第4話
俺は高校生になってから、学校が終わり、いわゆる放課後の時間に学校に残ったことはほとんどなかった。あるとしても日直の日に課題を職員室に持っていくなど、その程度でしかない。
それに加えて、俺は学校でも比較的に目立たない方の人間だ。成績が少し良く、頭の良い人という認識を持たれているかもしれないが、廊下を歩けば周りから視線を浴びる、など、そんなことあるわけがなかった。
だが、今日は閑話部の初活動日。水無瀬が言うには、やっと先生から空き教室を使っていいという許可が下りたらしい。
つまり俺は、今俺の手を引いて廊下を歩く―――――転校から数日で学校のアイドルとなっている水無瀬風香と閑話をするために放課後の時間に学校に残り、同学年の男子、何なら学校中の男子から冷たく鋭い視線を浴びせられているのだ。
「なぁ、水無瀬さ」
「ん?なに?」
「俺が男子から殺されたらお前、どう責任取ってくれるつもりなんだ?」
「一緒に死んで上げるよ、二年後なら」
軽口をたたいていると、水無瀬がある教室の前で止まった。
古海高校には生徒がメインに使う中央玄関と、来客用の東玄関という二つの玄関がある。中央玄関から入り、左に曲がってまっすぐ行き、その突き当りには図書室があり、その左手に東玄関が存在する。そして今、俺たちがたどり着いた教室はその東玄関の真向いの空き教室だ。
「ここが今日から閑話部の部活になるの!」
水無瀬は誇らしげに胸を張りながらそう声を荒げる。
「確かにこの教室は入ったことはないな」
「もう何年も使われていなかったらしいよ」
なるほど、だから俺はほうきにちりとり、雑巾にバケツの掃除用具を持たされていたのか。
まずは掃除から始めるってことだな。
「よし、開けるわよ」
水無瀬はブレザーのポケットから少し大きめな鍵を取り出し、その教室の扉を開いた。
「うわぁ...」
そこに広がっていたのは、窓から差し込む日光に照らされ、まるでダイヤモンドダストのように輝く埃と、蜘蛛の巣だらけのアップライトピアノに、ゴミだらけの円卓。
お化け屋敷と説明されても疑わないレベルの汚部屋だった。
「どうしたらこんなになるまで放置できるの...?」
「本当にな」
水無瀬はブレザーを脱ぎ、ワイシャツ姿になる。
カチッとした上着に隠されていたその豊かな上半身に少し惑わされそうになる気持ちを抑え、俺もブレザーを脱ぎ掃除体制に入る。
「もう、さっさとやっちゃいましょう」
「おう」
俺たちはお化け屋敷———未来の閑話部に入り、まずはその固く閉ざされた窓を開いた。
「閑話部が許されたのって、ここの掃除を任せたかっただけじゃないのか?」
俺は埃にむせながらそんなことを話す。
「そうだったとしても、ここさえ掃除しちゃえばここを使わせてもらえるのなら安いものだよ」
水無瀬はピアノに巻き付いた蜘蛛の巣をほうきを使って器用に巻き取っていく。
「閑話部活動一日目は完全に掃除部だな」
「いま、こうやって話せている時点で、及第点だよ」
「部長がそう話すのなら、そうなんでしょうね」
・
・
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「やっと、終わったー-!」
水無瀬は円卓を拭いていた雑巾をその場に投げ捨てた。
「さすがに、ピアノを音楽室まで運ぶのには骨が折れたね」
「お前はただ応援してただけだっただろ」
そう、俺たちがこの閑話部の教室の掃除をしているとたまたま通りかかった吹奏楽部の顧問がやってきて、
『そのピアノ!失くしてたんだけどここにあったのか~、音楽室まで運ぶから手伝ってくれない?』
なんて話始め、吹奏楽部の男子を大勢引き連れてやってきて、俺もそれを手伝わされる羽目になったのである。
ちなみに水無瀬は俺たちが運んでる姿を先生と一緒に応援しながら見ていただけだ。
「ピアノを失くすってどういうことなんだろうね」
水無瀬はくすくす笑いながら、綺麗に吹かれた円卓に突っ伏してそう話す。
俺は本当にな、とそう返し、ブレザーを着なおす。
「もう外も暗い、そろそろ帰るぞ」
「うん!」
俺たちは閑話部の部室に鍵を閉め、その場を離れる。
部活動一日目は、閑話部ではなく掃除部だった気もするが、部長が満足そうだったので良しとする。
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