【3】★★
老女はキッチンに入ると、なんだい
私が盛り付け役となり、老女はテーブルセッティングをする。博士はその場にいなかった。
なぜなら老女に床拭きとトイレと風呂場の掃除を命じられていたから。俺は怪我人だぞと喚いていたが、老女に働かざる者に食わせる物はないと一喝されてすごすごと向かっていた。
「博士と、ええと、貴女の、その・・・・・・〝魔女〟さん、とお呼びしてもいいですか? お二人の皿はどれを使えば」
博士の呼び方に倣って呼べば、彼女は突き上げるような視線を向けてくる。逆鱗に触れてしまったかとおののけば、右の藍色の深皿、あんたは隣の一回り大きな黄色いやつを使いなと存外丁寧に教えられる。
「魔女さんは、〈星休み〉中にわざわざ防流星雨合羽まで着て、外で何をされていたんです?」
呼び名が定まり、つい気安い心持ちになって尋ねた。
沈黙に振り返れば、魔女の眉間には深い谷間が現れている。私は慌てて身上を語った。相手を知りたくば、まずは己をさらけ出すべきだと考えて。
「私は星から星を旅して巡り語る〝星語り〟を生業としております。こちらに立ち寄ったのは、出すに出せなかった〈宇宙の缶詰〉を廃棄処分したかったからでして。〈缶詰〉は宇宙に流すものですから頑丈でしょう。ちょっとやそっとじゃ壊れない。自分が不慮の事故に遭って、間違って開封されてしまったらと思ったら気が気じゃなく、かと言って開封してもう一度中身と向き合う度胸もなく、ならば適正に処分するしかないと思った次第でして、」
──害鳥の追い払いさ、と。
唐突に魔女は差し込んできた。
「誘導しないと
「鳥が来るのですか?」
お世辞にも、この星の環境は鳥に適しているとは言えず、訊き返す。
「星間渡り鳥さ。昔、この惑星の銀河流域は、鳥どもの飛来地だった。その名残で来ちまうんだよ、あの鳥頭たち」
要は、人の勝手で棲息地を奪ったということらしい。
あ、と思い出して私はもう一つ尋ねた。
「
彼女は鼻で嗤った。あまりに乾いてたじろぐほどで、続けようとした問いを封じる。
と、掃除を終えたのか、腹が減ったぞ、晩飯はまだか、お腹と背中がくっつくぞとドタドタ博士がやってきて。
私たちはダイニングテーブルで夕食の席についた。
私が作ったというか、
だが、魔女がほんの数分で作ったスモークサーモンと紫タマネギとインゲンのマリネ、オーブンで温め直した丸パン(パセリバター添え)、さらには即席デザートのクリームチーズの真っ赤なすももソース掛けは、目にも鮮やかで、その腕前は敵うものではない。すももの甘酸っぱさと、クリームのまろやかさに舌鼓を打ちながら尋ねる。
「普段は魔女さんが手動で食事を用意されているのですか?」
「そうだ。だからたまに自動調理器の味が恋しくなる」
「マスタードにすら涙目になる子ども舌のくせによく言うよ」
食後に出された紅茶を一口含み、気付く。
「花の香りがしますね」
なんとはなしに、魔女が持ち帰り、今は空き缶に活けてあるリンドウを眺めた。冴え冴えとした青紫のいくつかの花は、今は花弁の先を捩じって閉じている。
「薔薇の紅茶さ」
物言いとは裏腹に〝魔女〟はなかなかの風雅人のようだ。
眼鏡を曇らせながら、とても美味しいです、と素直な感想を口に出せば、わずかに口の端に笑みを浮かべた。
「味のわかる客人で良かったよ、でっかいのは芳香剤としか言わないからね」
「俺だって味のよしあしぐらいわかるぞ。デザートの苺ソースはまあまあ美味かった」
紅茶を啜る魔女に目配せすれば、口元の弧の両端がわずかに上がる。
そして、三人で和やかにお茶を囲んで。
「さて、それじゃ、聴かせてもらおうか」
自分に向けられた言葉だと気付いたのは、数秒遅れてのこと。
私は狼狽えた。物語のストックはまだまだある。けれど、何がこの場に、彼女に相応しいのか、わからない。
いや、違う。胸に浮かんだ物語は一つ。これ以外にありえない。が、あまりに嵌まり過ぎで、逆に躊躇われた。
けれど、紅茶碗を卓に置き、顎下で手を組み、待ち構えたふうな魔女に差し出せるのはこの物語のみ。私は覚悟を決める。
「……では、星語りましょう。魔女と、薔薇と、星にまつわる小さな話を」
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