閑話部には風が吹く
倉田律
第一章
第1話
———————新進気鋭の作家、大崎美琴さんが数万人に一人の難病で亡くなりました。
朝から小綺麗にした女子アナが流暢に報道を読み上げる。最近はどうも、人が亡くなったニュースしか見ていないような気がする。そもそもニュースがそんなものなのか、それとも俺自身が無意識のそれを注視しているのかは分からない。
女子アナが話すテレビは、青一面。壊れているのはテレビなのか俺なのかわからない。
まだ優しい太陽の光が部屋に差し込む。
低血圧のため朝食は食べない。これは母譲りの体質だ。朝食を用意して、それを食べる時間があるのならその時間を睡眠時間に充てたい。
急いで制服に着替え、前日に用意した授業道具が詰められたスクールバッグを肩にかけ、木造の1Kアパートを後にする。
青い春の風を背に歩き始めた。
・
・
・
「なぁ、
朝のホームルーム前、一時間目の数学の教科書を用意していると後ろの席の平田がそう声をかけてきた。
「転校生?この時期に?」
今は、俺たちが二年生になってから2週間ほどが経とうとしていた。転校生といえば、新学期や新学年が始まるタイミングに来るのが一般的ではないだろうか。
「まぁ、確かにな~、でもまぁ、引っ越しとかいろいろあるんじゃねぇの?」
まぁ、そういうものか。
成田は去年の冬から伸ばし始めた襟足を触りながら、どこかにやついた表情をしていた。
何を考えているのか、すぐにわかる。分かりやすいやつだ。
そんなことを話していると、教室の扉が開かれた。
担任の金澤先生は教室の扉をくぐり、教卓の前まで足を進める。
教卓の上に出席名簿や、連絡事項などがまとめてあるだろうものを置き、口を開いた。
「ホームルーム始める前にみんなに話があるんだ」
金澤先生のその言葉に教室がざわざわし始めた。
転校生、本当に来るんだな。
金澤先生は胸まである長い髪を手の裏で背後に放りながら
「このクラスに転校生がくる!」
教室が騒然となる。まるでお祭りムードだ。
転校生が来ると知っていた成田も周囲と同じようにうおー!と声を荒げている。
転校生を祝福しているのか、毎日同じことの繰り返しの学園生活に新しい風が吹き込むことへの期待なのか、はたまた野次馬精神なのか。
その喧騒の中から、やれイケメン、やれ可愛い子、などの言葉も聞こえる。ただ転校してきただけなのに不憫なことだ。
「じゃあもう早速、呼んじゃうかな」
先生は廊下に向かって、はいってきて、と声をかける。
クラスが一気に静かになり、まるでこれからテストが行われるような空気が教室に訪れる。
その緊張感のなか、廊下から入ってきたのは、儚げな少女と形容するのがぴったりな小柄な女の子だった。
白い、消えそうな肌に、丁寧に切りそろえられた黒髪ボブの白と黒のコントラストが美しく、宝石のように大きな潤んだ瞳に真っ赤な唇が、まるで果実のように添えられていた。
さっきまでの考えは杞憂になった。
男子生徒がより一層盛り上がる。
後ろの席の成田も同様に、盛り上がりながら俺の背中をバグった力加減で叩く。
「やべぇじゃん!荒谷!見ろよ!」
「見てる、見てるから、痛いって…!」
俺は成田の腕をつかみながら、転校生を見つめる。
気のせいか、どこかで見たことがあるような気がする。
俺にこんな綺麗な子の知り合いがいたのだろうか。ダメだ、思い出せない。
「じゃあ、軽く自己紹介をしてもらおうかな」
先生がそう声をかけると、転校生は黒板の前まで足を進め、チョークを黒板に擦りながら自分の名前を書く。
「皆さん、初めまして、
俺はその名前を聞いた瞬間に、この転校生に初めて会った時のことを思い出し、驚きと疑問、様々な思考に身体が支配され、次のタイミングには席から立ち上がっていた。
転校生は、そんな俺と目を合わせ、パチッとウインクする。
「よっ、お久しぶり」
クラスの注目は転校生から俺と転校生に移っていた。
・
・
・
「荒谷は水無瀬と知り合いなんだもんな、水無瀬から聞いてるぞ」
その場で固まってしまっていると、金澤先生が口を開いた。
「え?あ、まぁ、知り合いっていうかなんて言うか...まぁ、そうですね...?」
俺はそう返しとりあえず席に着く。
水無瀬はそんな俺を見ながら、ニコニコしている。
「おい!なんだよ、水無瀬さんと知り合いなのかよ」
後ろの席の成田は、なんだよー!と俺の背中を叩く。
「いやまぁ、知り合いというか、一回あったことあるだけなんだよ、俺が一番驚いてる。てか痛いからマジでやめろ」
そう、俺はこの水無瀬風香という少女に半年ほど前に一度会ったことがある。
だからこそ、どうして水無瀬風香がこの学校に転校してきたのか、疑問なのだ。
「まぁとりあえず水無瀬は後ろのあの席に座ってくれ」
「はい、わかりました」
水無瀬はそう返し、指定された席に着席する。
「よし、じゃあとりあえずさっさとホームルーム終わらせるぞ~」
・
・
・
「ねぇ!水無瀬さんはどこから来たの?」
「風香ちゃんって呼んでもいい?」
「彼氏は!?」
「部活とかは!?」
「荒谷君とはどういう関係なの?」
教室で俺の対角上に位置する水無瀬の席は、クラスメートに囲まれており、当の水無瀬は見えなくなってしまっていた。
「あんなに群れちゃって...」
やれやれといった様子で成田は自慢の襟足を触りながらそう話す。
「意外だな、成田はああいうの率先していくタイプだと思ってた」
「失礼な、俺は転校経験割と多いからな、ああいうのは結構困るって知ってるんだよ」
「へぇ、そんなに転校したことあるのか」
「まぁ、親の仕事の関係でな」
何だか成田の意外な一面を見れた気がする。
ただの女好きかと思ってたが、意外とそうでもないのかもしれない。
成田と談笑していると、次の授業の教科担任がやってきた。
・
・
・
「ねぇ!」
授業が一通り終わり、帰るために玄関で外靴に履き替えていると後ろから声をかけられた。
振り返るとそこには息を切らした水無瀬が立っていた。
「…どうしたんだ?そんなに息切らして」
「荒谷君が、先に、帰っちゃったから」
肩を上下に揺らしながら、そう話す水無瀬の頬は上気していた。
先に帰るって、別に一緒に帰る約束をした覚えはないんだけど…。
「まぁ、聞きたいことはあったが、クラスのみんなに囲まれてたからな」
「よし!じゃあこれからご飯いこう!」
じゃあの使い方が間違っている気がするが、そんな事を思っていると、水無瀬は急いで外靴に履き替えて、俺の手を引き学校から出ようとする。
「おい..!」
「ほら、早くいくよ!」
俺は水無瀬に手を引かれ、玄関にいた同学年からの視線に気づかないふりをしながら駆け足で着いていく。
・
・
・
俺たちの通う高校、古海高校は地元では1番の進学校である。勉学に重きを置くその校風から、定期テスト、期末テストの二週間前からは部活動禁止期間が設けられている。その期間は生徒が部活動ではなく、テストに向けて対策する期間である。
特にその期間になると、古海高校の生徒は学校の近くにある、ドリンクバー付きのファミレスで教科書や参考書を開く。
いま、俺と水無瀬が来ているのはそのファミレス。引っ越してきたばっかりの水無瀬の希望により、ここで食事をすることに決まった。
「荒谷君、何食べる?」
「俺は飲み物だけでいい」
「えー、もったいない。食べられるときに食べとかないと」
水無瀬はそう話しながら、ハンバーグとパスタで悩んでいた。
「食べたくないときに食べる方がお金も食材も持ったいないだろ」
「ふーん」
水無瀬は呼び鈴を押し、アイスココア二つと、ハンバーグとパスタを注文した。
「さて、改めまして、久しぶりだね荒谷君」
「まぁ。そうだな、ちょうど半年ぶりくらいか」
俺は半年前のその日を思い出しながらそう話す。
「髪、切ったんだな」
「そうなの、似合ってる?」
水無瀬は毛先を指でいじりながら、首を傾ける。
「そうだな、長かったのもよかったけどな、バッサリ行き過ぎて誰か気づけなかった」
「え、あ、そう?」
その白い肌に少し血の気が宿る。
恥ずかしそうにする水無瀬はそれを誤魔化すように
「そう!聞きたいこと!あったんじゃないの?」
「あぁ、そうだな、どこから聞けばいいのか」
俺は少し考えたが、まずはド直球にぶつけてみることにした。
「なんでこの学校に転校してきたんだ?」
「荒谷君がいるからだよ?」
「は?」
俺はオウム返しのようにそう返していた。
「あのとき、自分のしたいようにしろって言ったのは荒谷君だよ?」
水無瀬はまっすぐこちらを見つめながらそう話す。
つまりそれは、俺がいる学校に転校することが水無瀬のやりたかったことということだ。
何だか顔が熱を帯びている気がする。
「それとこれ!」
水無瀬は間髪入れずにスマホのメモ帳を開き、その画面を見せてくる。
そこにはやりたいことリストと題されたメモが開かれていた。
箇条書きで、上から
・青春する!!!!
・荒谷君と同じ高校に行く
・部活動を作る
・親友を作る
・友達と旅行に行く
etc.
と、びっしりとやりたいことが書かれていた。
「やりたいことリスト...」
「荒谷君と会った日から半年間、びっしり書き溜めてきたんだ」
得意げに胸を張る。
「私に希望を教えた責任、取ってよね」
悪戯に笑うこの美少女———水無瀬風香は、あと二年で死ぬ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます