第3話 校長と神官の対談
さて、召喚早々に神官の説明があってしばらく置いてけぼりを喰らっていた我らが桜山高校の面々であったが、ようやく再起動した教師達の活躍により、一旦インターバルが設けられることとなった。
これ以上神官に主導権を握られないようにするため、ひとまず交渉事は校長をはじめとした教師達が行うことになり、俺達生徒は担任の指示に従って待機する。終業式の真っ最中で既にクラスごとに整列していたのが幸いし、大きな混乱もなく一つにまとまる桜山高校。我が校の治安が割と高めで良かったと心底安心したが、そんなことを思うのは後にも先にも今回くらいだろうな。
とまあそんなこんなで石造りの大広間で待ちぼうけること数十分。
「えー、生徒の皆さん。大切なお話があります。心して聞いてください」
普段は誰も聞いていない校長講話だが、流石に自分達の命運が掛かっているともなれば全校生徒が真面目に耳を傾けるようだ。いつもよりも食いつきのいい生徒達に若干悲しそうな顔をした校長が、気を取り直して重たい口ぶりで話し出す。
「先ほどのフョードル司教からの話にもありましたが、私達が今いるルシオン王国という国は、地球とは別の世界に存在する国です。私達がこうして連れてこられたのは、強い力を持つ私達を戦争に参加させるため。未来ある若者の皆さんを、相手の勝手な都合で戦争に参加させるなんてことは絶対にあってはなりません。ルシオン王国の一方的な要求を呑むことはできないと、私達は断固としてそう主張しました」
悔しそうに拳を握り締めてそのまま話を続ける校長。
「……しかしフョードル司祭は、『神託なのだから従うように』との一点張りで、交渉の余地などありませんでした」
交渉の余地がないのはこちらも同じだ。だが現状、明らかに優位に立っているのは七五〇名以上の人間を召喚するなどという凄まじい力を持っているルシオン王国側だ。何も持たない桜山高校側が強気に出ることは難しい。
「現状、私達は元の世界へと帰る手段を持ち合わせてはいません。……そしてそれはルシオン王国も同様でした」
「なっ!」
「嘘っ」
「ふざけんなよ! 日本に帰せよ!」
「お母さん……っ」
校長は鎮痛な面持ちで残酷な真実を告げる。それまでは黙って聞いていた生徒達も流石にこれには動揺したらしく、方々から悲鳴や怒号が飛び交った。
「ねえ、進次……。これ割と本気でマズくないかな?」
「……考えうる限り最悪だな」
右も左もわからない状況でパニックを引き起こすのは愚の骨頂だ。何もこのタイミングで告げなくても良かったじゃないかと思わずにはいられないのだが、校長はなんでそんなことを言ったんだ?
「遅かれ早かれ、いずれフョードル司祭から同じ内容が伝えられることになるでしょう。であるならば、この話は私の口から皆さんに伝えたかった。……ですが皆さん、忘れてはなりません。これは私達を非合法的に拉致し、あまつさえ戦争に駆り立てようとした犯罪者が話した内容に過ぎないのです。これが真実であるとは限りません」
それはまあその通りだ。自分で確かめていない以上は相手の言うことを信じるしかないが……少なくともそのルシオン王国は信ずるに足る相手ではない。
「私は皆さんを日本に帰すことを絶対に諦めません。ただ、そのためにはまず、この場を生き延びなければなりません。……そして、それにはルシオン王国の援助が必要不可欠です」
そこで校長は一旦額の汗をハンカチで拭い、やがて重々しく職員会議の決定事項を話した。
「ルシオン王国を許すわけにはいかない。しかし、それ以上に生徒を危ない目には遭わせられない。ここでルシオン王国と敵対すれば、戦う力のない私達になす術はありません。……よって、状況に変化が生まれるまでの間、一時的に桜山高校はルシオン王国の庇護下に入ることにしました」
ルシオン王国の庇護下に入る。そのことが意味するのはすなわち、ルシオン王国の戦争に協力するということだ。
「ルシオン王国からは、戦争に協力することを条件に全員分の衣食住を保証する旨を伝えられました。…………皆さんを守りきれずに申し訳ない」
そう言って低く頭を下げ、眩しい頭頂部をこちらに見せつけたまま微動だにしない校長。話は長くてつまらないが、その姿は立派に教育者のそれであった。
「……けど、残念ながら事態は何も改善してないな」
「危険に遭わせられないから、戦争協力を受け入れる――――うーん、なんか矛盾してない?」
まあ人間、食わないと生きていけないからなぁ。『
「こりゃあ荒れるぞ……」
確かに校長は生徒を守るために最善と思われる道を選択した。それは大人としては正しい選択だったかもしれない。……だが正しい選択が、必ずしも受け入れられるとは限らないのが現実だ。
今回の件で、生徒達のルシオン王国に対するヘイトはほぼ最大値まで振り切ったが……その内の一部はやがて校長や教師達に向けられることになるだろう。
すべての人間を納得させることは不可能だ。かくいう俺とて、遺憾砲を放つだけの日本流弱腰外交を見事にやってのけてくれた校長を全面的に支持する気にはさらさらなれない。
まったく先の見通せない事態となってしまったわけだが、少なくとも今後明らかになっていくであろう『
俺や叶森の『
柄にもなく不安な気持ちを抱えたまま、俺は校長の禿頭を眺め続ける。表情には出ていないものの、そっと俺の左手を繋いできた叶森の右手は、小さく震えていた。可愛い。
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