第69話 肩慣らし

「《現在、大山脈上空をマッハ一で飛行中。ルシオン王国王都まで残り約三〇分です》」


 戦闘支援用人工知能「ミネルヴァ」が現在の飛行速度と位置から逆算して、目的地への予想到着時間を提示してくる。

 今はまだ真夜中の四時を少し回ったところだ。もう既に視界の端のほうでは地平線が白み始めている。果たして百合先輩達の潜入工作は上手くいっただろうか。


「《前方、レーダーに感あり。識別信号無し。無線での呼びかけに対する応答、ありません。――――距離五〇》」

「五〇キロ……会敵まで三分ってとこか。サイズは?」

「《約三〇メートルの巨体がマッハ〇.三程度で高速飛行中。これらの条件に該当する存在を情報倉庫データベースより照合――――該当一件。対象は『ドラゴン』であると推定します》」

「映像出せるか?」

「《了承Accept。映像を表示します》」


 次の瞬間、コックピット内全面に広がっていた外界の映像が切り替わり、正面にホログラムウィンドウが浮かび上がる。

 最初は画質の粗かった映像は、数秒の後に調整が入り、やがてその鮮明な姿を映し出した。


「ほう、見事なドラゴンだな」

「実物を見るのはこれが初めてだね」

「初めて尽くしだな」


 表示されたのは、全身が真っ赤なドラゴンだ。映像を拡大してみれば、爬虫類特有の感情を感じせない凶悪な瞳が俺達を真っ直ぐ眼差しているのがわかる。


「どうやらやっこさんにはこちらの姿がしっかりと見えているらしい」

「どうする?」

「……ミネルヴァ。確かドラゴンってのは高い知能はあっても性格が凶暴で、共存は不可能なんだよな?」

「《肯定。無人偵察機による調査において、人里や商隊キャラバンを襲撃する様子が複数確認されています》」

「なら撃退して構わないな。……柚希乃、いけるか?」

「もちろん」

「よし。では一二〇ミリレール砲の出番だ。……なに、肩慣らしにはちょうどいいだろう」

「ま、お姉さんに任せなさい」


 後部座席の柚希乃が天井に格納されていた照準器を取り出し、レーダー照準モードから光学照準モードへと変更する。

 肉眼に頼る有視界戦闘であれば、こっちのほうが柚希乃は【銃士ガンナー】の能力を発揮しやすいらしい。これだけ暗い夜明け前であっても光学照準とは恐れ入る。


「……目標捕捉ロックオン! 行くよ!」

「ああ」


 ――――ドパァン……ッ


 正確無比な遠距離射撃が大気を貫いて直進していく。ドラゴンと装弾筒付翼安定徹甲APFSDS弾の相対速度は極超音速だ。文字通り一瞬で砲弾がドラゴンへと肉薄していく。


「……弾着!」

「――――ァッ!」


 ドラゴンの絶叫が聴こえたような気がした。もちろん本当に聴こえるわけもないが、憐れ、深紅の鱗が美しいドラゴンは胴体に巨大な風穴を空けて地面へと墜落していく。


「命中。撃墜したよ」

「お見事」


 これだけの速度域にあって一撃とはな。流石は柚希乃だ。これでドラゴンが俺達の脅威たりえないことが証明されたわけだ。


「事前のシミュレーションでは勝率九八%と出ていたが……柚希乃に限っていえば一〇〇%かもしれないな」


 イザナ皇国は要塞都市だ。領空に侵入した外敵を自動で迎撃する対空防護システムに加えて、防空識別圏への侵入者に対してはハイパーゼロ部隊による緊急発進スクランブルを行うこともあるし、半径二〇〇キロ圏内であれば叶森砲もある。

 仮に柚希乃がなんらかの事情で出撃が不可能であった場合のシミュレーションでの撃墜成功率が九八%だったのだ。

 だが柚希乃は一発で敵を沈めることに成功した。やはりこいつこそがイザナ皇国の切り札に間違いない。


「幸先の良いスタートだな。……さて、どうやらそろそろ夜も明けるらしい。急ぐぞ」

「うん」


 ドラゴンの死骸は後で航空部隊にでもサルベージさせるとしよう。この世界における未知の生物の素材は、きっとイザナ皇国の科学に進歩をもたらしてくれるに違いない。


「《インターネット回線の電波を受信。ルシオン王都基地局のカバー範囲に入りました》」

「よし。ミネルヴァ、回線を衛星通信モードから衛星/通常回線併用モードに切り替えろ。紗智子先生達と連絡を取りたい」

「《了承Accept。岡本紗智子との回線を開きます》」


 コックピットの端に通話アプリの呼び出し画面が小さく映し出される。やがて数コールの後に紗智子先生の反応があった。


「《もしもし、沖田君?》」

「紗智子先生。今そっちの状況はどうなっていますか?」

「《作戦の第一段階は無事に完了したわ。今は全校生徒の所属するチャットグループを作って一斉に脱出計画の詳細を送信しているところです》」

「それは良かった。何か気になる点等は?」

「《……予想していたことではあるけれど、一部王国の思想に共感を覚えた人間が今回の脱出計画に難色を示しているわ。…………それと校長先生が、生徒達の命を守る責任がある以上は、いくら沖田君達がうちの生徒だからとはいえ信用することは難しいって》」

「やはり校長先生が障壁になったか……」


 校長先生には全校生徒および教職員の命を守る責任がある。だから唐突に(生徒とはいえ)得体の知れない……それも未成年の人間が救出作戦を行うと言ってきても、おいそれと信用することができないのだろう。校長先生自身が拒否しているというよりかは、校長という立場がそうさせるのだ。

 その気持ちは俺もよくわかる。俺はイザナ皇国の皇帝として、国民を守る責任がある。そこだけを見れば、俺と校長に違いはない。


「《沖田君、校長先生も別に私達を信用していないわけではないの。でも……やっぱり立場がそれを許さないのよ》」

「ええ、わかりますよ。……ただ、それなら校長の立場をして信用に足ると理解させればいいんだ」

「《沖田君?》」


 そのためにはやはり、俺達の武力を示す外あるまい。ルシオン王国に対しても、桜山高校の教師陣に対しても、だ。


「紗智子先生」

「《はい》」

「計画通り、巡航ミサイルによる王城と駐屯地への攻撃は行います。だから信用はされなくてもいい、絶対に皆をそこから退避させてください」

「《ええ。それだけは何がなんでも成し遂げてみせるわ》」

「巡航ミサイルは日の出のタイミング、朝五時になったと同時に王城を攻撃します。もう発射までそこまで時間が無い。頼みますよ」

「《わかったわ。……それを見れば校長先生達も考えを変えてくれるかしら》」

「無理なら無理で構わない。イザナ皇国への脱出を希望する人間だけを救出するまでです。誰も救われないよりかはよっぽどいい」

「《……とりあえず、イザナ皇国に帰属するかどうかはさておき、可能な限り全員が一時的に脱出できるよう取り計らってみます》」

「よろしくお願いします」


 今回、俺達は日本人を救出させる作戦を立てはしたが、それは彼らを強制的にイザナ皇国民にしようということを必ずしも意味しない。

 別に国民になるのが嫌なら出て行けば良いのだ。

 ただ、それはそれとして沈みゆく泥舟であるルシオン王国に留まり、戦争のために使い潰されるのは元同胞として看過できることではない。

 それがゆえの救出作戦である。

 だから「まずはルシオン王国を脱出することだけを考えてほしい」と伝えるように俺は紗智子先生にお願いしてある。

 それならば俺達に恭順する姿勢を見せない者も、今回の作戦に協力してくれるだろうという算段だ。


「うまくいくといいけど」

「賽は投げられたんだ。ここまで来たらもうなるようになるとしか言えないな」

「なんとかしてみせようね」

「ああ」


 俺達は既にルシオン王国領内に侵入している。

 王都まで残り、一五分だ。




――――――――――――――――――――――――――

[あとがき]

 マイルの表記をキロメートルに修正しました。

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