第3話
「はい、これ」
水無瀬は胸ポケットから学生証を取り出し、俺に手渡してきた。
なぜ学生証?俺は頭の上にクエスチョンマークを浮かばせながら、それを受け取る。
「え、これ」
俺は去年の秋くらいに一度学生証を失くしていたことを思い出した。
「前に会った時に置いて行ったんだよ」
「あぁ、そうだったのか」
ありがとう、とそれを受け取ろうとすると水無瀬はその学生証を俺からひゅっと奪い取った。
「おい、何するんだよ」
「いや、これいらないでしょ?去年のだし」
「まぁ、そうかもしれないけど」
「ってことで私がもらいますね」
水無瀬はそう話し、そのままが学生証を胸ポケットにしまい込んだ。
自分の顔つきの学生証を人が持っているのはどこか気恥ずかしがあるが、どうやら返してもらえそうにもないので諦めることにした。
そうこうしているうちに、アイスココア二つにハンバーグとパスタが運ばれてきた。
「わーお、おいしそー!」
水無瀬はまるで子供のようにフォークとナイフを持ち、ハンバーグを頬張る。
この女は本当にあと二年で死ぬのだろうか、何だか信じられなくなる。だが、さすがに不謹慎というかなんというか、聞けない。
「むむっ、なんだ、その目は?本当にこいつ二年後に死ぬのか?って目だねそれは」
「は?いや?え?」
なんなんだ。なぜ心が読める。
俺は完全に見透かされてしまい、しどろもどろになってしまう。
「心配しなくてもちゃんと二年後に死ぬ、はず。少なくとも医者はそう話していたよ」
ハンバーグを口いっぱいに頬張りながら言われてもなんだか...
まぁ、そういうことらしい。
「それで、こっちに転校してきた次は、そのやりたいことリストを消化していくのか?」
「まぁ、そうなるかな」
水無瀬はハンバーグの付け合わせのブロッコリーをフォークで刺しながらそう話す。俺はアイスココアを飲みながら水無瀬の食事が終わるのを待つ。
「ちなみに、荒谷君は二年生からは部活に入るの?」
藪から棒にそんなことを聞いてきた。
「いや、そんな予定はないが、ってなんで俺が帰宅部だって知っているんだ」
「ほら、これを見なよ」
水無瀬は先ほど俺から強奪した学生証の『帰宅部』と書かれた部活動の欄を指さし、俺に見せてくる。
「やっぱり返してもらおうか」
「もう遅いよ」
へへっと、笑いながら大切そうに胸ポケットに学生証をしまう。
そんな姿を見れば、無理やり取り返そうだなんて気持ちは薄れていく。
「まぁ、そんなことはどうでもよくて、私、部活を作るんだよね」
確かにさっきのやりたいことリストにもそんな風なことが書いてあった気がする。
「転校初日とはまさか思えないな」
「もう先生にも話は通してるからね」
流石、用意周到なことだ。
まだ俺は水無瀬風香という人間についてはほとんど知らないが、過去に数百キロ離れた土地まで一人で来たり、突然俺のことを追って転校してきたり、と並外れた行動力を持っているようだ。
「すごいな、何部?」
「閑話部」
聞きなれない部活名に、俺は初めて聞いた部活だ、と返す
「私が勝手に名前をつけたもん」
水無瀬はハンバーグを完食し、パスタに手を付ける。
「その閑話部は、閑話をする部活なのか?」
「そうだよ、今みたいにね、よくあるじゃない、部活動と銘打って放課後に教室を占拠してだらだら駄弁るみたいなやつ」
まぁ、確かにアニメや創作物にはそういった部活動は存在するが、よくそんな部活で学校の認可が下りたな、と疑問に思った。
「先生たちもさすがに余命二年には弱いっぽいね」
俺がその疑問を口にする前に、その疑問を解消するような言葉が飛んできた。
身も蓋もない話だ。
水無瀬はフォークでパスタを弄ぶようにクルクル巻き取りながらそう話す。
「先生には話してるんだな」
その、病気のこと、と付け加える。
「まぁ、そんな事情もなければいきなりこんな頭の良い高校に転校なんて無理無理」
フォークを右、左、右、左に振り話す。
「でも部員はどうするんだ?二年生から入ってくれる人なんて少なそうなものだが」
「今のところは二人いるからまぁ、気長に待つしかないね」
「転校初日からもう部員獲得か、流石だな」
今日の水無瀬の人気っぷりを見てれば不思議なことではなかった。
俺は素直に感心して、そう話したが、水無瀬はどこか不思議そうな顔をしていた。
「閑話部の副部長は君だよ?」
「は?」
何を言っているのだろうか。
俺は閑話部という部活の存在を今知ったのだが。
なぜそんな俺が副部長なのか。
「さっき話したでしょ?責任取ってよねって」
「いや、まぁ、確かに言ってたけども」
「じゃあもうおとなしく観念しなさい」
水無瀬はそう話し、俺の肩をトントンと往年の取調室かのように叩いてくる。
「もういい、さっさと食べろ...」
俺は半ば呆れ気味にそう返し、自分のアイスココアを一気に飲み干した。
これからの二年間を想像しながら頭を抱えながら、俺は美味しそうにパスタを食べ進める水無瀬をどこか微笑ましく見つめていた。
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