メロンは激怒した

朝霧

必ずあの邪智暴虐な王を除かねばならぬと決意した。

 メロンは激怒した、必ずあの邪智暴虐な王を除かねばならぬと決意した。

 メロンにはお笑いがわからぬ。コメディもわからぬ。メロンはシリアス村の住民だ、胸が痛むような絶望が綴られた書物を好み、推しキャラの死を心の底から悼みよるも眠れぬ日々を過ごそうとも、その死に様が美しいと感じれば絶賛するような人間だった。

 メロンはある日陰鬱で流通の少ない村から出て国の首都に赴いた。

 推し作家の本を買うためである。

 しかし、どの書店に行っても目的の本は見つからなかった、それどころか前回首都に赴いた時とはラインナップががらりと変わっている。

 書店に並ぶのはお笑いやらコメディに関する愉快な内容の書物ばかりであり、メロンが愛してこよない『悲劇』が一つも見つけられない、端に追いやられているなどと言ったレベルですらない、完全に『ない』のである。

 一つの書店でのみそうであるのなら、店主の趣向だろうかと首を傾げるだけで済むが、五軒、十軒と書店を梯子しても、皆一様にコメディ一色となっていた。

 これはどう考えてもおかしい、と思いながらメロンは十一軒目の書店の店員に声をかけた。

「もし。店員さん。セリノンテウス著の最新刊を探しているのだが」

 セリノンテウス氏は世界が愛する大文豪、表においていないのだとしても在庫くらいはあるだろうと、メロンはそう思っていた。

 しかし、何故か鼻眼鏡をかけているその店員はメロンの言葉を聞いた後、ざっと顔を青ざめさせて首を横に振った。

 そうして沈鬱な顔でなにも言わない店員に、メロンは「どうかしたのか?」と問い直した。

「あなた様は……首都の方ではございませんね」

「ああ、シリアス村の住民だ」

 メロンがそう答えると店員は「ああ」と身体をよろめかせた。

 メロンは慌てて店員を支えた。

「ああ、すみませぬ。シリアス村の御方では知りますまい。今この首都で起こなわれている恐ろしい所業を」

「一体なにが起こっているというのだ?」

「悲劇狩りでございます」

 メロンは店員が言ったその言葉をしばし理解できなかった。

「王様は、悲劇がお嫌いでございます。そしてお笑いとコメディをこよなく愛しております。ですので王様はリアルも書物も関係なしにこの国から『悲劇』を消し去り、『お笑いとコメディ』一色で塗りつぶそうとしているのです」

「なんと!!?」

 店員の言葉にメロンは思わず叫んだ。

「この鼻眼鏡も、王様の命令で……拒否したものは……」

「拒否したものは」

 ごくりとメロンが息を飲むと、店員は囁くように一言。

「打首、に」


「バカ!!」

 セリノンテウスは編集に怒鳴られた。

 編集である瓜田は顔を真っ赤にしている。

 セリノンテウスこと芹沢は飄々とした顔で首を傾げた。

「何故? ちゃんとオーダー通りコメディとお笑いをテーマにしたぞ?」

「これはテーマじゃない。ただ指定のワードが出てきているだけ。自分は先生の『喜劇』をオーダーしたのですよ!!」

「は? ちゃんと喜劇だろう?」

「どこが!!?」

 編集は思わず吠える。

 原稿では主人公であるメロンが悲劇狩りを行なっている王を抹殺しに城に乗り込み、あっさり王と対面するも実は悲劇狩りは王を悪者に仕立て上げようとした大臣達が王の命令を無視して勝手にやっていたことであったことが発覚、そしてメロンは真の黒幕である大臣達に王もろともフルボッコにされて無残に殺される、という展開になっている。

 しかも王とメロンが亡き後、国は千年以上続く大帝国になったというなんとも後味が悪いエンドだ。

「滑稽だろう? 一人先走ったメロンも、『うちの国の売りである文学を推し進めよう、最近隣国が大災害に見舞われて国民全員若干悲観しがちだからどうせなら笑いとコメディを推そう、コメディは贔屓するが他も当然面白いから頑張ってうちの文学を盛り上げていこうな』とか言いつつ肝心の国民の状態や家臣達の行動には全く頓着せずに一人で娯楽に浸って謀殺された少年王も」

「もっかいいいますね? どこが!!? つーかこのメロンってやつのモデル自分でしょう!!? あと少年王は自分の家内!! モデルにするのは別にいいですけど、なんでホモにするんですか!!!?」

「おお、口調変えたのによくわかったな」

「普通に分かりますよ!!」

「ちなみにこれな? 書き始めた時は相互理解の不一致とかすり合わせ不足を裏テーマにしようとしてた。書いてるうちに結構変わっちまったけどこっちのが面白いからまあいいか、と。最近ほんしょ……いや、副職の方で上司無能がやらかしてさあ……ほぼ終わりかけてた仕事がぜんぶパア!! 下っ端の芹沢さんにぜーんぶしわ寄せが来たって寸法。それでせっかくだから盛ってみた。ちな家臣達のモデルもうちのあんぽんたん共でーす」

「先生のとこの上司くそども、またやらかしたんですか!!?」

 瓜田は顔を覆ったあと絶叫した、芹沢が書く話で登場人物達が酷い目に遭っている時は大体芹沢の上司こと無能のクソがやらかしている。

 いつも通り悲劇を書いている時ならまだいい、それどころか逆にそれがいい方に行ったことも多い。

 しかし、よりにもよってとある雑誌の企画用の『コメディ・お笑い』の短編小説を執筆している時にやらかすとは、ほんとその上司くそどものクビがさっさと飛ばされてくれないだろうか、と瓜田は名前も顔も知らない誰かの不幸を心の底から願った、これで一体何度目だろう?

「てゆーかいい加減そんないい加減なブラック企業やめちまえ!! 先生なら作家業だけでやってけるでしょう!?」

「やってけるけどぉ、マイマミーとマイパピーになんて説明すればって感じでぇ。仕事辞めてニートになったって言ったら殴り込みにきそうだし、だからといって自分があのセリノンテウス氏だってカミングアウトしたら絶対殺されるしぃ」

「なら!! 転職!! して!! ください!! もしくはさっさとその毒親との縁を切ってください!!」

「自分にそんな時間があるとでも? ブラック企業の下っ端と大人気作家の二足草鞋の自分が?」

「うぐっ……!!?」

 おそらく無理である、むしろこの二足草鞋を普通にこなしているこのセリノンテウスという作家の頭がおかしいだけである。

 常人だったらおそらく数年前にとっくに潰れている。

「な?」

「な……なら申し訳ありませんが、このラストだけ」

「変えちゃうと『喜劇』じゃなくなるぞ?」

「……変えるんじゃなくて夢落ちとかにしてください。せめて最後にバカ話を付け加えてください」

 今のままでも十分『喜劇』ではないけどな、と瓜田は思った。

「じゃ、メタオチにしていい? 今の会話使っていいならそうするけど」

 瓜田は少し考えた、締め切りも近いし何よりこのセリノンテウスという作家は多忙なのである。

 主に副職のせいで。

「……それで、お願いします」

 編集としても読者としてもこのセリノンテウスという作家が書く真っ当なコメディを読みたかったのだが、背に腹は変えられないので瓜田はおとなしくその要望をのんだ。

 ああ、先生の職場、先生が不在のうちに大爆発して木っ端微塵になってくんねぇかな。

 瓜田はいつものように心の中でそう呟いて、深々と溜息をついたのだった。

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メロンは激怒した 朝霧 @asagiri

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