やってみなはれ シアとレン 4

楸 茉夕

シアとレン 4

「はいどーもー、シアでーす」

「レンでーす」

「二人あわせてー」

「シアとレンでーす」

「いやそのまんまやないか」

「ええやないか。わかりやすくて」

「わかりやすさ以外ないやないか。なんの捻りもない。おもんない」

「コンビ名に面白さなんて必要ないねん」

「なんでやねん。要るやろ。なんならそこがピークやろ」

「そんなわけないやろ。と言うか今おまえはコンビ二人の名前をくっつけただけのコンビ名にしている全員を敵に回したぞ」

「そいつらは笑いを捨てた」

「そんなわけないやろ」



「…………」

 なんとも言えないしょっぱい気分と共にシアは手元のノートを閉じた。テーブルを挟んで向かいには探るような表情のレンがいる。

「どう? どう?」

「面白くない」

「ええー! 頑張ったのに!」

「頑張ったら頑張った分だけ面白くなるなら、世の中は笑いで溢れてるだろっての。大体なんだよこの似非関西弁。関西人に怒られるぞ」

 レンはシアの手からノートを取り上げながら不満げに唇を尖らせた。

「お笑いって言ったら関西弁でしょ」

「その発想が貧困なんだ。大阪以外にもお笑い芸人はいるし、落語だってあるだろ」

「おれがしたいのは関西弁の漫才なの」

「諦めろ東北人」

「どうして! 先輩はウルトラマン漫才してたよ! それに比べたら関西弁なんて日本語じゃん!」

「ウルトラマン漫才ってなんだよ」

「全部ジュワジュワジュワってウルトラマン語で会話すんの」

「……へー」

 ウルトラマン語ってなんだとか、先輩はどこの誰だとか、発想がシュール過ぎるだろとか、言いたいことはいろいろあったが、シアは全ツッコミを放棄した。どうにかしてレンを諦める方向に持って行かねばならない。

「おれたちもやる? ウルトラマン漫才」

「やらない」

「なーんーでー!」

 地団駄を踏まんばかりに声を上げるレンへ、シアは落ち着けと片手を振った。放課後の学食に殆ど人はいないが、それでも無人ではない。騒いでいると視線を感じる。

「じゃあ何ならいいんだよ。やだやだばっかりじゃなくて対案を出してよね」

「やるつもりないのに対案も何もないだろ。だいたい、なんで俺なんだ。他を当たれよ」

「おれはシアを買ってるの。シアにはお笑いの才能がある!」

「そりゃどうも。他を当たってくれ」

「なーんーでー! おれと一緒に『このわら』に出ーよーうーよー!」

 レンの言う「このわら」とは、最近話題の賞レース「このお笑いコンピはスゴい!」の略である。エントリーさえすれば誰でも参加できて、準決勝からはテレビ放送やネット配信があるので、優勝すれば一気にブレイク、そうでなくても広く目に留まるチャンスがある。

「ありゃ『このお笑いコンビはスゴ(く売りた)い!』だろ。出来レース出来レース」

「なんてこと言うんだよ! そんなことないよ!」

「いやあー、そんなことあると思うぞ」

 レンは頬を膨らませるが、シアはあまりテレビのことは信用していない。昔はどうか知らないが、今のテレビ番組は、殆どが台本や綿密なお膳立ての上に成り立っているのだろうと思う。

「じゃあそんなことないって証明するために! 出よう!」

「やだ」

「なーんーでー!」

「堂々巡りするからやめろって。何を言われても出ないものは出ない」

 口を噤んだレンはますます頬を膨らませ、ノートを片手に立ち上がった。

「見てろよ! 面白いネタ考えて! 一緒に出させてくださいお願いしますって言わせてみせるんだからな! 絶対!」

 謎の宣言をして、レンは荷物を纏めるとばたばたと学食を出て行った。残されたシアは、一つ息をついてパック飲料のストローを銜える。

(なんで俺なんだろうな-)

 レンとは幼馴染みの腐れ縁だ。幼稚園、小学校、中学校と一緒で、なんの因果か高校も同じところに通っている。このまま大学も同じだったらいよいよ笑えない。

 とはいえ、特別仲がいいかと訊かれるとそんなことはない。お互い親しい友達は別にいるし、シアと違って社交的なレンはすぐに誰とでも仲良くなれる。お互いにお互いだけということはないのだ。

 考えても答えは出ず、自分も帰ろうとシアも鞄を持って立ち上がった。夏至が近くて日が長く、外はまだ明るい。



     *     *     *



 仕事が終わり、一人暮らしの部屋に帰ったシアは、なんとなくテレビをつけてみた。最近はネットばかりで、テレビはニュースくらいしか見ない。そのニュースも、ネットニュースばかりだと、自分の見たいものだけを見てしまって偏るからという理由だ。

 だから、そのときテレビをつけたのは、本当にたまたまだった。

 騒がしい画面の中に、金色の紙吹雪が舞っている。どうやら、何某なにがしかの大会の結果が出たらしい。優勝者がトロフィーと、優勝賞金らしき金額が書かれた、やたらに大きなフリップを持ち、拳を突き上げている。どうやらピン芸人の賞レースらしい。

 さして興味はなかったので、飲み物を取ってこようと踵を返しかけて、

『証明したからな! 出来レースじゃないぞ! 見てるかー!』

 聞き覚えのある声が聞こえ、シアは足を止めた。恐る恐る振り返り、目眩を覚える。

 トロフィーを持つ手には、見覚えのある、しかしあの頃よりは随分年季の入ったノート。シアと同じ年数分年を取った、見知った顔が画面の中から叫ぶ。

『首を洗って待ってろよ! 絶対一緒に出させてくださいって言わせてみせるんだからな!』

「……嘘だろ」



 了

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やってみなはれ シアとレン 4 楸 茉夕 @nell_nell

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