ひとときのやすらぎ③



 気を揉んで疲れた月彦が夜半に目を覚ましたのは、隣でもぞもぞと寝返りを打つ音が頻繁に聞こえてきたからだった。


「……眠れないのか?」


 反射的に「あ、いや……」と答えた良太郎も、「うん、そうだな」と素直に肯定した。


「正直、こんなふうになるとは思ってもみなくて」


 ものの数時間前まで死闘を繰り広げていた相手と食卓を共にし、今は布団を並べて雑魚寝をしている。言葉にしてみれば、なんとも不思議な変わり身の早さだ。


「あれからどうだ? 少しは思い出せたりしたか?」

「名前とか家のこととかは多少だけど……まあ、それなりに。でも実感があるわけじゃないかな」


 偽りの中での、精一杯の誠実な返答。


「そっか……家には連絡したのか?」

「ああ。でも既読だけで特に反応はなかったよ」


 放任主義、というわけではない。元のゲームで加地月彦がどうしようもない小悪党となった影響は、少なからず生家から及ぼされたものでもあった。

 ……心配なのは、『あの人物』に月彦が異世界の勇者であった良太郎と鍔迫り合いをしたことがバレていないか、だ。魔導書がなければ戦えない非力な月彦は、良太郎が何者なのか吐けと脅されれば、そこでジエンド。かといってこのまま皆本家に居候すれば、不信に思われて危険度が増す。見事なまでの八方塞がり。

 ただでさえ記憶喪失を演じなければならない状況だというのに、より長い時間接し続けたであろう相手にも欺きつづけられるだろうか……考えれば考えるだけ、悩み事は無限に増えていく。不安で眠れなくなりそうだった。


「でも、本当に良かった」


 感慨深く、良太郎は呟く。


「余計混乱させるだけかもしれないけど、俺はさ……


 あまりにも荒唐無稽な話。夢見がちな少年少女だとしても、こうも臆面なく述べられるわけもなく、それこそがどうしようもない彼の経験した現実であることを物語っていた。

 月彦も、ゲームの知識として知っている――帰還時のこの世界になにをもたらし、彼からなにを奪ったのか。誇らしい英雄譚などではないことを、よく。


「お前は覚えてないかもしれないけどさ、『俺が異世界帰りの勇者だって偶然知って、近づいて、羨ましさで腹が立った』って、どこかで手に入れてきた魔導書片手に襲い掛かってきて……お前を、殺さないといけないんじゃないかって、覚悟した」


 末恐ろしいことを言っているが、最悪の末路を辿ればそれもあり得た話だ。穏便に済ませようと注力したのは良太郎の人徳だろうが、そんな相手と普通の友人同士として過ごせているのは、決してそれだけではないことを示していた。


「たとえ打算で近づいてきてたんだとしても、月彦は孤独だった俺にとって――唯一の友達だったからさ」


 唯一の友達。

 なればこそ、前月彦の凶行も恨み節も許せているのは、安堵が成したものに他ならなかった。


「ごめん、変なこと言ったな。明日も学校あるし、もう寝よう」


 面と向かって言うのは流石に赤面ものだったのか、最後の寝返りが控えめな衣擦れを立てて、沈黙が入眠を代弁する。

 そうして波乱の夜は、静かに更けていった。


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