第68話 お前を信じる俺を信じろ

 日の出までまだ数時間はある、草木も眠る丑三つ時。

 しかしそんな真夜中にあって、イザナ皇国は俄かに騒がしさを増していた。


「武装の最終点検急げ!」

「戦闘支援用人工知能『ミネルヴァ』の起動準備よし。システム、オールグリーン」

「駆動系、動力系ともに異常なし。Sドライブ始動準備、整いました!」


 イザナ皇国軍・第一格納庫。その内部を駆け回っていた整備士達が整列してこちらに敬礼してきた。


「――――機甲騎士マシンリッター、初の実戦だな」

「どこにも異常は見られませんでしたぞ。昨日訓練した時と何も変わりませんな」


 そう自信満々に整備状況を伝えてくるのは、整備の責任者である眞田だ。彼は各種システムの開発を担当する傍ら、こうして技術系の仕事全般に首を突っ込んでいたりする。

 それもひとえにイザナ皇国が抱える人材不足という課題ゆえなのだが、そこに眞田自身のずば抜けた優秀さが影響していないかと言われたら首を傾げざるをえない俺である。


「さあ、お二人とも。搭乗準備は完了しておりますぞ」


 そう促してくる眞田。隣に立つ柚希乃のほうを見ると、彼女と目が合った。機体色と同じ深緑色の耐G仕様パイロットスーツがよく似合っている。

 頷き合う俺達。


「行こうか」

「おう」


 専用のデッキから頭部の操縦席コックピットに乗り込むと、シートは昨日までと変わらない感触で俺達を迎え入れてくれた。


「このパイロットスーツ、よくアニメとかで見るようなピチピチ系じゃないのは助かったよ」

「まあ、別に宇宙空間に行ったりするわけじゃないからな」


 俺と柚希乃が着ているパイロットスーツは、戦闘機のパイロットが着るようなフライトスーツに近い見た目をしている。余分な装備は省かれていて一見すると軍用のジャージにしか見えないが、機動戦や空中戦を想定した高G下でも耐えられる実用的なモノだ。そこに無骨さや機能美はあっても、萌えの要素はない。


「そもそもSFモノの女性パイロットがピチピチのスーツに身を包んでいるのは、大抵の場合『よりエッチな絵面を見せたい』という製作者側の意向が働いているからだしな。普通に考えたら、ピチピチスーツである必要性は無いさ」

「いや〜、よかったよかった。あまりボディラインを進次以外の他人にじろじろ見られたくもないしね」

「俺なら良いのか?」

「……裸を見られてるんだよ。今更じゃない?」

「それもそうか」


 まあ、そんな無骨なスーツを美少女が着ているということ自体が既に萌えポイントであったりするわけだが……そんなことを俺が考えているとはつゆほども知らない柚希乃である。

 そんな他愛もない会話を交わしつつ、俺達は出撃の準備を進めていく。

 今回、携行する武器は全部で五種類。

 一二〇ミリレール砲、三五ミリレール機関砲、四連装対地クラスターミサイル、単分子ワイヤーソードに、予備武装の単分子ワイヤーナイフだ。

 銃火器系の弾薬は擬似【蔵屋敷】の中に大量の在庫があるので弾切れの心配はない。徹甲弾から成形炸薬弾、榴弾に至るまで、各種砲弾を相当数取り揃えてある。

 もちろん携行型の食料保存庫や簡易トイレ、仮説のシャワールームなんかも用意してあるので、俺達パイロットの補給準備もバッチリだ。


「うう、緊張してきた……」


 柚希乃が胃を押さえて小さく呟く。俺はそんな彼女を安心させるように淡々と機体スペックについて語り出す。


「安心してくれ。この機甲騎士マシンリッターの単分子装甲は三〇〇〇度以上の高温にも余裕で耐え、自身の主武装である一二〇ミリレール砲の直撃にも数十発は耐える。加えてプラズマジェットエンジンの大推力のおかげで超音速巡航スーパークルーズが可能だ。仮にルシオン軍がドラゴンを手懐けていたとしても、ぶっちゃけ敵じゃないぞ」

「そ、それはそうだけど」

「更に言えば、機体の操縦は俺が、そして攻撃は柚希乃がするんだ。――――これほどまでに強い兵器が未だかつてこの世界に存在したか?」

「しない……と思う」

「大丈夫だ。俺は柚希乃を信じる。柚希乃も、お前を信じる俺を信じろ」

「……うん! なんか吹っ切れた。いける気がしてきたよ。……あと、言われなくても私はずっと進次のこと信じてるからね!」

「おう」


 ガシッと腕を組んでお互いを鼓舞し合った俺達は、各自の座席に座り直して前を向いた。


「いくぞ」

「うん!」


 後部座席に座る柚希乃が力強く返事をする。俺は無言で頷くと、最終起動シークエンスを開始した。


 皇帝である俺の遺伝情報を読み取って初めて起動する機甲騎士マシンリッター

 俺と柚希乃の搭乗する初号機にして皇帝専用機が、皇帝の搭乗を確認して起動条件を満たした旨をホログラム画面に表示する。


 沖田平野をあまねく照らすイザナ皇国の守護神。その名は――――


「――――『アマテラス』起動!」


 Sドライブが唸り声を上げ、起動していく。明るい黄緑色に輝く光のラインが機体に走り、機体全身にエネルギーが供給されていく。


「《Sドライブの起動を確認。『アマテラス』各部の制御システムと戦闘支援用人工知能『ミネルヴァ』の接続を開始します。回線接続進捗度七八、九二、九九……一〇〇。接続、完了しました》」


 軍務省と直結している秘匿回線から、オペレーターの声が聞こえてくる。どうやら無事、起動に成功したらしい。軽く「アマテラス」の腕を動かしてみるが、返ってくる反応も上々だ。問題ない。


「《――――おはようございます、マスター》」

「ああ、おはよう。ミネルヴァ」

「《Sドライブからのエネルギー供給率、九八%前後で安定して推移。いつでも出撃可能です》」


 戦闘支援用人工知能の「ミネルヴァ」が起動して、流暢に話しかけてくる。

 こいつは眞田が開発した傑作AIだ。機体に搭載可能な超小型量子コンピュータの演算領域に、人間の脳回路と同じ処理方式のプログラムを書き込んで生まれたである。

 つまり、このミネルヴァにはある種の原始的な感情がある。そしてコンピュータとしての計算速度や正確さに劣ることもない。

 いわば究極の仮想人格なのだ。

 もちろん反乱を抑制する機構は搭載済みなので、勝手に「アマテラス」が暴れ出したり意図しない挙動を起こしたりする心配はない。


「よし。では出撃だ!」

「オッケー!」

「《了解。プラズマジェットエンジンへのエネルギー供給を開始します》」


 ――――ゴゴゴゴ……ッと轟音を立てて第一格納庫の扉が開いてゆく。

 格納庫の外へと出た俺は、周囲に人がいないことを確認してからスロットルを一気にふり絞る。


 ――――ギュィィィイイイン……ッッ!!


 プラズマジェットエンジンから高温のプラズマが激しく噴射され、徐々に機体が動き出す。


「――――『アマテラス』、出撃する!」


 次の瞬間、「アマテラス」は勢いよく空へと飛び上がった。





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