第17話 遊園地その①
──土曜日の午前9時50分。
大通りのとあるバス停前にて、俺は携帯で時刻を見つめながら、とある人物を待っていた。
10時にここで待ち合わせと約束をしたのだが、ギリギリにつくのもあれだし30分前からここに来ている。早すぎたと思ったが、別に後悔はしていない。
10時に近づくに連れ、どんどんと心臓の鼓動が速く脈打つ。喉も乾いてき、何度も生唾を飲んだ。
そして。
「おーい、鷹宮ー!」
聞き覚えのある人物の声が鼓膜に響き、そちらに目を向ける。
そこには──
「はぁ……、はぁ……、っと、待った?」
「いや、ついさっき来た所だ」
七咲藍音がいた。
どうやら走ってきたらしく、息が少しだけ切れていた。まだ約束の時間まで5分あるのに、そこまで急ぐ必要はあったのだろうか?
「いやー、鷹宮より早く来て『女の子待たせるとか最低!』と言って、帰るドッキリしたかったんだけどなー」
「めちゃくちゃ心臓に悪いドッキリだな」
そんなことされた日には、俺は一生引き籠もる自身がある。静奈と一緒に送るホームライフも悪くはないが。
藍音の服装は、左の肩肌を晒した白のワンショルダーにデニムのショートパンツ。町中ですれ違ったら、思わず二度見してしまうぐらいに似合っていた。
「服、似合ってるな」
「……本当に鷹宮?」
「何でだよ……。本当に俺だ俺、鷹宮蓮斗だ」
「いやだって……え? 鷹宮が服装を褒めてくれるなんて……絶対に偽物じゃん」
藍音の中で、俺は一体どういった人物になっているんだ? そんなにおかしな事をいったのだろうか……?
「──なーんて、嘘だよー! 鷹宮は鷹宮! 私が間違う訳ないじゃん! 褒めてくれてありがとねー」
あははと笑う藍音を見て、何故か安堵の息を漏らす。最終的に、喜んで貰えたなら大成功だ。静奈には感謝しないと。
そしてもう一つ、俺は藍音の艶のある綺麗な黒髪を見つめる。もしかしたら少しでも切ってあるかもしれないし、確かめる必要があったからだ。
「えっと……鷹宮? そんなに見つめられたら、困るんだけど……」
「……っと、悪い」
藍音が気恥ずかしそうに目線を逸らし、何だか俺も逸らしてしまった。見た感じだと前髪が少しだけ切られていたような気がしたが、確証は持てない。
「前髪切った?」と訊ねても良かったが、出来れば聞かずにして気づきたい。
すると、待っていたであろうバスが目の前で停まった。
「これ、だな。乗るか」
「オッケー!」
俺と藍音は開いた後方の扉から乗り込んだ。既に人はたくさん座っていて、一つだけ席が空いているのを確認出来た。
「七咲、あそこの席が空いてるから、そこに座るか?」
「んー……でも、鷹宮が立っているんだったら、私も立っていたい」
藍音が小声でそう言ってきたので、俺は「分かった」と短く返した。
それからバスは発進し、俺と藍音はしばらく揺られながら目的地である遊園地前のバス停について、降りた。
「んーやっとついたー! それにしても、鷹宮が私を遊園地に誘うって、何か変な感じだなー」
「女子と遊びになんて行ったことがなかったから、ここぐらいしか思いつかなかったんだ」
「ふーん、そっかー。……静奈ちゃんからアドバイスとか貰った?」
「いや、まさか」
貰ったなんて言えない。
そんなことを言ったら、俺が情けない男だと思われてしまう。遊びに行く先も決めれないなんてカッコ悪い。
……もう既にカッコ悪かったけど。
「とりあえず中に入るか」
休日というだけあってか、かなり人混みで混雑していた。小さな子供を連れた家族からカップルらしき二人組まで、様々な年代層の人達で賑わっている。
俺達はチケットを買ってから入場門へ行き、そこから遊園地内へと入った。
「うわぁ……! ひっさびさー!」
隣では藍音が目をキラキラと光らせながら辺りを見渡している。
俺は昔に一度だけ行ったことがあったが、小学生の頃だったので思い出なんかもう忘れていた。
「ねえねえ鷹宮、あれ乗ろうよあれ!」
「ん?……って、え?」
藍音が指を指した方向に目を向けると、そこにはジェットコースターがあった。
遊園地と言えばジェットコースターと分かっていたが、いざ見てみると……高い。
何だよあれ……最初の傾斜角度が80度以上いってるんじゃないか? 普通に怖いんだが……。
「ほら早く! 人が並ぶ前に行かなきゃ!」
「わ、分かったからそう焦るなって……」
ここは腹を括るしかない。
俺は藍音の後についていき、早速ジェットコースター乗り場へとやってきた。ちょうど人が空いていて、並ばずに済んだのは奇跡だ。
「一番前だね」
「あ、あぁ……」
藍音の隣に座り、安全バーを下げる。
(ヤバい……本当にヤバい……)
もう逃げることは出来ない。しかも隣には藍音が座っている。
何が言いたいかというと、怖さのあまりに絶叫でもしたら、絶対に「ビビリ」だの「情けない」だの思われてしまう。
だんだんと心臓の鼓動が高鳴ってき、やけにうるさい。
そして──ゆっくりと発進し始めた。
「あー……七咲はこういうの、好きなのか?」
気を紛らわすために横に視線を向け、藍音に話しかけてみると──
「た、鷹宮……やっぱりだめ……私、無理かも……」
顔を青白く染め、ぷるぷると震えていた。
「大丈夫か? そんなに無理なら、ここから飛び降りてみるか?」
「私死んじゃうじゃん!」
「安心しろ。俺が先に飛び降りて待っといてやるから」
「それあの世で待ってるって意味だよね?!……もう」
藍音の表情は先程よりも良くなり、何だか安心しているみたいにとれた。
そんな茶番劇を繰り広げていると、いつの間にか人が点のように見える程の高さまで登っていた。
そして──頂上で停止する。
安全バーを握る力が強くなり、恐怖により叫びたくなる喉を抑える。
いいか……ここを乗り切ればあとは楽しいアトラクションが待っている。
目を瞑ったらすぐに終わるんだ……こんなの数秒だけに決まってる、そうだそうに違いない。
そして──
「──っつあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
急発進した。
一瞬フワッとした浮遊感を感じ、地上の景色が迫ってくる。鼓膜に響く風斬り音が、俺の情けない悲鳴を自分の中では抑えていた。
そのまま一番下のレーンまで辿り着いたかと思うと、急に上へと登り、強力なGが苛んできた。
右へ左へ──時には暗いトンネルを潜り、またも浮遊感と共に下へと下る。
周りの景色を堪能する余裕なんてないし、俺は実際に目を強く瞑っていた。ただ願うのは、早く終わってくれという気持ちだけ。
そして──急停止した。
前方に投げ出されそうになった身体が、背もたれに打ち付けられる。ゆっくり目を開けると、そこは乗り場だった。
「はぁ……、はぁ……、……っ」
俺の身体にしっかりとした恐怖が刻み込まれ、ジェットコースターに拒否反応を示すようになっていた。
「な、七咲……って、おい大丈夫か?!」
横に視線を向けると、藍音が口を半開きにしながら失神していた。あんだけ楽しそうにしていたのに、俺よりもビビっていたなんて予想外だ。
本当に藍音は、久々にきたのか?
だったら前回も、ジェットコースターで失神していたり……まあいっか。
──その後、スタッフさんの力を得て、何とか意識を取り戻した。
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