第13話 意識している自分がいる
先程から嫌に心臓の鼓動が体内で響いている。気が紛れて集中することすら出来ない。
脳内では目の前の勉強内容のことより、放課後に盗み聞きしてしまった話の内容がしつこく焼き付いている。
「ねぇ鷹宮。ここはどうやって解くの?」
今は雑念でしかない。それでも……頭から離れない。忘れようとしても……出来ない。
「聞いてる鷹宮?」
だってあの藍音が俺のことを……そんな、まさか……。その場しのぎだったりする可能性もある。でも、やっぱりあの感じは本気っぽかったというか、なんだ、その……うん。
「あほみや! まーた私を無視しないでよ!」
「えっ、あ……あー、悪い」
自宅の机に教材を並べ、勉強をしている所だったな。また考えごとをしてしまった。
「もう……今日はどうしたの? そんな浮かない顔して」
「その、だな……」
俺は藍音の方に視線を向け──逸らしてしまう。見れない。藍音の顔を見ようとしたら、なんだが恥ずかしいような気がして見れない。
「……私、何か気に触ることでも、した?」
「……! ち、違くてだな……」
別に藍音は何も悪くない。全部俺のせいだ。俺一人がただ思い悩んで悶えているだけの問題だ。
でもそれが藍音のことだから、中々口に出すことが出来ない。
「えっと……どこだっけ?」
「もう、話を聞いてよね。──ここを教えて欲しいんだけど、いけそう?」
「あ、あぁ……いける」
俺は藍音が指定した場所の問題を解説し、徹底的に頭に叩き込んだ。……なるべく、藍音の方は見ないで。
それからしばらくして。
「んー……ちょっと休憩しよっかー」
「……そうだな」
藍音が軽く伸びをする仕草を見て、やっぱり目を逸らしてしまう。まじまじと見るのは失礼なのだが、一瞬だけ見るのもなんだか……むず痒く感じる。
「あ、あのさ……今日の放課後はどうしたんだ? 急にどこか行って……」
「……!」
俺が聞くと、藍音が肩をビクッと震わせ、ソワソワしだす。
「え、えーと……ちょっと探しものをしててね……」
「そうか……。それで、見つかったのか?」
「う、うん! 見つかったよーえへへ……」
一応話だけは合わせておく。
ここで「本当は告白されたんだろ?」なんて言ったら、盗み聞きしたと思われてしまう。
しかもさらに、気まずい空気になる。だって、俺の話題を出していたんだ。その……俺のことが……好き……という。
「どうしたの鷹宮? 顔赤いよ?」
「え? いやこれは違くてだな……」
「ちょっとそこ動かないで」
藍音が静かにそう言うと、腕を伸ばしてき、俺のおでこに手を当てた。
温かく小さな手で、ここからでも分かる石鹸の甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
「ちょ、七咲……?!」
「うーん……熱はなさそうだねー。良かった良かった!」
藍音は手を離すと、自分の額にもくっつけ、うんうんとうなずく。そんな様子を見て俺は、さらに身体が熱くなるのを感じた。
「そういえば、静奈ちゃんは来ないのかなー?」
「昨日は突然だったから一緒にいたけど、普段はこうだからな」
ご飯のとき以外は滅多に姿を見せない静奈。多分あのふすまの向こうでは、また猫耳をつけて自撮りでもしているのだろう。かわいい妹め。
「そうかー……ざーんねん……」
ガクシと肩を落とし、残念がる藍音。そんな動作にもいちいち心臓が反応してしまう。
「でも、鷹宮がいるからいっか! ほら、鷹宮で我慢してあげるから、感謝してよね!」
「え、あ、ありがとう……」
「え……? 『ありがとう』?」
ヤバいやらかしてしまった。
いつもの俺だったらそんなこと言わないのに、どうしたんだ俺。一旦落ち着こうじゃないか心臓も。
「いや、本当は俺、七咲より静奈と一緒にいたかったけど、まあ我慢してやるよ俺も」
決まった。これがいつも通りの俺だ。
すると、藍音は一瞬だけ悲しそうな表情を見せ、すぐに挑発交じりの表情に変えた。
「へ、へー……やっぱりシスコンじゃん鷹宮って。静奈ちゃんが困るようなことしたら駄目だよ?」
「シスコンじゃねえ、妹が大切なだけだ。それと、世界一かわいい妹でもある」
「……それ、シスコンモドキだから。静奈ちゃん聞いたー? 兄さんに愛されてるねー!」
するとふすまの奥からがたんとした音がなり、それから静寂があたりを包み込む。さっきの音はなんだったのだ?
「……よし、勉強再開しよっと。鷹宮は早く教えてよね!」
「あぁ、分かった」
なるべく自然な雰囲気で、俺は藍音に勉強を教えていった。
────────────────────
「んー、今日も暗いねー」
「……そうだな。気をつけろよ?」
「もしもの時は、鷹宮に任せたよ?」
「悪いが俺は、か弱い存在だからすぐに逃げるぞ?」
「……本当に『よわみや』だね、情けない情けない……」
時刻は18時半。
既に日は沈み、辺りは街灯でのみ照らされていた。冷えた風がたまに吹き、身体を撫でては身震いしてしまう。
「女の子を守るのが、男の子の役目でしょ?」
「七咲って女の子だったのか? 初耳だな」
「ちょっと! それは失礼じゃないの?! 本当に勘違いしてないよね?!」
「嘘だ嘘。七咲は紛れもなく女子だ」
心のざわつきは少しだけ残っていたが、いつも通りの対応。段々慣れてきた。明日には忘れていると……いや、忘れることなんてできっこない。
「もう……ばか。知らない」
「……!」
プイッと顔を背けた藍音を見て、またも心臓が高鳴る。自分でも、意識しているのが嫌なほど分かる。いつもの調子なのに、どうして……。
「悪かったよ俺が。だから機嫌直してくれよ」
「…………」
「ショックだな……俺、七咲から嫌われたのか」
「ち、違う! 全然嫌いじゃないし! むしろ──あ」
藍音が急に振り返ったかと思うと、何かを言いかけすぐに口を塞ぐ。俺の聞き間違いでなければ「むしろ」と言っていた。むしろ……むしろ……?
「べ、別に鷹宮なんて面白くないと思ってるしー! ばかみやのばーか! もうここでいいし!」
「あ、ちょ、おい……えぇ……」
藍音はそれだけ言うと、走って行ってしまった。ここから家まで百メートルぐらいだから良かったが、三百メートルあれば追いかけていただろう。
「…………」
やっぱり、今日の藍音の言葉を聞いてから、意識しているんだ。この胸のざわつきも、もしかしたら……あれなのかもしれない。
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