在宅勤務と座敷わらしさんと

一繋

在宅勤務と座敷わらしさんと

 思えば、こうして自宅で長い時間を過ごすのは、この家に越してきて初めてのことだ。


 仕事から帰ったらすぐにお風呂に入り、深夜アニメを消化して就寝。


 たまの休日もジムへ行ったり、生活用品を買い揃えたりで、家にはほとんどいない。


 だからこの看過できない問題に直面したのも、在宅勤務が始まって家から出ない生活を送り始めたからだ。


 家に見知らぬ女性がいる。


 着物姿で、髪は烏の濡羽色。赤みのさした頬がどことなく幼い印象を与えるが、たぶん年齢は私と同じくらいだろう。


 彼女は気がつくとテーブルの前に座っていて、BGM代わりにつけているテレビを眺めている。


 幽霊……と呼ぶにはあまりにも自然にそこに居座っている。パンデミックとやらで精神的に不安定になっているのだろうと目をつむっていたけれど、どうやらそうもいかないらしい。


 思い返せば、この家に越してきてからずっと違和感はあった。


 夜中にふと目を覚ますと、テレビが点いている。


 録り溜めていたアニメが視聴済みになっている。


 異変は自分の記憶違いで済む範囲だったので「疲れているだけ」と思いこませていた。


 しかし現実はどうだろう。着物姿の女性は正座で微動だにせず、朝の情報番組を観ている。


 ポーン。


 間の抜けた電子音に、思わずビクリと体が震えた。パソコンからのアラーム。ディスプレイを見ると「web会議」と表示されていた。


 さすがにテレビをつけたままで、カメラをつなぐわけにはいかない。彼女を刺激するようで怖かったが、手元のリモコンでテレビの電源を消した。


 テレビはすぐに再点灯した。


 ふと視線を感じ、彼女に目を向けると、こちらをすごい形相で睨みつけている。


「すっすみません!」


 とっさに謝ってしまったのは、その表情が怨嗟に満ちた呪縛霊のそれではなく、昭和のヤンキーのようにメンチ切っていたからだ。ジェネレーションギャップを感じる。


 恐怖は感じるが、人間味のある態度に少し安心もできた。意を決して、話しかけてみる。


「あの……会議のときはテレビを消したいのですが。怒られてしまうので」


「そう。それならそうと言いなさいよ」


 意志疎通ができた。


 このまま会話を続けたかったけれど、もう会議が始まってしまう。やむを得ずヘッドセットをつけて、カメラに向き合った。


 終始上の空で会議を終えると、彼女はなぜか立ち上がってこちらを見ていた。


 黒髪のストレートロングが作り物のように美しい。美容院とシャンプーを紹介して欲しいくらいだ。


「あの、どちら様ですか」


 我ながら間の抜けた質問だと思ったが、彼女は間髪入れずに答えた。


「座敷わらしよ」


「……わらしって年齢では」


「あ゛ぁ?」


「すみません、失言でした」


 すぐに謝る。社会人の基本だ。


 補足しておくと、某映画の伽○子さんのような「あ゛」ではなく、コンビニの前でウンコ座りをしている人の「あ゛」だった。見た目と声色が合っていない。


「で、では……なぜ私の家にいるのでしょう」


「私はここが新築のころから居着いてる。在宅勤務だかなんだか知らないけど、最近家にいる時間が増えたからって今さら侵入者扱いとは迷惑千万だわ」


「そうでしたか……。お邪魔しています」


 いや、家賃はしっかり私が払っているのだけれど。


 微妙な空気を和ますように、ポンッと小気味のいい音が鳴る。チャットが届いた音だ。先ほどのweb会議にも参加していた小泉先輩からだった。


 小泉先輩は二つ上だけど少し抜けていて、チームのムードメーカー。いつも意見を飲み込みがちな私をそれとなく助けてくれて、いいなぁと思うこともある。最近、彼女と別れたという話も入手済みだグヘヘヘ。


『加納の家って、誰かいるの?』


 えっなにこれダメよ今は濃厚接触は禁止でもう私ったらいきなり濃厚接触だなんてでも今は食事に行くのも良くないしおうちデートも仕方ないわよね。


「ああ、やっぱり。この子には見えていたのね」


 座敷わらしはディスプレイを覗き込み、背筋に悪寒が走るほど美しい笑みを浮かべた。


「え、どういう……こと?」


「カメラの端で微動だにせず立ってただけよ。一応、最後に笑いかけてあげたわ。感謝なさい」


「ジャパニーズホラーの手法だよ!!!」


 web会議で後輩の部屋に和装の黒髪女が映ってたら、そりゃあ連絡してくる。呪殺されるヤツの典型だ。


「あーもう! 完全に小泉さんがうちに来てくれるルートが潰れたよ!」


「あんた、そうやってありもしない可能性に期待するのやめなさい。いつも『次こそは出る気がする』ってガチャを引いては後悔してるじゃない」


 昭和の化身みたいな女に、ソシャゲ趣味を完膚なきまでに論破された。


 とりあえず、無難にチャットを返しておく。心配されたことは、素直に嬉しかった。


「ところで、わたしには霊感の類はないと自負しているのですが……」


 幼少時に「見えないもの」に話しかけて周囲から浮いていたとか、霊感持ち鉄板エピソードは皆無である。


 私も妖怪と勝負をして、名前を奪い取る女性になりたかった。そして数十年後、麗しい孫が丸い猫とともに……。


「知らないわよ。三十路なのに処女だから見えるようになったんじゃない?」


「しょっ!そ、そ、それは関係ないでしょう!」


「神の妻であるために貞操を守ってきたのではないの?」


「もしそうなら、今すぐ巫女にクラスチェンジします!だいたい、なんで座敷わらしがアパートにいるんですか。うちに座敷はありません!」


「細かいわね。いま流行ってるでしょ。リビングなんとかってやつ」


「あれはデッドしてるんだよ! リビング違いだよ!」


 二人の言い争いが続く中、ポンッと小気味のいい音が鳴り、チャットが届いた。


『変なこと言うようだけど、オレ、霊感があって。もし加納が迷惑でなければ見に行くけど』

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