第16話 共鳴する勇気

「お兄ちゃんも薄々、気づいていたと思うけど……私、いじめられてたんだ……えへへ」


「…………」


 無理に笑おうとする静奈を見て、何て言えばいいのか分からなくなっていた。

 俺は静奈が学校に行きたくないと言い出したその日から、薄々と気づいていた。毎日笑顔で帰ってきては、俺よりも充実した学校生活を聞かされ、羨ましかったな。


 ──だが、静奈が不登校になる10日前から、様子が変だった。


 今日は何があったんだと聞いても、苦笑いをして話を逸らすだけ。静奈らしくないと思っていたが、そこで気づくへきだった。


「私……ちょっと目立ち過ぎて……私のことを良くないと思ってる人から、嫌がらせされて……ね」


 辛そうに喉を震わせる静奈。

 でも、俺は止めることが出来なかった。こうして静奈は勇気を出して喋っている。思い出したくもないであろう過去を見つめながら、こうやって俺に語っている。


「最初はまだ、耐えれたけど……でも、仲が良かった友達にも、見捨てられてから……私、辛くて……苦しくて……」


 人間の悪い所だ。

 友達がいじめられているけど、自分が助けたら次のターゲットにされると踏んだのだろう。

 集団心理でもそうだ。

 周りの誰かが助けるだろうと、自分は動かなくていいと判断して手を差し伸べない。


 静奈の友達が悪いという訳ではない。それがで、人間の正しい判断なのだから。本当に静奈のことを想ってくれるならば、助けに入るかもしれない。だが、見捨てた。


「だか、ら……つっ、わ、たし──あ」


 静奈の顔がぐちゃぐちゃに歪んだところで、俺は上半身を起こして抱き寄せた。


「ごめん……俺が力になれなくて」


 妹の泣いている所を見るのは苦痛だった。俺がもっと静奈から信用されていたら、最初から相談してくれたはずだ。

 俺は兄として、失格なのかもしれない。


「お兄、ちゃんは……っ、悪く、ない──の。私が……、わたしがぁ……」


「違う。静奈の苦しみに、兄である俺がいち早く気づくべきだった。こんなことしか出来なかった俺を……許してくれ」


 嗚咽を漏らしながら目から雫を流す静奈の背中を、何度も優しく撫でる。

 静奈は俺の胸の辺りに顔を埋め、喉が枯れるまで泣き続けた。




 それからしばらくして。


「……大丈夫か?」


「うん……」


 辛かったことも、目を背けたかった過去も全て吐き出した静奈は、何とか落ち着いてきた。

 静奈の話を聞いて、いじめた犯人グループのやつら全員を謝らせてやろうかと怒りが湧いてきたが、冷静になると、静奈はそんなことを望んでいない。


「よく頑張ったな」


「や、やめてよ……。また、泣きそうになるから……」


 少し喉が震えていたので、これ以上慰めるのはやめておこう。


「それで、静奈。この体勢はいつまで……」


 足を伸ばし上半身を起こしている俺にまたがって座り、未だ背中に手を回し抱き着いた姿勢のままの静奈に困惑していた。

 静奈の顔が俺を下から見上げていて、妹なのに何だか気恥ずかしさも覚えていた。


「……駄目。もう少し、このままがいい」


「そうか」


 今は静奈のわがままに付き合うことにしよう。頑張ったご褒美でもあるからな。


「……頭も、撫でて」


「…………」


 俺は未だ静奈の背中に添えていた手を離し、静奈の頭を撫でる。

 静奈がまだ小学生だった時に運動会を頑張ったからという理由で頭を撫でたことがあった。こうしてみると、本当に大きくなったな。


 静奈はくすぐったそうに目を細めると、小さく唇の端を上げた。


「お兄ちゃんって、やっぱりシスコン」


「うるせー。撫で撫ですんのやめるからな?」


「だめ、もっとして」


 俺は静奈の気が済むまで頭を撫でた。

 妹は兄に頭を撫でられるのは嫌がるとどこかで聞いたのだが、あれは嘘だったのか? そんなに起きに召したのなら、これからも積極的に撫でてやろう。


「私、お兄ちゃんの妹で……よかった」


「俺も、静奈が妹でよかった」


 妹にそんなことを言ってもらえるような兄になれて、とても光栄だ。やっぱり俺は、シスコンなのかもしれない。


 別にそれでいい。

 だって、世界で一番かわいい俺の妹なんだから。

 世の兄たちは、さぞ羨ましく思うだろう……俺の唯一にして最高な妹を。


「……七咲先輩に遊園地の予定、伝えるの忘れたら、駄目だよ?」


「おう、そうだな」


 少し話がそれていたが、俺と静奈は次の土曜日の予定について話し合っていたのだった。

 俺の人生の分岐点と言っても過言ではない日。そこで、これからの道が決まる。


「お兄ちゃん……頑張ってね」


「──任せろ」


 今日は静奈が勇気を出して、俺に過去を教えてくれた。悲惨で残酷な過去を乗り越え、こうして静奈は小さく微笑んでいる。


 ──だったら今度は、俺が勇気を出す番だ。








 

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