苦しいが、それも仕方あるまい。

 何事にも反対する人間は絶対に一定数生まれてきてしまうものだ。今回は残念だが彼らを救うことはできなかったと諦めるしかないだろう。


 そして数時間が経ち、今は王都郊外の平野部。かつて俺と柚希乃が家を建てた辺りにほど近い場所に、桜山高校の人間が勢揃いしている。

 どさくさに紛れて王都からかっぱらった馬車数十台に、【蔵屋敷】に収納して複数持ってきていた輸送用トラックが大いに活躍してくれた。

 おかげで七〇〇人以上の大集団であるにもかかわらず、人の足では到底辿り着けない距離まで退避できた俺達である。


「《マスター。皇都より入電です。たった今、第一便の輸送が完了しました。これからこちらに引き返し、第二便の輸送を開始します》」

「そうか。よくやった。現地入りした者達にはゆっくり休むように伝えてくれ」

「《了承Accept。新堂綾にそう伝えます》」


 アイシャ率いる航空部隊には負担をかけてしまうが、ここが踏ん張り時だ。残りの人間を反復輸送するとして、もうあと二、三往復すれば全員がイザナ皇国へと脱出できる計算になる。

 これを乗り切ってしまえば、俺達の勝ちだ。沖田平野の堅牢な都市防衛システムは、どんな敵の侵入も許さない。


「《大島アイシャより入電。繋ぎます。――――もしもし〜、進次センパイ?》」

「アイシャか、お疲れ様。どうだ、まだいけそうか?」


 輸送部隊を指揮し、かつ自身も輸送任務に就いているアイシャだ。その疲労は並ではないだろう。

 そう思って訊ねたのだが、思いの外アイシャは元気そうな声でこう返してきたのだった。


「《全然いけるよ〜! 前に進次センパイが導入してくれた自動操縦装置オートパイロットがね、なかなか良い働きしてくれるんだよねぇ〜》」

「ああ、眞田と一緒に開発したあれか」


 ここでもまた大活躍の眞田大先生である。至るところにコンピュータが普及するまでに近代化されたイザナ皇国において、眞田のプログラマーの才能はもはや必須となっている。ある意味では俺以上に近代化を支えていると言っても過言ではない。


「《コックピットが客室と隔離されてるから、安心してくつろげるのも嬉しいな》」

「まあ、いくらオートパイロットとはいえ飛行中にパイロットが寛いでいたら乗客は不安にもなるだろうしな」


 とりあえず、この感じではもう数往復くらいなら頑張ってくれそうだ。すべて終わったら存分に労ってやるとしよう。


「《じゃ、次は三時間後にそっち行くから!》」

「ああ。よろしく頼む」

「《了解Roger〜!》」


 海外育ちらしい流暢な発音でそう元気に返すアイシャ。頼もしい限りだ。


「んー、この分だと結構楽に終わりそうだね」


 警戒を続けながらも、ぐっと背伸びをしてそう呟く柚希乃。トラックと馬車を活用したおかげで王都から相当な距離を稼げたこともあり、今の俺達にはかなりの余裕がある。柚希乃の言うように何事もなく終わるかもしれない。


「《マスター。緊急事態です》」


 だが、そんな会話がフラグになってしまったのだろうか。弛緩した空気に冷たい水を浴びせるように、ミネルヴァが警告を発する。


「何が起きた」

「《北東に敵影を感知。――――速度、三五〇。数、三》」

「速度三五〇だと?」


 地球の軍隊や航空会社ではキロではなくノットの単位を用いるのが普通だが、日本育ちの俺達にとっては馴染みの薄い単位だ。ゆえにイザナ皇国でも速度や距離を示す単位の基準にはキロメートル法を採用している。

 時速三五〇キロ。

 ありえない速度だ。この世界において、それこそドラゴンでもなければ不可能な速度域である。

 だがその可能性は考えられない。無人ドローンによる原住生物の生態調査の結果、ドラゴンは繁殖期を除いて基本的に群れで行動することはまずないのだ。

 そしてドラゴン以外にそんなスピードで飛行が可能な生物を俺達はまだ知らない。だからこそ、俺達の間に緊張が走る。


「《距離五〇。会敵まで約三分》」

「正体不明の敵か。……だが、いずれにせよここに到達させるわけにはいかないんだ。柚希乃、迎撃するぞ」

「うん!」


 俺はプラズマジェットスラスタを起動すると、外部スピーカーで紗智子先生に話しかける。


「紗智子先生!」

「《はいっ》」


 こちらを向いた紗智子先生の声を集音器が拾ってコックピット内に響かせる。


「正体不明の敵が急速接近中です。俺と柚希乃は迎撃に出ます。……後を頼みます」

「《輸送の指揮をとればいいんですね?》」

「それと、万が一の場合の戦闘指揮も」

「《……わかりました。なんとかしてみせます》」

「助かります。……エンジン全開ッ」

「うっしゃー!」

「《映像、出ます》」


 ミネルヴァが表示した映像を見た俺と柚希乃は絶句する。


「これは……ドラゴンを人が飼い慣らしているのか!?」


 全球ドーム型ディスプレイに映し出された敵は、紛うことなく歴としたドラゴンだ。

 ただし、その背中には見たことのない構造物が乗っかっている。かなり大きい。

 ――――そしてだ。


「これは…………機甲騎士マシンリッター?」


 三騎のドラゴンにまたがるようにして乗っている金属の巨人。その姿は、まさに今俺達が搭乗している機甲騎士マシンリッターそのものであった。




 



――――――――――――――――――――――――――

[あとがき]

 第話でのマイル表記をキロメートル表記に修正しました。

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