第15話 その雫の意味は……

『それで……私にアドバイスが欲しいって、何?』


 学校が終わり、家へと帰ってきた俺は妹の静奈に助言をしてもらうべく、ふすま越しに訊ねていた。

 今日の藍音は用事があるということで、家には俺と静奈しかいない。


「実は、今度の土曜日に七咲を遊びに誘ったんだけど……女子と遊ぶなんて初めてだからどうしたらいいのか……」


『七咲先輩を……誘ったの……? お兄ちゃんが?』


「あぁ、そうだが……」


『……意外』


 やっぱりそういう反応をされるよな。これまで俺は誰かを遊びに誘ったことはなかったし、ましてや相手が女子だなんて夢のまた夢だと思っていた。


 だが実際には、何とか言えた。断られたらどうしようかと内心不安だったが、何とか成功した。


 でも、そこからが肝心だった。


『お兄ちゃんは、七咲先輩を……どこに連れていけばいいのか分からないから、私に……訊ねたの?』


「……そうだ」


『……それで、最終的に、こ、告白も?』


「……! どうしてそれを……」


 俺は静奈に教えてなかったのだが、どうして知っているんだ? もしかして、母さんが静奈に教えたとか……。


『昨日……盗み聞き、しちゃった……』


「あ……あー、そういうことか。なるほど」


『怒って、る……?』


「いや、全然。むしろ話が早くて助かる」


 最終的に、どこで告白をしたらいいのかも気になっていた。その場の雰囲気もそうだ。


『こ、告白をするんだったら……遊園地とか、水族館……は、どうかな』


「遊園地や水族館か」


 確かにそこならば、雰囲気も良いし楽しめた後に告白をするならばうってつけだ。

 初めて女子と遊びに行くにしては、少しハードルが高いような気がしたが、覚悟を決めなくては。


「……よし、遊園地に誘ってみる」


『うん、頑張って』


「それと、もう少しあるんだけど、いいか?」


 場所は決まったが、それだけでは駄目だ。


「俺って、女子と遊ぶ機会が無かったから、どう接したり行動したらいいのかさっぱりで……」


『……お兄ちゃんって、情けない。私よりたくさん、異性と接する機会があったのに……』


「それは悪かったよ……反省してる」


 藍音と会うまでは妹ととしか話す機会が無かったから、本当に俺は女子慣れしていない。緊張で無言になってしまう可能性がある。

 そう考えると、いつも藍音が話を振ってくれて助かるな。


『私は……お兄ちゃんだけで十分だけど……』


「ん? 何か言ったか?」


『な、何でもない……!』


 ふすま越しだから聞き取れなかったが、お兄ちゃんがなんたらかんたら〜と。

 いいさ……俺は女子と接したことがなかったボッチなんだから。好きなだけ言え。


『とりあえず、お兄ちゃん……こっちに入ってきて』


「いいのか? じゃあ、お邪魔するよ」


 まさかの許可を得て、俺はふすまを開ける。そこには、パジャマ姿の静奈が座っていた。猫耳はついていない。


「それで……女子がされたら嬉しいことを教えるから……聞いててね」


「おう、ありがとな」



 それから俺は三十分にも渡る、女子への気遣いや接し方など、ありとあらゆる知識を教えてもらった。やはり、女子である静奈からのアドバイスは、本当に役立つものばかりだった。


 そして。


「──以上が、気をつけないといけないこと。……覚えた?」


「……よし。ちゃんと全て頭に叩き込んだ。もう怖いものはない」


「それじゃあ、少しだけテスト……するから……」


 俺が承諾の意を見せると、静奈はテスト問題を口にする。


「七咲先輩と会ったら……まずはどうする?」


「服装を褒める。そして、髪を少しでも切っていないか確認もする。もちろん『似合っている』と伝えること」


「一緒に歩くときは、何を気をつけたらいい?」


「七咲の歩くスピードに合わせながら、俺が車道側を歩く。人が多い時ははぐれないよう、服の裾を持ってもらう。……流石に手を繋ぐのはハードル高い」


 恋人なら手を繋ぐかもしれないが、俺と藍音は違う。嫌がるかもしれないし、いきなり距離を詰めるのは得策とは言えない。


「うん……それさえ覚えておけば、あとは大丈夫。告白も……お兄ちゃんが勇気を出せれば……」


「大丈夫だ、問題ない。俺は絶対に伝えるから」


 失敗に終わる可能性もあるんだ。藍音だっていきなり言われたら、戸惑うはず。

 だから、俺は好印象を持ってもらうために最低限の気遣いをする。嫌われないような態度を取り、マナーも守る。


「お兄ちゃんは、凄いね。そうやって……勇気をだせるのも」


「静奈だってこの前、七咲と初対面だったのにも関わらず、普通に話せてたじゃないか。よく頑張ったな、偉い」


「うん……!」


 唇の端を上げ、小さく微笑む静奈。とても嬉しそうな表情をしている。


 藍音と出会ってから、静奈はかなり変わったと思う。元々、家でも滅多に喋らないし、こうやって目と目を合わせて会話することもなかった。


 藍音の存在がいかに大きかったのか、本当に感謝しかない。


「……お兄ちゃん、少しだけ、目を閉じてて」


「ん? 別にいいが……」


 よく分からなかったが、静奈がそういうならばそうしよう。俺は瞼を下ろして、静奈がいいというまで待った。


 瞬間──


「うあっ?!」


 前方から何かが飛びついてきて、そのまま後方に倒れる。その際、畳に頭を打ちつけてジーンとした痛みが苛んでくる。

 思わず瞼を上げると、俺は仰向け状態となっており、その上に静奈が俯向けの姿勢で俺の胸の辺りに顔を埋めていた。


「ちょ、静奈……?!」


 静奈の腕は俺の背中に回されており、俺が倒れた時には痛かったはずだが、何も言わない。

 すると──


「私……今なら、言える……気がするから」


 静奈はゆっくりと顔を上げ、床から頭を離していた俺と目が合う。


 ──静奈は作り笑いをしているような表情をしながら、目の端に涙を浮かべていた。


 

 











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