【KAC2022】 わたしの恋人、“シロイ”恋人。

東苑

さあ、顔面ダイブだ!



 とある女子高校のグラウンドにて。

 高校に入学してから約1ヶ月。

 今日は入学後初のイベントである体育祭の日だ。


 そして今まさにわたしたちの参加種目プログラムが始まろうとしていた。

 種目名は“シロイ”恋人。

 簡単に言うと三人四脚なんだけど、ただの三人四脚とは違うところが1つあって……。


「……ねえ、申し訳ないんだけど、今から棄権ってできないかな」


 そう、呟いたのは幼馴染みでクラスメイトの育美いくみだ。

 スポーツ万能でわたしたちのクラスの大エース。

 この体育祭でも参加種目数クラスNO.1だ。

 中学のときは全国優勝するほど強いソフトボール部のエースで4番だった。

 その中学の部活を引退してから伸ばし始めた黒髪ロングを後ろでまとめ、戦闘モードに入ってるはずなんだけど……。


「大丈夫、育美ちゃん!? 顔真っ青だよ!?」


 と、クラスメイトのあやちゃんが心配してくれる。わたしと育美と組んで三人四脚、“シロイ”恋人に参加する子だ。 


 あやちゃんとは高校からの付き合いだけど、昨今世間をにぎわす大人気漫画「悪鬼の剣」を通じて仲良くなったオタク仲間。お昼はいつも一緒に食べるし、この前なんて育美を入れた3人で「悪鬼の剣」のグッズを漁りに行った。

 

「育美、朝一で学年対抗リレー走って、そのあと棒引きやって、さっき1000m走もやったもんね」


「それに最近だと今日が一番暑いから、体調悪くなっちゃ――」


「髪が……髪が汚れちゃう……」


「「え?」」


 今なんと申された?


 わたしとあやちゃんが一瞬ぽかーんとする中、育美は今にも泣きだしそうな顔ですっと今まさに競技中の選手たちを指差した。

 三人四脚で走る選手たちはコース上に設置された机の前で立ち止まり、机に置いてある長方形で浅い箱に顔からダイブしてる。箱は小麦粉でいっぱいになっててその中からマシュマロを探すのだ。


 そう、これが“シロイ”恋人がただの三人四脚ではないところ。

 そしてこの競技の一番の魅力である。


 ダイブした選手たちは顔を真っ白にし、くわえたマシュマロを審判に見せる。これで次に進めるという流れだ。3人全員が必ず一度は小麦粉に顔面ダイブしなければならない。

 だから競技の特性上、顔全体に延いては髪の毛にも多少小麦粉がつくわけで……髪が命の育美にとってはこれ以上ない受難ってことか!?


「でも育美、この種目に真っ先に立候補してなかった?」


うららちゃん!」


 文ちゃんがくいくいとわたしの袖を引っ張る。


「それは麗ちゃんが一番に手を挙げたから……」


「だってこんな競技だったなんて聞いてないもん。パン食い競走みたいなもんだって、マシュマロ探すだけだって先生も言ってたし」


「確かにそう言ってましたね。まさか小麦粉に顔を突っ込むことになるとは……わたしたちダマされてたのよ!」


 多分なにかの二次元作品のシーンを演技してるあやちゃん。

 すごくテンションが上がってる。大丈夫そうだ。


 でも育美は半泣きだ。

 さきの学年対抗リレーや1000m走では2、3年生をぶっちぎり、棒引きでは育美が狙った棒には誰も競り合いに行かないという圧倒的なパワーをみせつけた。その育美が「髪が汚れちゃう」とか「聞いてないもん」とか言ってる。こ、ここで二刀流ギャップを発揮してくるとは。


「育美……わたし、やっぱりこの3人で出たいよ!」


「育美ちゃん! みんなでやれば怖くないですよ!」


「…………うん」


「マシュマロ食べられるし!」


「こんな経験、なかなかできないですし!」


「…………出るぅ」


 わりとあっさり心変わりしてくれた。

 イェイと文ちゃんとハイタッチ。

 育美もわたしと文ちゃんと一緒にやりたかったのかな。

 そう思うとにやけてくる。


 間もなくわたしたちの出番がやってきた。

 そしてスタート。わたしたち3人はすぐに先頭に立つ。


 この日に向けて散歩同好会の活動日や休日をつかって練習してきた。

 その甲斐があったのかな。3人で走ることにおいては力が頭一つ抜けている。

 一番早く一つ目の机に辿り着いた。まずは文ちゃんがダイブする。

 

 ぼふんと勢いよく小麦粉に顔を突っ込み、すぐに顔を上げてゲホゲホする文ちゃん。

 こ、これはただ顔を叩きつけただけ……。


「なんの成果もあげられませんでした!」


 早くも顔面を真っ白にしながら文ちゃん。

 ひぃっと育美が震え上がる。


「誰よ、こんな競技考えたの!」


「でもこれ結構スカッとしますよ、育美ちゃん?」


「文ちゃん! 成果あったよ! 今のヘディングでマシュマロがでてきた!」


 小麦粉から少し顔を出したマシュマロを発見して指差し、それに文ちゃんがばくっと食いつく。

 これでまず最初の関門はクリアだ。

 次の机を目指して走り出す。

 その道中でマットで前転したり、跳び箱を飛んだりする。その度に足の手ぬぐいを外し、また結び直す。


「あはは! 障害物競走みたい!」


「三人四脚の意味!」


「考えるな、走れ! ってことでしょうか……?」


 ようやく2つ目の机に着いた。

 わたしも文ちゃんが見せた豪快なダイブを見習って勢いよくやる。

 すると勢いがありすぎたのか、箱の中の小麦粉がばしゃっと外に飛び出した。

 そのおかげか箱の中の小麦粉が減って、すぐにマシュマロが見つかる。

 

「やったやった~! これが“シロイ”恋人の攻略法だったんだ!」


「でも、これだと次来た人たちもすぐ見つけられるような……」


「た、確かに! わ、わたし生贄!?」


 コース上にあるマシュマロの机はみんなで共有する。

 だから同じタイミングで来るとそれほど大きくもない箱に複数人で同時に顔面ダイブするというなかなかにシュールな光景が展開されるのだ。

 前に走った人たち、おでこぶつけ合ってたし。せめて机の数は増やしてほしいな。


「文も麗も、顔と髪全部真っ白……」


「あの、ところでこのマシュマロもう食べてもいいんですかね? ずっと口に入れとくと溶けそうです」


「審判さ~ん!」


 傍にいた審判役の生徒にマシュマロを見せ、食べていいかと確認をとる。

 すぐに食べていいらしい。文ちゃん、わたしたちが知らないところで頑張ってたんだね。


「よし! 次行こ、次! 進め~、進め~!」


「私たち今一番なんですね!?」


「……ついにこの時が来てしまった」


 ハードルの下を潜り、椅子に置いてある風船をお尻で踏みつぶし、最後の机に到達する。

 いやもう今更だけどハードル潜れってどういうこと!? 


「育美、心の準備はいい? 大丈夫、みんなでやれば怖くない!」


「育美ちゃん、わたしたちギャングはやるって頭の中で思ったときにはもうやり終えてるんです。つまり気持ちです!」


「えっと、なにそれ? 漫画の名言?」


「はい! ジョジ●です! 五部です! 兄貴です!」


「ジョ●ョってあの変な立ちポーズする人がたくさん出てくる漫画だっけ?」


「ジ●ジョをそんな不審者ぱかり出てくる変態作品みたいに言わないでください、育美ちゃん!」


「私そこまで言ってないよ!?」 


「二人とも集中して~! 呼吸に全集中だよ! せ~の!」


 ふっーふっーふっーと3人で小麦粉に息を吹きかける。

 これが顔面ダイブに抵抗感がある育美のために考えた必殺技。

 これでダイブしなくてもマシュマロが出てくる……はず!


「これ、冷静に考えるとかなり恥ずかしいよね!? すごく笑い声聞こえるんだけど!?」


 少しずつ確実に小麦粉を吹き飛ばせてる。でもなかなかマシュマロが出てこない。

 箱の中で高々とそびえ立つ、この小麦粉山脈。この中に必ずあるはずだ。

 他のチームの選手たちが続々とやってきて小麦粉を見つけ出していく……。

 ここまでか。

 そう思ったときだった。


うららあや、ギャングではないけど…………心で理解できたよ」


 育美が小麦粉の山に顔面からダイブした……!?

 そして育美が口にくわえたマシュマロを審判に見せつけ――


 わたしたちは怒涛の追い上げで見事一着でゴールするのであった。

 

 そしてレース後。


「育美、その……よかったの?」


 育美は手鏡に映る自分をみて「うえ~」って顔をする。


「み、水かぶりに行こうか! 洗うのわたし手伝うよ!」


「私も助太刀させていただきます!」 


「うん、ありがとう。でもその前に、さ……」


 育美は立ち上がり、わたしと文ちゃんの肩を掴んで抱き寄せる。

 そして手にしたカメラをぱしゃりと鳴らした。

 育美は今撮った写真をすぐに確認する。


「うわっ、ほんとに真っ白! うららも、あやも……私も。み~んな真っ白ね」


 嬉しそうな育美を見て、わたしと文ちゃんは顔を見合わせる。

 なんかおかしくって、嬉しくってみんなで一斉に吹き出した。


 そしてそのあとクラスの他の友達に頼んで、いっぱい写真を撮ってもらうのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC2022】 わたしの恋人、“シロイ”恋人。 東苑 @KAWAGOEYOKOCHOU

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説