祝の日

尾八原ジュージ

祝の日

 俺のじいさん、酒はあんまりいけんかったけど女と博打はよく手ぇ出してな、家の金持ち出したり、愛人がうちに乗り込んできたり、まぁ、ばあちゃんに苦労ばっかかけたくそジジイやった。

 そんで、最後は肺癌で死んでな。臨終のときなんかもう朦朧としててんけど、急にパッと目を開いて、オカアチャンの米寿の日に迎えにいったる、って言うて死んだんや。オカアチャンいうたら自分の奥さん、つまりばあちゃんのことやね。ジジイ死に際まで勝手言いよるわって皆で言ってな、泣いてたのばあちゃんだけやったわ。

 いやぁ、ばあちゃん何であんなジジイ好きやったんかな。

 米寿までそれから十年以上あったな。ばあちゃんは皆に好かれてたから、米寿はパーッと祝ったんや。うちの座敷の襖外してぶち抜きにして、親戚連中が集まって、仕出しだのピザだの頼んで。

 皆実は怖がってた。ジジイがほんまに迎えにくるのと違うかって。それくらい臨終のときの顔が凄かったんや。だから監視のために集まった……みたいなところあったな。

 でも皆で酒呑んで飯食って、子供らがワイワイ騒いで、ばあちゃんも笑ってるし、だんだん緊張感とかもなくなってきて。

 そしたら急に、従兄んとこのちっちゃい女の子が「だれかローカにおる」って言うんよ。それきっかけに子どもたちがワーッと騒ぎ出して、廊下廊下って。

 皆そっち見るわな。

 したら、襖の向こうに人影が見える。人間の立ってるシルエットが見えんねん。

 俺、座敷にいた人数数えた。全員おった。皆しーんとなってな。親戚のガタイのいいおっちゃんが、誰かおるんか! って怒鳴ったんや。そしたら廊下からドンドンドンドン! って、物凄いでっかい足音みたいなんが聞こえて、でもその影はピクリとも動かんのよ。ほんまに、そこにいた全員見たし、聞いたんや。

 ドンドンドンドン! ドンドンドンドン! って、音が全然止まない。子供らがわーって泣き出して、俺かてどうしたらいいのかわからん。大人連中もざわざわ騒いどったけど、やっぱりなんにもでけん。

 そしたらばあちゃんが急に立ち上がって、「皆さんお世話になりました」って頭下げてな。止める暇もなく、廊下に出ていってしまった。

 ばあちゃんが襖をさっと開けたとき、ラクダみたいな色の開襟シャツがちらっと見えた。後から思えば、あれジジイがよく着てたやつやったのと違うかな。とにかくそのときは、あっ本当に誰かいる、と思ったら、スッと襖が閉まったんや。

 そんでばあちゃん、そのまま外にいた奴と玄関の方に歩いてってしまって。皆固まってたな。俺も固まってた。

 それからばあちゃん、フイッとどっか行ってしまったんや。

 足が悪くて車も運転できなくて、一人で遠くなんか行けないはずなのに。靴だって玄関に全部揃ってたのに。家の中全部探して、外も探して、山狩りまでやったのに見つからんのよ。

 で、こないだ七年経ってな、ようやく葬式やったわ。いやぁ、ばあちゃん実際あの時死んだんやろな。ジジイがほんまに迎えに来たんや。皆そう思ってる。

 はぁ。

 ばあちゃん、あんなジジイのことやっぱりずっと好きやったんかな。

 廊下に出ていくとき、笑ってたもんな。

 わからんなぁ。

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