第五章『斜陽』
独白:虫の羽音
――彼は、虫けらだった。
自虐ではなかったが、完全な客観視とも呼べない、半ば諦観の入り混じった自認だった。
「あ、」
ぐしゃり、と支えを失った体が力なく倒れる。常人には大した傷にならない転倒でも、既にボロボロだった体には致命的だった。
……
ろくでもない生まれの割に賢しかったので、これまでうまいこと立ち回って生き延びてきたが、それもあくまで小手先の技術。真に力を持ち得なければ、ただの時間稼ぎに過ぎない。
まさしく死に体――どんなに美しさや毒を備えていようと、やはり虫けらは虫けらであり、鬼にも悪魔にもなれず、そこで羽虫のように潰えていく。
「ぐ……っ」
運命に抗おうと最後の力を振り絞るが、空振りに終わる……否、つぶさに無意味だと気づき、即座にやめたのだ。彼の賢しさは現状打破の方法は導き出せずとも、この行為がなんら生産性のないものだと理解する分には優秀すぎた。
「ちく……しょう……」
生き汚くあがく気力も失い、拳を叩きつけることもできなくなった。
風前の灯火となった我が身を厭い、そのまま諸行無常の運命に身を委ねようとしていた――。
「おやおや、これは酷い」
――その時だった。
まだ目蓋を閉じるのは早いと、何者かの声がかかる。
「汚らしい。ドブネズミの方が幾分かマシだろうが、だからこそ利用価値があるというもの。背に腹は代えられまい」
捨てる神あれば拾う神あり……神は神でも疫病神だったと知るのに、さして時間は要さなかった。
「丁度いい。実験材料を手に入れたかった私に舞い降りた、天からの授かりものだ」
鬼にも悪魔にもなれなかった自分に、鬼か悪魔が舞い降りた。
羽虫の脳味噌でも本能で理解できたはずだ……こいつはまともじゃない。ついていけば、これまで以上に過酷な茨道が待ち受けていると。
しかし彼は内心で啖呵を切った――「それがなんだ」
今更命をもてあそばれようが、数多の罪を被ろうが、虫けらでない生があればそれでいい。
「魔王の手を取るよりマシだろう」――などという強がりに呼応するように、誘蛾灯がチカリと瞬いた。
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