決着の臨界点③



「おかえり、晴ちゃん」

「ただいま、良ちゃん……っ」


 すべてが終わった……そう思った時だった。


「っ、天道! 黛さん!」


 支えになっていた緊張の糸がふつりと切れたように、晴花がくずおれ、盾を投げ出して倒れる。

 杭に繋ぎ止められていた良太郎も然りだ。乱雑に投げ出され、したたかに瓦礫の山を転がる。


 足元にいた暁奈が良太郎を、アイが晴花の無事をつぶさに確かめた。


「バカテンドー! 死ぬんじゃないわよ!」

「死んでねぇっての……つーか頭に響くから、ギャンギャン叫ばないでもらえるか……」

「失礼ね! 誰が狂犬だっていうのよ!」

「というかお前の方が怪我酷くないか……?」

「こちらは問題ない」


 人影として姿を現したステラが言う。

 宣告のとおり、凄惨に穿たれたはずの傷口はみるみる修復されつつあり、「それよりも黛晴花の方の傷を見るべきだろう」とアイ達の方へと顔を向けた。


「こっちも一応は大丈夫みたいです……」

「晴花、あんまり無理しちゃ駄目」

「えへへ、そうですね。本音を言うと凄く疲れてて……肩、貸してもらえますか?」

「うん」


 満身創痍であちこちボロボロだが、それでもなんとか修羅場を潜り抜けられた。


 良太郎も、暁奈も、アイも、晴花も、ステラも、みんなが取り敢えずの無事を勝ち取ったのだ。望んだ結末ハッピーエンドと呼んで相違ないだろう。

 主人公とヒロイン二人、聖剣も誰一人欠けることない決着。『Re:turnerリターナー -fantasiaファンタジア gardenガーデン-』の『硝子ガラス野薔薇ノバラ』と『百合籠ユリカゴ』、どちらの分岐ルートであっても成し得なかった奇跡を、月彦は固唾を呑んで見守っていた。


 ――そして、


「…………」


 


 意を決して拳を握り締めた時――事態は風雲急を告げる。


「は?」


 いち早く気づいたのは、勇者として勘が優れていた良太郎だった。

 わずかに遅れつつも、なにかを感知したステラも反応したが、先んじて動いた『それ』に良太郎は足を絡め取られる。


「痛ってぇな!」


 月彦の『八岐小蛇ヤマタノコロチ』に引きずられ、思わず暴言が口からまろび出た良太郎が見たものは。


「なにしやが、」


 ――今まさにビルの端から落下しそうになっていた己。


「る……」


 良太郎と月彦が、いつの間にかビルの端へと移動していたのだ。


 魔王との戦いで力を使い果たしている今、最初に着地した時のような荒業は使えない。『小蛇コロチ』が命綱となっていなければ、真っ逆さまに転落死していたことだろう。


 やっと切り抜けたはずの命の危機を再確認し、緊張がほぐれて血色が良かった顔が、さっと青ざめる。


「な、なん」


 良太郎もつぶさに違和感へと至る。立ち位置を間違うようなヘマはしておらず、ステラはまだしも、月彦はアイと暁奈のそばにいたはずだ。こんなにも近距離ではなかった。怪現象と呼ぶ他ない。


 攻撃か?

 いつ? 誰が? なんのために?


「なにかに……引っ張られて……」

「うん。誰かが勝手に落ちるように、良太郎と俺を端まで移動させたんだ。なんとか助けられたけれど」


 月彦は努めて平静を装って述べるが、実際はほとんど僥倖である。

 襲撃を前もって知っていたとして、咄嗟に対応できるのは別問題だ。少しでも判断を間違っていれば、諸共に挽肉と化していただろう。


 明らかに命を狙った犯行に、ステラも動揺を隠せない。

 死角から攻められたのだとしても、魔力が感じられなかった事実を、こわばる表情が雄弁に物語っていた。


「というか師父さ……加地かじ朔之介さくのすけも、魔王ももういない! なら誰が敵だっていうのよ!」


 犯行現場は荒涼としたビルの屋上。

 魔法がなければ超能力でもなければ辿り着けない、完全密室ならぬ完全空室。


 犯人の正体不明ぶりに、にわかに混乱が伝播していく。


 ……そして、前もって考えられていた推論が浮かび上がった。


「待って、まさか本当に……?」

「ああ。そうみたいだぜ」


 良太郎が黎明の空を指差す。

 咄嗟に攻撃の方向を見定めたのか、はたまた勇者としての勘か。


 やわらかな朝焼けの光で身を清めながら虚空に立っていたのは、一人の人影だった。


「は? なんでのこと分かってんだよ。おかしいだろ」


 真の黒幕とも、新たなる強敵とも思えない、軽薄な少年特有の口調のまま、すがめた眼差しで月彦達を射抜く。


「あー……さてはオマエの入れ知恵かよ。クッソ萎える。これから百合と野薔薇の両手に花のハーレムライフが待ってるっつーのに、余計なことすんなよな」

「余計なことをしたのはお前の方だろ」


 侮蔑の視線を受けながら、一歩も引かずに月彦は言い返す。


「なあ――


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