第18話 遊園地その②

「本当に大丈夫か?」


「ちょっと、変な感じ……。でも、大丈夫」


 ベンチに座りながら、俺は藍音の体調が良くなるのを待っていた。


 まさかジェットコースターで失神するなんて、誰が予想しただろうか。ビビリな俺ですら意識があったというのに。


「七咲って、本当は絶叫系が苦手なのか?」


「う──」


 反応から見るに、絶叫系アトラクションが苦手らしい。


「だったら、どうして無理をしたんだ? 苦手なら苦手で、他のアトラクションでも良かったのに」


「あはは……その、今日はいけると思って、ついつい」


「それで、結局は失神……と」


「うぐ──」


 あの時は本当に焦った。

 一瞬、何か持病があってそれが悪化したのかと思ったが、ただの失神で本当によかった。


「七咲って絶叫系が好きなイメージあったけど……なんか俺と同じく苦手で、少しだけ親近感が湧いた」


「そういえば、私が気を失う前に隣から悲鳴が聞こえてきたよう──」


「気のせいだ」


 あれは俺の黒歴史になりうる可能性がある。俺だって女子の前でカッコ悪い所は見せたくないと思っている。

 ネットで調べたが、やはり好感を持てるのは頼りのある人──らしい。情けない俺とは正反対だ。


「──っと。それじゃあ鷹宮、早速次のアトラクションに行こ!」


「だな。それで、どこに行きたい?」


「んー……あ! あれなんてどう?」


 藍音が指を指した方向に目を向けると、そこにはコーヒーカップがあった。


「ふふん! 私には鷹宮を酔わせる自身があるんだぜ〜」


「いいだろう、望む所だ」


 俺達は早速、コーヒーカップがある場所に向かい、空いていた場所に座った。


 辺りを見渡すと、何故かカップルらしき人物ばかりで何だか気恥ずかしい。その場のノリで来てみたものの、周りからは絶対にカップルだと思われている。

 そもそも、このアトラクションはカップルで乗るイメージが高いような……。


 前に向かい合って座る藍音を見ると、何故か少しだけ顔が赤かったように見えた。


「大丈夫か七咲?」


「ふえっ?! あ、あー、全然大丈夫! そ、それにしても、周りの人達は、か、カップルが多いねー」


「そう……だな」


 藍音も気づいていたようだ。

 こうやって口で言われると、意識してしまう自分がいる。


 そうこうしていると、乗っていたコーヒーカップが動き出した。


「覚悟してよね──鷹宮」


「ん?──って」


 藍音がそう言った瞬間、真ん中にあったハンドルを全力で回し、凄い勢いで回転しだした。


 目まぐるしく変わる景色と、頭が振り回されるような感覚。まだ数秒しか経っていないのに、胃から何かこみ上げてくるような感じがする。


「な、七咲……ちょ、待──」


 俺の制止には耳を傾けることなく、ただただ面白そうに回し続ける藍音。今の俺に止める程の力は残っておらず、気をしっかり持っておかないと吐いてしまう可能性がある。


「あれー? もう鷹宮酔ってるのー? だったら──」


 緩めてあげる、とは言わず、さらに回すスピードを上げる。

 俺の耳に聞こえるのは、楽しそうな藍音の笑い声だけだった。




「うっ……やばい、吐きそう……」


「大丈夫、鷹宮?」


 コーヒーカップを終えた俺と藍音は、次のアトラクション探しをしていた。


 先程から藍音が心配そうに俺の背中を撫でているが、お母さんか何か? 嫌という訳ではないが、距離感が近いような……。


「あぁ、あれくらい、どうってこと──うぷっ」


 喋ろうとすれば、さらに気持ち悪くなる。

 まじで……吐きそう……。


「はぁ……鷹宮って本当に弱いんだから。そんなんじゃ、守りたい存在も守れないよ?」


「はは……その時は、捨て身で行くしかないな……」


「もっと自分を大切にしてよね? そんなことしたら、悲しむ人が出てくるんだから」


「あー……家族に悲しまれるのは、嫌だな……」


 俺の家族は俺以外が全員女性だ。いざという時は、俺が二人を護らないといけない。


 父さんは昔、交通事故でなくなった。俺が物心付く前だったから写真の中でしか顔を見たことがないが、どれも優しそな表情をしていた。


 心の奥底では、今でも父さんに会いたいと思ってる。叶わないと分かっていても、一度でいいから喋りたい。


「……鷹宮、どうしたの? そんな悲しそうな表情して」


「いや、何でもない。それより、ほら、あれ行ってみないか?」


 俺は目の前にあった大きなお化け屋敷に視線を向けた。藍音も連られるよう目を向けると、「ひっ……」と怖気づいた声を上げた。


「た、たたた鷹宮? べ、別のアトラクションでもい、いいいんだよ?」


「何だ? まさか怖いのか? いやいや、高校生にもなって子供騙しのあれが怖いだなんて言わないよな?」


「い、いやーそんな訳ないじゃん! 鷹宮が怖がるなーと思って気遣いしただけで──」


「よし決まりな。じゃあ行くか」


 半ば強引に藍音をお化け屋敷の受付に連れてき、入場券を買う。

 ここで俺は何を思ったのか、少し藍音を弄ってやろうと思った。


「じゃあ俺、先に一人行ってるから途中で合流な」


「え……な、なんでよ」


 明らかに動揺している藍音。

 俺の見解が正しければ、藍音はホラー系が苦手だ。いくら作り物のお化け屋敷だからといって、怖い人には怖いだろう。


「いや、さっき七咲が怖くないって言ってたから、本当かどうか確かめたくてな」


「……!」


 と、俺自身そう言ってるが、藍音を一人で行かす訳にはいかない。せっかく二人で来たんだから、一緒に楽しむのがセオリーだろう。

 ここら辺りで嘘だってことをネタバラシするか。


「なんて、実は──」


「怖い、から。だから一緒に行こうよ、鷹宮……」


 目を少しだけウルウルさせ、恥ずかしそうに言う藍音を見て、不覚にもドキっとしてしまった。


「そ、そうか……だったら一緒に、行くか」


「……! あ、ありがと……」


 何で感謝される形になっているのか疑問だったが、藍音の素直な一面を見れて特別な気分に浸ったような気がした。


 それから俺達はお化け屋敷に入った。


 微かな明かりしかない狭い廊下に、肌を刺激する冷たい風がリアルに味をだしている。 

 所々に血の跡や血の手形などがあり、横のスライド式ふすまからは、今にも何かが飛び出してきそうだ。


 音が全く聞こえないの、さらに俺達の不安を煽っていた。


「た、鷹宮……いる?」


「いない」


「……私から、離れないでよね」


 目がまだ慣れていないからか、視界には闇が広がっていた。


「その……服の裾、掴んでいい?」


「別に構わないが」


 俺がそう言うと、藍音はキュッと服の裾を掴んだ。

 これは頼りにされているのだろうか。だとしたら、男たるもの怯えずに前へ進まなくては。


 瞬間──


「グォォォォォォォォォォォォ!」


「きゃぁぁぁぁぁぁぁァァァァ!」


 隣のふすまが急に開き、一体の血塗れゾンビが飛び出してきた。

 その際、藍音が大声で叫んだかと思うと、急に俺の腕へと抱き着いてきた。腕に柔らかな感触が伝わり、違う意味で心臓の鼓動が高鳴ってきた。


 ゾンビは脅かすだけ脅かして、そのまま引っ込んでいった。


「な、七咲……その……」


「……っ! ご、ごめん!」


 藍音はすぐさま俺から離れると、顔を両手で押さえ、俺に背中を向けた。

 悪い気はしなかったが、あのままいくと理性が保てなくなりそうだったから、これで良かったのだと思う。


「……それじゃあ、行こっか」


「そうだな」


 その後、何度も藍音が叫んでは学習しないかのように俺の腕へと抱き着いてきた。


 そして、様々なアトラクションを堪能した俺達は、太陽が沈みかけの夕方となって──


 

───────────────────

次回、最終話「ただ、君と一緒に」


あとがきや、その後のちょっとしたストーリーも少し挟むので3000文字越えそうです。


よろしくお願いしますm(_ _)m


※明日公開予定

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