第2話 向こうみずな選択

ーー踏み出した筈だったのになぁ...


つい数刻前の意気揚々としていたしみじみと思い返しながら彼は呟いた。

村との感動の別れも済ませた。ただ、半分は腹減ったら帰ってこいよーと、子供のお使いかの如く軽く軽く送りだしていたのだが。

それが逆に反抗心を刺激し決意を固める事に一役買ったわけだが


「都はまだか...」


道中拾った背丈程ある棒切れを杖にしながら少年は呟く。短い茶髪に瞳は黒眼。面はこれと言って目立った特徴はないが年相応のあどけなさを備えている。もっとも今はくたびれ見る影もないが


「くそぉ..楽に行ける距離じゃないのは分かってたけど、さっきから同じ景色ばっかじゃねぇか」


彼は生まれて15の歳になるまで碌に外界に出た事がない。一度都に作物を売りに行くと言った父親に牛車で連れて行ってもらったきりだろうか

しかもその時と比べて今は一人ぼっちの徒歩である。牛車も正しい道のりを知っている者もいない。

一応地図はあるのだが古い物の為余りにも心もとない。


思えば余りにも無計画で無鉄砲な旅立ちであった。碌に下調べもせず半ば勢いだけで飛び出し、こうなるまで自分の根拠のない自信をまるで疑わなかった身の程知らずの哀れな若者の末路である。


「暑い...疲れた..腹減った」


もう既に弱気になっていた。

手元には一応三泊は出来るだろうか?今日まで必死に貯めた路銀とかさばらない程度の食料がある。しかしそれも道中の間食であまり残っていない。

あとは背中に護身用の直剣と腰にナイフが装備されている。


頭の中ではもう成り上がりは諦めて帰るの文字が浮かんでいる。

しかしそれでは必ず出世して自分の名がこの村にまで届く様にするから楽しみにしておけと大っぴらに宣言し、それを曇りなき眼(まなこ)で感激してくれた歳下の子供達に合わせる顔がない。


「とりあえず一本道の筈だからこのまま行けばきっと着く筈だよな..」


改めて地図を確認しながらふらついた足を直し、先程から変化のない山道を歩く。


「モタモタしてると夜になっちまうし、この辺りに強い魔物はいないと思うが..速く抜けて..せめてどっか他の村があれば」


そこまで深くも暗くもなく太陽の陽射しが降り注ぐ明るい道だがそれでも夜には一変する。速めに越すのにこしたことはない。


そんな時だった微かに水の流れる音が耳朶を撫でる。ハッとして駆け出した。


木々をかき分けていくと、なるほど、確かに川があった。流麗とは言えないが特別濁っている訳でも無いし贅沢は言えない。

水面に顔をつけ飲み干す。


「これでまだ動ける。それに川下には人が住んでる物だって爺ちゃんが言ってたな。ならこれを降っていけば集落に出られるかもしれない...やっぱツキは俺に回ってんだよなぁ!」


いちるの希望と言えど彼の活力を取り戻すには十分だった。ともすれば足取りは速まっていき僅かだが笑みも浮かんでくると言う物。

父ちゃん母ちゃん俺まだ行けるよ!絶対諦めないからな!今にみてろぉぉぉ!



ーー遭難した


「なぜぇぇーーーー!!」


日は既に暮れ始めている。濃く茂った森の中で少年の悲痛な叫びが高くこだました。



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