【1】

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 博士は苦み走った表情を浮かべていた。

 練乳をたっぷり入れて乳の道ミルキーウェイを描かせたけれど、足りなかったろうか。カップからはみ出て、べっとり取っ手部分にこぼしてしまったのがばれたのかもしれない(一応は拭いたけれど練乳のべっとり感は手ごわい)。

 問えば、珈琲ではない、と髭の奥でもごもごと言う。


「だいぶ、想像と違う」

「は?」

「〝星語り〟というから、もっと、きらきら、ふわふわ、きゃっきゃっした話を想像していた」


 詐欺だといわんばかりの口調だった。


「お口に──いえ、お耳に合いませんでしたでしょうか」


 そういうわけではないがと呟き、ソファの背に身を預け、深い息を吐く。


「寄星虫についての奇妙な風習は聞いたことがある。治療を断るケースもあるとか。神のふるまいが病人の処世術だとは皮肉だな」

「……愚かと思いますか?」

「矛盾しているとは思うが、矛盾は人の習性だろう」


 とまれ、と彼は分厚い手のひらで目元を覆った。


「兄弟や姉妹、肉親は難儀だな」

「私にも兄がいましたが、同感です」


 指の隙間からのぞく目と目が合う。私は苦笑を返した。

 壁の一画には外を映し出すモニターが掲げてあり、誰もいない工場群の上に星が矢のように降り注ぐ様子が映し出されている。一方の地下シェルターは静謐で清浄だった。


「・・・・・・彼女は、何を思っていたのでしょうね」

「愛していたし、憎んでもいたのだろう」 


 私は誰へ向けた感情か、明確にはしなかった。主語さえも明らかにしていない。

 だが、これが十時間以上にも亘る〈星休み〉の退屈しのぎだと承知してくれているのだろう、博士は軽く答えてくれた。だから、続けて問う。


「なぜ、あんなことを言ったのだと思いますか?」


 今度も明言しないけれど。


「それこそ、根を下ろしたかったのではないのかね」


 惑星エメニアに、あるいは彼に、自らが朽ちた後も。

 目蓋を下ろせば、刹那、むせかえるほどの緑が繁茂する大地を夢見る。葉が生い茂り、花は咲き乱れ、実を結び、朽ち果て、再び芽吹く。


この惑星プラントでは、二度とない光景だ」


 その言葉に、同じ夢を共有したのだと知る。

 萌え出づる病が、豊かな果実をもたらすのか、宿主を痩せ細らせるのか。そもそも、星が彼女を苗床としたのか、彼女が星を苗床としたのか、わからねど。

 けれど、少なくとも、銀河の片隅で向かい合った男らの心裡に、なんらかの種子を落としたのは間違いなかった。

 しばらく後、次はと投げかけられて、は、と再び漏らしてしまう。

 次の話はなんだと訊いているんだと睨まれ、ああ、ええ、では、もう少しきらきらしたものを、と慌てて返した。私の星語りは、多少はお気に召して──いや、お耳に召されたらしい。


「では、星語りましょう。今、この瞬間にぴったりの物語を。まだ人が地球内生命体だった頃の〈星休み〉の話です」


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