第14話 決意を胸に、前へ進む

「なんだよ蓮斗、今日はやけに落ち着いてないな」


「え……?」


 いつの間にか帰ってきていた母さんが、不意にそんな言葉を発してきた。俺は机の上に並べていた教材から目を離す。


「どうした? 恋でもしたのか? それとも振られたとか?」


「別にそんなんじゃ──」


「いいから話せって。お母さんは蓮斗を何年見てきたと思ってんだ。蓮斗が恋について悩んでいるのもお見通しよ!」


 なんと恐ろしい母さんなんだ。これが母親という存在なのか? プライバシーも全て覗かれ放題じゃないか。

 でも、誰かに話すのって何か恥ずかしい。例え母さんであっても藍音についてだから、中々決心がいかない。


「そう黙り込むなって。ほら、言ってみ? 笑ったりしないから」


「……本当か?」


「あったりまえよ! 母さんを信じなって!」


 別に母さんなら信じてもいいかな。俺が世界で一番信用している存在だし、笑ったりしなさそうだ。


 俺は藍音と出会った時から、今日盗み聞きという形で聞いてしまったことについて、全て話した。

 そんな俺の話を聞いて、母さんは──


「ぷ──ははははは! ちょ、まって! くく、それは、ひひひっ」


 大爆笑していた。

 相談相手を間違えたかもしれない。やっぱり世界で一番信用出来るのは静奈しかいないな。静奈しか勝たん。母さんは永遠の二番手。


「それじゃ、もう一生相談しないわ」


「ちょっと待って蓮斗」


 すると、母さんは真剣な表情で俺を呼び止めてくる。先程までの笑いが嘘のように感じた。


「蓮斗、あんたは七咲さんのことが好きなの? 嫌いなの? どっち?」


「それは……その……普通に友達というか──」


「はい駄目ー。はぁ……だから蓮斗はモテないんだって」


 前に藍音に同じことを言われた気がする。俺ってそんなにモテない性格をしているのか?


「七咲さんが直接ではないけど、あんたのことを『好き』と言ってんだ。その時点でもう迷うことはないよな?」


「……けど──」


「けどじゃない。それとも、七咲さんのことが嫌いか? 聞いた話だと結構仲良さそうなのに、ただそれだけの関係なのか?」


「…………」


 自分自身でもどう思っているのか分からない。ただの友達でいたいのか……それとも、恋人同士になりたいのか。

 まず前提として、俺なんかが藍音と釣り合うのかが気になる。もっと良い人はたくさんいるというのに。


「蓮斗。あんた今、自分のことをマイナス評価してたでしょ?」


「……どうしてそれを?」


「どうせ釣り合わないとか、もっと良い人いるだろー、みたいなこと思ってたでしょ?」


「……はい」


 やっぱり母さんには敵わない。俺の思考回路を完全に理解している。脳内を覗かれているみたいで、何だか変な気分だ。


「これじゃあ、あんたのことを好きになってる七咲さんが報われないじゃない……可哀想に……」


「…………」


「そういえば、告白するーみたいなことも言ってたんだっけ? 蓮斗は七咲さんに告白された時、どう答えるの?」


「俺は……」


 何度も、何度も、何度も頭の中でシミュレートし、最終的に導き出した答えは──



────────────────────


「まーたサンドイッチじゃん。私のお弁当、分けてあげようか?」


 学校での昼食時間。

 俺と藍音は今日も教室──ではなく、人気のない屋上へ続く階段の所で一緒に食べていた。

 教室にいると、どうしても昨日の佐藤ってやつがジッ見てくるから、俺はそれを察してここまで来た。


「大丈夫だ。俺はこれだけで足りる」


「本当にー? タコさんウインナーあげるよ? ほら、今日はお箸を2つもってきましたー!」


「なんだと?」


 藍音が両手に箸を持って見せびらかしてくる。だが、人の弁当の具材を貰うのは気が引けるようで、申し訳ないと思ってしまう。


「はいどうぞ!」


 すると藍音は強制的に俺に箸を押し付けてき、お弁当から具材を取るよう促してくる。


 俺はここで、少し仕掛けることにした。


「……やっぱり、七咲が俺に『あーん』してくれないか?」


「ふぇっ?!」


 藍音は顔を驚愕に染める。当然の反応だろう。

 こんなことはしたくなかったが、これもなんだ。どういった対応をしてくれるのか、確かめる必要があった。


「鷹宮は、その……私に、『あーん』……されたいの?」


「あ、あぁ。めちゃくちゃされたい」


 恥ずかしかったが、何とか言えた。普段の俺らしからぬ言動に不審感を募らせていないだろうか? そこが不安だ。


「……一回だけなら、別にいい……けど」


「──!」


 頬を赤く染めながら目線を逸らす藍音を見て、俺は一瞬ドキッとしてしまった。まさか本当に許可してくれるだなんて、思ってもいなかった。


「ほ、ほら! は、早く食べてよ!」


「ちょ、待てって」


 藍音はお弁当箱からタコさんウインナーを箸で掴み、俺の方へ差し出してくる。あまりにも急だったので、全く心の準備が出来ていない。


「お、遅いって!」


「ふぐっ?!」


 強制的に口の中に入れられ、すぐに箸を引っ込められる。俺は口の中に入ったタコさんウインナーの味を堪能する。

 というか、全く「あーん」された気分になれないんだが……。


「はいおしまい!……今日は、特別なんだから……」


「そ、そうか……」


 藍音らしからない行動に呆気を取られていたが、今一度脳内を整理する。


(今なら、言えるかもしれない)


 昨日、母さんから提案されたあの言葉を、今ここで言うんだ。心の準備は出来ている。いつも通りに、スラっと言えばいいだけ。


 ──頼むから、成功してくれ……!


「あー、七咲って今週の土曜日、暇か?」


「ん? うーん……確かに暇だね。どうして?」


「だったら……一緒に遊びに行かないか?」


 言えた。心臓の鼓動がやけにうるさいけど、なんとか言えた。

 だが、気を抜いてはいけない。いきなり俺から誘ったんだ。もしかしたら、警戒されているかもしれない。


「うん、いいよー! 鷹宮と遊びに行くなんて、超楽しみ!」


 案外すんなりといけた。

 こんなに上手くいっていいものなのか? 俺が勇気を振り絞って初めて女子を誘ったのに、何だか徒労に終わった気分だ。


「じゃあ、決まりだな。予定はメールで送っとくから、またその時に」


「オッケー」


 決行日は土曜。予定は既に組んである。夕方になり、別れる直前に自分の気持ちを告げるつもりだ。

 上手くいく保証はない。その後の関係が崩れる可能性もある。それでも俺は──口にする。




 ──俺が、「七咲が好きだ」ってことを。


 


 

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