決着の臨界点④



 時は少々巻き戻る。


「――ちょっと待ちなさいよ」


 皆本家での決戦前最後の会合。

 懸念を晴らそうと膝を突き合わせていた暁奈が言う。


「――?」


 この指摘が、すべての前提がひっくり返る青天の霹靂の始まりだった。


「……………………え?」


 本当の名前。

 言うまでもない、前世で生きていた際の名前。


 このまま当人でもないのに「月彦」と呼び続けるのは酷だろうと、気を利かせた暁奈が返答を待つ。


 


 名前でなければ、暮らしぶり、死因、顔の特徴でもいい、なにか思い出せないか……と死にもの狂いで思考を巡らせても、脳細胞は一切の想起をしてはくれなかった。

 暮らしぶりといえば加地家の冷えた食卓が、死因はてんで分からず、顔の特徴といえば美少女ゲームのサブキャラ然とした中途半端な人相の悪さが浮かぶまでが関の山だった。


 ここまで来て、疑わない方が無理がある。


「まさか、」


 同じような異世界転生もののアニメを嗜んでいる良太郎が、意味深長に言葉を詰まらせる。言うべきか言うまいかと悩んでいる様子で、月彦は顎で意を決して指し示し、確信を述べるのを促した。


、『


 同時に更なる疑念が浮上する――それを一体、誰が行ったのか。


「魔王? それとも加地朔之介?」

「いや、二人にはそんな手間暇かけるメリットがない。というか土台無理だ」


 それこそ、スパイか囮として潜入させていた方が、余程益がある。

 むしろ良太郎の味方となり、暁奈や晴花を救うべく立ち回っているこれまでを思えば、利を得ているのは主にその二人だろう。


 ……だがやはりここでもネックになるのは、「そんな手間暇をかけるメリットがない」という点だ。


 仮にこの二人のうちに真の黒幕がいたとして、月彦にハッピーエンドへ至るよう誘導しているとしても不可解極まる。

 仲間全員に原作ゲームの知識を与えるのではなく、わざわざ月彦だけに絞った奇怪さは拭い去れない。知識を共有して死ぬようなペナルティも発生しなかった。


 現状で判明しているのは、月彦がかくあれかしと動く下準備以上の手は加わっていないであろうこと。


 トカゲの尻尾切りよろしく退場するのが常だったはずの月彦を生かし、主人公の仲間に仕立て上げ、植え付けた原作ゲームの知識で全員生存のハッピーエンドへ向かうよう誘導していた――。


「そう、か……!」


 ――結果として、それが一番の利益となる人物こそが、真の黒幕。


「一番得するのは良太郎だ」

「は!?」

「でも得しきってない。それが鍵なんだ」

「月彦、ちゃんと説明してくれ。お前には人見のゴミを見る目つきを晴らす義務がある!」

「ああ、悪い悪い」


 良太郎と、いまだ怪訝な眼差しで二人の間を見つめている暁奈に対し、改まった月彦は咳払いを一つ。


「俺は最初こそ実感が持てずに違ったけど、これまでみんなのことをゲームのキャラクター……要は舞台上の演者じゃなくて、一緒に生きてる人間だと思って接してきた」

「んなこたぁ分かってるから、本題言えよ」

「魔王やお祖父じい様……加地朔之介が、そんな手間暇をかけるメリットはないけれど、俺達にとっては仲間が助かって万々歳だ。そこは平等だと思う」


 しかし、『ゲームの登場人物キャラクター』という視点で見た場合、一人勝ちしている人物がいるのだ。


「でも美少女ゲームのキャラクターを動かすプレイヤーとして見た時、良太郎は暁奈と晴花メインヒロインの二人を救って、どっちとも良好な関係になってる……つまりはどっちとも恋愛できるウッハウハな状態ってことだ」

「勝手にいいように言われてることは釈然としないけど……まあ『一番得するのは良太郎だ』って発言の真意は分かったわ。でもその言い分だと、やっぱり怪しいのはバカテンドーだって言ってるようなものだけど?」

「弁護を要求しますッ!」

「そこで一つネックが発生する」


 月彦は指差す。


「……月彦が、か?」


 指し示したのは、他でもない月彦である。


「――メインヒロインとのウッハウハで一番邪魔なのは、俺だ」


 暁奈はいまいちピンと来ていない様子だったが、良太郎は一応の理解は得たようで、納得こそできていないものの、腑に落ちた曇り顔を浮かべていた。


「もし良太郎がウッハウハ目的なら、俺はお邪魔虫以外のなにものでもない。矛盾する」


 美少女ゲームにおける男性友人キャラといえば、好感度の値を教えてくれる主人公のサポート役か、あるいはヒロインを害する敵役だと相場が決まっている……と言い切るのは過言だが、ヒロインとの恋愛が目的だとすれば、おのずと後者に意味合いが寄ってくるだろう。


 月彦を信頼している良太郎当人であれば話は別だが、プレイヤー視点からすれば、折角好感度の上がったヒロイン達を横からかっさらいかねない、卑しいトンビに他ならない。それでなくとも恋愛関係が友情のまま完結するかもしれない、目の上のたんこぶなのだ。


「……いや、だからこそ俺に原作ゲームの知識が植え付けられたのかもな。転生者でないと気づいたとしても、俺みたいな雑魚、すぐに片づけられる」

「ってことは、あれか? その真の黒幕って奴は、……!?」

「俺はそう考えた。でも、もしかすると違うかもしれない」


 所詮は探偵でもない、ただの高校生が知恵を絞って導き出した憶測に過ぎない。本当は月彦が単に前世を忘却しているだけかもしれなければ、真の黒幕はもっと巧妙な罠を張り巡らせている可能性もある。


 けれども最悪の事態を想定しておいて損はないだろうと、決戦の摩天楼へと赴き――朝焼けを背に月彦達を睥睨する、真の黒幕と対面した。


「……やっぱりか」


 予想を肯定するように、顔形から背格好、表情以外はなにからなにまで――姿







――――――――


 第八章『決戦の摩天楼』は以上となります。


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