第2話

私はどうやら残り三年しか生きられない、らしい。

お医者さんが話すには、未知の奇病で、治療する術はない、らしい。

そんなこと、ある?自分のこと、らしいけど、まったくそんな実感湧かない。


病院を長い時間かけて、たらい回しにされた挙句与えられたのはお手上げ宣言。

まだ高校生活だって、始まったばかりなのに。

体調が悪いわけでもなく、身体の異変と言えば少し鼻血が出やすくなったくらい。単純に私の寿命が残り三年に縮まっただけなのだ。


自室のベッドに横たわり、部屋の置き時計の秒針の音を聞く。

カチ、カチ、カチ、と時を刻む音が今までよりも耳に入る。


私はその置時計を掴み、壁に向かって投げ捨てた。

ガン!と強い音が部屋に響くが、時計は止まらなかった。


カチ、カチ、カチ、カチ


「うるさい…」


秒針の音だけが部屋に鳴り続けた。



「行ってきます」


「行ってらっしゃい」


私は最近家にいることが多くなった母と父にそう声をかけ、学校に向かう。

秋の少し冷えた空気が、少し微睡がちな脳みそを冴えさせる。


秋と春は、一番好きな季節だ。二つも一番に選ぶのはずるいかもしれないけど、それでも同じくらい好きなんだから仕方ない。


春は桜が綺麗、秋の紅葉も良い。


あと何度、四季を感じることが出来るのだろうか。

ふと、そんなことを思うと足が止まった。


学校に行ったところで、勉強したところで、何の意味もない。

親に気を使って、今まで通りの日常を演じていたが、それは私だけで、きっと意味は無いのだと思う。

お母さんは私との時間を作るために仕事を辞めた。

お父さんも、なるべく休みを増やそうと、より一層忙しそうにしている。


私自身ではない、身の回りの変化が、私の残り少ない人生を示唆していた。


そんなことを考えているうちに、どこに行くのかもわからないバスに乗り込んでいた。


隣町の駅にたどり着き、そこからは気の赴くままに電車に飛び乗った。


いままでのお年玉を貯めていたATMからお金をすべて降ろし、交通系ICカードに突っ込んだ。


きっと学校から母に連絡が入ったのだろう、鳴りやまないスマートフォンの電源を切った。


とにかく電車を乗り継ぎ、いけるとこまで行くことした。

車窓から外を眺めると、どこも同じような風景で少し笑えた。きっとどこまで行っても何かが変わるなんてことはないんだろう。

私は水無瀬風香で、母と父の子どもで、高校一年生で、あと二年半で死ぬ。


母と父に迷惑をかけるくらいなら、もういっそ今死んだ方がいいのかも。

そうすれば自分で、自分の人生を変えられる。自由になれちゃうのかも。


そう思った時には、電車から降りていた。


降り着いたのは少し大きな駅で、改札を抜けるとコンビニがあり、駅から直通で小規模なショッピングモールに行けた。

そのショッピングモールの二階には大きなフードコートがあり、学生達がたむろしていた。

その光景から、もうすでに学校の授業が終わるような時間だということを知った。


ショッピングモールを抜け、近くのコンビニで飲み物を交通系ICカードで購入する。


飲み物片手に夕暮れ時の知らない土地を歩く。

大きな公園で遊ぶ小学生、部活帰りの中学生、河川敷でおしゃべりするカップル。なんだかすべてが輝いて見えた。



すっかり暗くなり、冷たい風が吹き抜ける。

寒い、でももうスマートフォンを開いて帰り道を調べて帰る気力も湧かない。

なにもかもがどうでもよく感じる。


公園のベンチにうずくまりながらただ寒さに耐えるだけの時間。

時間を無駄にしているのは明らかだ、ただ、それが、この世の運命を決めている何かに向けた反抗のようで少し気分がよかった。


カン、カン、カンと近くで踏切の音が聞こえた。

寒さと眠気でぼんやりしていた脳みそが、くっきりと形を帯びたような感覚に襲われる。

秒針の音より鮮明に、何かが近づいてきているような気がした。

私はその何かに急かされるようにその音の方向に足を進めた。


踏切は思ったよりも公園から距離が離れていなかった。

近づけば近づくほど、その不協和音が心をかき乱していく。


どうする?

噓でしょ?


何の覚悟も、何の準備も、用意もしてない。

でも足を止めることは出来なかった。


息が詰まる、涙が出そうになる。

自分の体が言うことを聞かない。電車がもう見えるところまで来ている。


降りた踏切に手を掛けた。

もう一歩、踏み出そうとしたときに、


「おい」


後ろからかけられた声にはっとして、その場に尻もちを搗く。


「お前、死ぬ気だったのか?」


そう話すのは、制服に身を包んだ男の子だった。

その言葉に涙が溢れて、私は男の子に縋りついた。



「はい、これ」


男の子は近くの自動販売機でホットココアを買って来てくれた。


「ありがとう」


そう話すと、少し目を逸らし、遠くを見つめた。


「お前、どこから来たんだ?」


私の制服を指さし、男の子はそう尋ねる。

私は胸ポケットに入れていた生徒手帳を手渡す。

彼はそれを受け取り、まじまじと見つめると、一瞬驚いた表情を見せ、


「なんでこんな遠くから」


「自分探しの旅」


私は少し茶化すようそう返すと、彼はそうか、と納得したような相槌で続ける。


「水無瀬さんの親御さんは心配しているか?」


その質問で、母と父の顔が頭に浮かぶ。

今ごろきっと、心配していることだろう。

もしかしたら警察に捜索願なんかも出しているかもしれない。


「なら、早く帰った方がいいぞ」


彼は私の表情から、その言葉を投げかけてきた。


「簡単に言わないでよ!」


つい、語気が荒くなってしまった。完全に八つ当たりだ。


「私、もう病気で二年半しか生きられないの」


「お母さんは、私との時間をたくさん作ろうって、仕事まで辞めちゃって、お父さんも、なるべくたくさん休みを作ろうって、毎日より一層忙しそうにしてるし、もう私迷惑しかかけてないの」


「こんなに迷惑かけるならさっさと死んじゃったほうが、お母さんもお父さんもきっと楽になれるし、私もこんなに悩んだりしない」


「あなたが止めなければ、もう終わっていた話なの!」


間違っているのは分かっていた。でも、止めることは出来なかった。

完全に八つ当たりで、暴論だった。

ついさっき会ったばかりの男の子に何を話しているのか、自分でも何をしているのか分からなくなってきた。


彼はどこか、優しい目でこう返した。


「水無瀬さんはそれを親御さんに話したのか?」


私は首を横に振る。彼は続ける。


「どうして親御さんが一番傷つくことが出来るのに、気を使ってるんだ?」


私は彼が何を言っているのか分からなかった。


「どうせ死ぬなら、さっきみたいに全部ぶちまけてからにしろよ」


「家族なら、死なれるくらいなら迷惑かけられたいに決まってるだろ」


彼は、どこか、私じゃない誰かに話しているような気がした。

私は、どう返せばいいのか分からなかった。

たしかに自分が両親の立場だったなら、そう思うかもしれない。


「でも、もうどうしたらいいのか分からないよ…」


弱音だ、その言葉が私の涙を引きずり出した。

当たり散らして急に泣き始めて、私は本当にどうしようもないように思う。

そんな私を見ながら彼は、ははっと少し笑った。


「そうやって、怒って泣いて、自分のやりたいことをやったらいいんじゃないか?後先考える必要もないんだろ?」


彼は悪戯っぽく笑いながらそう話し、ベンチから立ち上がった。


「じゃあ、俺そろそろ行くわ」


「え、あの...」


名前だけでも聞こうと思ったが、言葉がうまく出てこない。

あうあうしているうちに彼は行ってしまった。

彼の座っていたベンチには見慣れない学生証が落ちていた。

私はそれを手に取り、


「古海高校、荒谷柊あらやしゅう君か...」


復唱するように口に出し、その学生証を胸ポケットにしまい込む。


「よし、帰るか」



帰る頃には、もう明るくなっていた。

お年玉も全部使いきったし、制服も汗臭い、髪の毛もぐちゃぐちゃに乱れているが、気持ちはどこか晴れていた。


お父さんには目いっぱい叱られたし、お母さんは泣かせてしまったけど、私は自分の本音を両親にぶつけることが出来た。


私に気を使って、自分の生活まで崩してほしくなかった。

変に気を使われると、私は自分の死をより実感してしまう。


死ぬのは怖いが、怖がるより、後先考えなくていいこの余生を楽しもうと思う。


まずは、古海高校の荒谷君に会いに行こう。きっと驚くだろう。

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