笑わない女王と旅芸人

月代零

第1話

――女王を笑わせた者に、褒美を与える。

 

 宰相からそうお触れが出たのは、およそ一か月前のことだった。

 そのもう少し前、女王はまだ王女だった。しかし、先代の王とその妃、他の王子王女も全て死んでしまい、ただ一人残された、まだ子供の王女が、急遽女王として立たねばならなくなったのだ。

 以来彼女は表情を失い、人形のように日々を過ごしているという。それを見かねた宰相が、先のようなお触れを出したというわけだった。しかし、未だ女王を笑わせることに成功した者はいないと聞く。

 そして今、女王を笑わせようと王宮の門を叩く、旅芸人の男が一人。

 男は懐に忍ばせた毒薬の入った小瓶を確かめ、昏い決意を新たにする。

(必ず、女王をこの手で殺す)

 男は、女王の国と戦争をしていた国の生まれだった。戦争で、男の家族も友人も、皆死んでしまった。だから男は、女王の国に復讐を誓った。これは絶好の機会だった。


 男が謁見した女王は、十歳程度の、まだ幼い少女だった。幼いながらも、鼻筋の通った顔立ちに、艶めく長い髪。伏せられた長いまつ毛に縁どられた瞳からは、何の感情も読み取れなかった。

「陛下は、目の前で先代の王――お父上やお母上を殺され、以来このようになってしまわれたのだ」

 その凍りついた心を解かすのが、男に与えられた役目だったが。

(さて、どうしてくれよう)

 相手が子供だろうが、復讐を止めるわけにはいかなかった。

 胸中の想いを隠し、男は女王に跪く。

「陛下、ご機嫌うるわしゅう」

 言って、手の中からぽん、と一輪のバラの花を出し、彼女に捧げた。

 女王は無表情のままそれを受け取る。と、花が弾け、辺りにひらひらと花びらが舞った。少女の表情がわずかに動いた、気がした。その顔が、亡くした妹と重なる。

 男は感傷を振り払い、

「しばらくの間、城に滞在することをお許し頂けますか。このわたしが、必ずや陛下に笑顔を取り戻して見せましょう」

 いいだろう、と宰相は頷いた。


 男はその日から城の一角に部屋を与えられ、そこで寝泊まりし、昼間は女王に手品や芸を見せて過ごした。

 女王は手品がお気に召したようだった。何もない空間から花や鳥を出して見せたり、手の中に物を消して見せたり、見えていないはずのカードの数字を当てて見せたり。

 笑うことはなかったが、少し穏やかな表情をしているような気がした。

「お気に召しましたか? 陛下」

 問うと、女王は微かに頷いた。

「……兄さまが、よく手品を見せてくれたの」

 ぽつりと言う。


 幼い女王は、だんだんと男に心を開いてくれているようだった。相変わらず感情は読み取れないが、食事の席に呼ばれたり、本を読んでとせがまれたりするようになった。宰相や侍女たちには、渋い顔をされているようだが。

 食事を共にするなら、毒を飲ませることは簡単だ。しかし、自分を慕う様子を見せる女王に、男はそれを実行できなくなっていた。

 

 ある時、手品の種を見破ろうと目を凝らす女王に、男はわざとわかるように手品を披露した。種を見破った女王はそれはそれは楽しそうに笑った。


 しかし、しばらく穏やかな日々が続いたある日、男は突然、騎士団の屈強な男たちに拘束され、宰相の前に引っ立てられた。

「貴様、これはなんだ?」

 そう言って宰相が掲げたのは、男が暗殺用に持ち込んだ毒薬の小瓶だった。

 男はしまったと思ったが、申し開きをするつもりはなかった。何の罪もない、幼い少女を殺そうとしていたのは、事実だから。

(俺がいなくなっても、どうか笑っていて)

 男の首に、刃が振り下ろされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

笑わない女王と旅芸人 月代零 @ReiTsukishiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説