第3話 ハイリスクハイリターン?

ーーどうしてこうなった...


彼の心中はどんよりと曇っていた。見つけた川を降り人のいる所に出ようと試みたそこまではいい。しかしこんな名もない森の地理、地形の知識などない癖にどうして身軽に動けようか、辺りは腰の高さから背丈以上までに生え揃った草藪が生い茂り、進むほど奥深くへと誘われた。足元は吸血性の生き物やぬるかみが支配し悪路も大概にしろと怒鳴りたくなる程。

道中魔物の巣穴もいくつか見かけた。


そもそも沢など途中で枝分かれし、必ずしも一直線上に続いてるとは限らない。そんな事何故考えなかったのか..。嘆いても嘆いてもここまで深く来てしまえばもう戻る事も出来ない。ここ一番に勘を働かせ選んだ道筋(ルート)に全霊を持って賭け吉と出るよう祈ったが、終着点はなんと溜池だった。


「何とか日が完全に落ちる前にこの樹洞を発見できたのは奇跡だったな、土壇場で運は離れなかったかハハ...」


抱えた膝に頭を埋め渇いた笑いをこぼす。


一連の行動を振り返ってみたがどれも少し考えれば分かった事なのではないだろうか。

そんな余裕もないほどあの時は判断力が消えていたのか、、。

そもそも何故水だけ飲んで大人しく元の道に戻らなかったのだろうか、自分から迷宮に入っていく馬鹿があるか...


「何とか明日にはここを抜けたい。それにしてもさっきから聞こえる不快な遠吠えはエギュハウンドか..」


先程から度々彼の耳朶を撫でる鳴き声。犬型の魔物である『エギュハウンド』だろうか。

鋭い牙を持ち目は釣り上がった赤眼。一匹なら然程脅威ではないが別々の所で遠吠えが上がる事から、群れでもいるのだろうか?近くはない様だが...。

多ければ数十匹の規模にもなると言われている。

入り口蔦や草木で隠し出来るだけ奥で就寝する事にする。当然明かりなど厳禁だ。


「もう考えるの辞めて寝るか、今日の俺は疲労できっとどうにかしてたんだ、、一日休めば次こそいい風が吹くだろう、、」


落ち込んでる奴の元には何も降りてこない、そう言い聞かせ無理矢理にでも眼を閉じた。



顔を襲うネバネバとした感触、それが目の位置にまで到達した所で目が覚めた。トカゲが一匹這っていた。

僅かながら陽射しも通っているのだろうか、どうやら夜を越せたらしい。


外に出ると広がっていたのは昨夜の光景とは打って変わった景色だ。

当然薄暗い森ではあるが日が差しているだけでも随分違う。

今日こそは自分の心も明るくなれる様頑張ろう、そう決心しヴァンは再び偉大(?)な一歩を踏み出した。


「とにもかくにも先ず出口を見つけなきゃ始まらないよな...現在地が分からんけど正規の山道からどれぐらい離れたんだかな..」


「じいちゃんが山で迷った時は北に沿って進めって言ってたけどこの状況じゃなあ..」


活力は戻ったと言えど状況が好転した訳ではない。顎に手を当て暫く進みふと、足元を見たするとーー


「これはエギュハウンドの足跡か..やっぱそうかそれに数からして群れはかなりの規模だな。渡りの最中か?」


てんてんと、続く足跡は間違いなくエギュハウンドの物であった。そして注視すべきは足跡の多さ。狩りの時の様に数匹ではなく数十匹の物。

よく見れば成体だけでなく子供の個体も紛れている。


ーーただの狩りにこれだけ総動員しているとは思えないしぃ〜近くに天敵にでもなる様な..別の魔物でも出たか?


ーーいや、だとしたら弱い子供まで入れるのは可笑しい。もしも全滅すれば報復だってできなくなる...。若い個体は残そうとする筈だ。それに慌ただしく走っている感じでもない。昨夜もそんな気配はなかった。なら何かから逃げているって線も一応薄れる。


なら、恐らく移動の最中。そしてこれは完全な勘だがもうこの地区から抜け出し別の森に行くつもりなら何処かで抜ける筈。何せ彼の群れが移動する理由など単に獲物の数が減ったか、更なる良質な餌場を求めてである。


世情には疎いが魔物や獣の生態、習性ぐらいは、田舎であるため自然と学ぶ事が多かった。

何より祖父が寝物語代わりに聴かせてくれた記憶がある。もちろん周辺及び見た事のあるものに限られるが、、、。


「また、限りなく一か八かの選択だがこの後を辿っていけばどっかでマシな道に出られたりするか...?」


さすがにまだ甘くはないだろうか、移動と言うのもあくまでヴァンと言う人間一人の予想にすぎない。


「奴らもいくら魔物と言えど群れには子供だけじゃなく年寄りもいるかもしれねぇ出来るだけ時間もかかる悪路は避けて通りやすい道をいく筈だ。人間でも行ける様なな..」


気休め程度だがそう思い込む事にした。迷っていても解決しない。どうせ一世一代の大勝負のつもりで村を出たのだ。思い立ったら行動すべきだ。


「今更もしもを、怖がる道理はねぇ、今日死んだとしても所詮俺はそれまでの器だったって事だ!」


ーー自身を鼓舞した足取りは今度こそ本当の意味で偉大な一歩の様に感じた。そしてこの太々しさがヴァンにとって小さな運命を切り開く最初の一歩でもある。










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