第二章

第5話

閑話部設立から一か月ほどが経過しただろうか、一か月も経てば放課後にこの閑話部の部室に来ることに疑問など覚えなくなった。完全に生活の一部として溶け込んでいるのである。


今日も変わらない、ただただゆるっと時間を過ごすだけの閑話が始まると思って部室の扉を開けると、そこには今までに一度も見たことのない光景が広がっていたのである。


「あ、きたね荒谷君」


「あ、初めまして...」


そこには茶髪のギャル、いやギャルなのかはわからないが、あくまで容姿からはギャル要素が強く感じ取られる女子生徒と水無瀬が数学の参考書を広げて勉強していたのである。



「紹介するね、この子は白瀬あかりちゃん。私たちの隣のクラスの子よ」


明るめな茶髪に短めなスカート、清楚の権化のような容姿をしている水無瀬と並ぶとよりギャルに見えてしまう。

水無瀬は文字通り俺たちの間を取り持つようにそう話し始める。


「そしてこっちの男の子が荒谷柊君、ほら、いつも話してる閑話部の...」


「あー-!風香ちゃんの彼氏さん!」


その一言で場の空気が一気に凍り付く。

俺はいったいいつから水無瀬の彼氏になったのだろうか、俺は水無瀬の方を向くと水無瀬は必死に弁解していた。


「だから!私たちはそんなんじゃないのよ!」


「えー、でもクラスのみんなも言ってるし、事実毎日この密室に二人でいるわけでしょー?」


「いや、恋人とかじゃなくて、言うならば運命共同体?秘密の共有?ただの友達ってのもなんか納得いかないし...」


「何言ってるのか全然わかんないよ~」


ギャルのあかりちゃんはもごもごと話す水無瀬の脇腹をおらおら~とつつく。

何だか居た堪れなくなってきた。俺はこの場に居ていいのだろうか。

静かに扉の方に向かって部室から出ようとすると、がしっとその肩を掴まれた。


「待って帰らないで荒谷君、今日はちょっと真面目な話があったの」


水無瀬はギャルのあかりちゃんの方を軽く見ながら、真剣な眼差しをこちらに向けてくる。


「まぁ...部活だしな...」



俺は大人しく観念し、水無瀬とギャルのあかりちゃんと向かい合わせになるようにいつもの円卓の席に着く。

いつもは二人だったが、三人で座ると急に会議っぽくなるな。


そんなことを考えていると水無瀬が口火を切った。


「あかりちゃんとはこの前の数学に補修で一緒になって、そこから仲良くなったの」


水無瀬は机上に置かれた数学の参考書を持ち上げながらそう話し始める。


「あぁ、そう言えば話してたっけ、数学の補修で気の合う女の子がいたって」


二週間ほど前に、水無瀬が数学の補修を受けてから部活に来た時にそんなことを軽く話していたことを思い出した。


「そう、それがあかりちゃんで、先週の土曜日に一緒に遊びに行ったのよ」


あかりちゃんは、うんうんと頷く。

すごいな、補修で初めて会ってそんなにすぐ遊びに行くまで仲良くなっていたのか。

そんなことを考えていると、うっすらと記憶が蘇ってきた。


「そういえばそれも言ってたな、写真が送られてきた気がする」


「え、風香ちゃん、写真まで送ってたの...?」


もう好きじゃん...と小声でつぶやいたのを聞こえていないふりをして、話を進める。


「それで、白瀬さんと水無瀬が遊んだのが?それがどうしたんだ?」


「そう、その時に初めて聞いたんだけど、あかりちゃん、最近誰かに付きまとわれてるらしいの」


「はぁ、なるほど」


雲行きが怪しくなってきた。

白瀬さんの表情が少し陰る。真剣に悩んでいるのがその表情からは読み取れた。


「それで、話は変わるんだけど、あかりちゃんには一か月くらい前から付き合ってる彼氏さんがいるのよ」


「ちょうどあかりちゃんに彼氏ができたくらいから、そのストーカー?が始まったらしいんだけど…」


水無瀬に言葉が尻すぼみに消えていく。


「白瀬さんに好意を持っているやつが、白瀬さんに彼氏ができたことを知って付きまとってるんじゃないか?って話か?」


水無瀬が言おうとしていたのはつまりこういうことだろう。

俺はこれまでの水無瀬の話をまとめ、それを整理するために復唱した。


「まぁ、まだ何も証拠もないから妄想の域を出ないけどね」


「まぁ、それもそうか」


俺と水無瀬の会話が一瞬途切れると、今まで口を紡いでた白瀬さんが口を開いた。


「あ、あの!その、付きまとわれたって言っても、別にそれ以外何かをされているわけじゃなくて...」


それはそうだ、実際、それ以上のことを何かされてからでは遅い。

見当違いの言葉に俺は半ば呆れぎみに返す。


「付きまとわれていること自体が問題だろう?」


「それは...そうですけど…」


俺がそう話すと、白瀬さんは事をあまり大きくしたくないのか、それとも自分がストーカーの被害に遭っている事実を認めたくないのか、それとも、また別の何かがあるのか、はっきりと首を縦に振ることは無かった。


「それでね、ここからが本題なんだけど」


水無瀬は数学の参考書をスクールバッグにしまい込みながら話し始めた。


「今日から私たち三人で一緒に帰らない?」


ね、あかりちゃん!と水無瀬は白瀬さんの手を握って話しているが、俺は納得していない。


「別に、俺たちじゃなくても白瀬さんが彼氏と一緒に帰れば別に問題なくないか?」


俺はそう返す。

さっきのは、一人、もしくは女子二人でも、何かあったときに危ないから複数人で行動しようという意図の提案だろう。だったらば、これで解決なはずだ。


「それが出来れば私もこんな空気の読めない提案しないわよ」


水無瀬は半ば呆れたようなニュアンスでさらに返してくる。


「あかりちゃんの彼氏さんは今三年生で、学校が終わるとすぐに塾に行っちゃうらしいのよ」


「そうなんです、受験に集中したいって理由で部活も途中で辞めちゃって、今はもう勉強ばかりで、会えるのは平日の登校時と日曜日に少し息抜きでデートするくらで...」


だから、お願いできるとありがたいんですけど、と水無瀬の言葉に白瀬さんは付け加えるように話す。

確か白瀬さんと彼氏が付き合ったのは一か月前、どうして受験に集中したい奴が彼女なんて作ってるんだ、というツッコミを呑み込み、納得したように返す。


「なるほどな、彼氏にはこのストーカーの話はしてるのか?」


「いえ、話してなくて...」


「それはまたどうしてだ?」


白瀬さんは一瞬困ったような表情を浮かべたが、すぐに話し始めた。


「彼、とっても心配性で、こんな話をしたらきっと塾も辞めて私とずっと一緒にいてくれるって言うと思うから...」


大切な受験期に迷惑はかけられない。

白瀬さんは俺たちではなく、今この場にいない彼氏に話しているように見えた。

自分はストーカー被害に遭っているというのに大層なことだ。

俺は後ろ髪を触りながら、その場に立ち上がった。


「まぁ、帰るくらいなら」


俺は閑話部から護衛部に転部することにした。

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