第12話 七咲藍音という少女

(七咲はどこに行ったんだ?)


 授業も終わり、放課後となった。

 今日も勉強を教えて欲しいと頼まれ、一緒に帰る予定だったのだが、いきなり教室から走り去って行った。


 俺は不審に思い、学校を隈なく探しているが、見当たらない。さらに人気のない場所にも足を運ぶ。普段なら絶対に来ない場所だ。


「ここに来てくれてありがとう」


 不意に上方の階段から声が聞こえ、足を止める。俺が呼ばれたのかと思ったが、違う。

誰かと話しているようだ。


「いきなりなんだけど……七咲さんに一目惚れした! 俺と付き合ってくれ!」


 とんでもない場面に出くわしてしまった。高校生ならば人気のない場所で告白するというのも、一つの醍醐味みたいなものだが、本当にあったとは……。


 盗み聞きなんて駄目だな。ここは立ち去ろう。


「ごめんなさい無理です」


 俺はその声を聞き、ピタッと足を止めた。男子生徒が告白してすぐに断られたのが驚いた訳ではない。その声に聞き覚えがあったからだ。


(七咲……だよな……?)


 紛れもなく藍音の声だった。まさか男子生徒に呼ばれていたとは……。確かに容貌は整っているからモテるかもしれないが、高校始まって早々に告白されるだなんて、人気者だ。


 ──でも、七咲は断ったのか。


「──どうしてか……聞いてもいいか?」


「君って、私のクラスにいる佐藤君でしょ? 入学当初に佐藤君が私のことを『地見陰キャ』ってバカにしてたの知ってるよ? そんな人と付き合う訳ないじゃん」


「え……? そ、そんなことは──」


「知ってるから無駄だよ?」


 クラスメイトの佐藤茂か……確か男子グループの中でも結構目立っていた存在だったな。俺とは正反対の人だ。


 それより、藍音を「地見陰キャ」と呼んでたやつがよくも告白なんてしたな。掌返しが凄い。


「チッ……知ってたのかよ」


 先程までの声とは違い、佐藤の声が低くなる。空気も少し変わったように思えた。


「お前、いつも鷹宮とかいう陰キャと一緒にいるけどよ、どこが良いんだよあいつの? いつもボーってしてて気持ち悪いと思わないの──」


「鷹宮を馬鹿にしないで!」


 藍音の叫ぶような声が辺りに響き、そして静寂が訪れる。


「鷹宮は……鷹宮は地見だった私を変な目で見ずに気軽に接してくれた。それに比べて、佐藤君はどうなの? 最初は悪口ばっか言ってたのに、今では一目惚れしましたって。私を何だと思ってるの!」


「……っ。な、何って……」


 藍音の圧倒的な正論に男子生徒は答えられず、そのまま沈黙が続いた。


「言っとくけど、鷹宮は佐藤君よりも優しくてノリのある面白い人なんだから。だから鷹宮を──馬鹿にしないでちょうだい」


「……はっ、そういうことかよ。お前は鷹宮のことが好きなのか」


「…………」


 そこから藍音は何も答えず、沈黙した。それを男子生徒がどう受け取ったのか──さらに言葉を続ける。


「いいネタが手に入った。早速友達に拡散してやるよ。『七咲は陰キャの鷹宮が好き』と。取り消して欲しかったら、俺とナイショで付き合え」


「佐藤君あなた、いま自分が何を言ってるのか分かってるの? それは脅迫と同じよ」


「だからなんだよ! どうせここには誰もいないから、脅迫しようが証拠が無ければ先生にも親にも言えない」


 これは流石にまずくないか? 俺が行くべきだろうか? ……よし、行くしかない。


 俺が階段を登ろうと一歩踏み出した瞬間──


「拡散したらいいじゃん。だって私は鷹宮のことが……好き、だから」


「──?!」


 藍音のまさかの言葉に、俺の心臓が急激に早く脈打ち始めた。何度も頭の中で藍音が言った「好き」が木霊し、反響する。先程から心が落ち着かず、冷静な判断が出来なかった。


(七咲が……こんな俺を……?)


 俺のどこに魅力がある。目立たなくて元気も溢れてなくて、変な人だ。シスコン疑惑もあるような存在であり、ボッチでもある。


 いや、藍音が俺を好きになるはずがない。そうだそうに違いない。あれは友達としての「好き」で合っているはずだ。だってこんな俺が──


「いつか告白もしようと考えていたし、佐藤君が噂を流すんだったら……広まったときに……その……鷹宮に伝えるし」


「……っ! くそっ……!」


 足早に階段を駆け下りてくる音が聞こえた。それが佐藤だと気づいた時にはもう遅く、俺と鉢合わせする。


「……!……チッ」


 佐藤は何か言うこともなく、俺を一瞬だけ睨み付けて走り去って行った。


「…………」


 どうしたらいいのか分からない。今この状況で藍音の所に言っても、なんて言えばいいか分からない。視線を合わせることも出来ない。だって……これからどんな目で藍音を見たらいいのか分からないんだ。


 一歩踏み出せない俺は足音を殺しながら階段を降りていき、携帯で藍音に『先に帰ってる』とだけ送った。


「……俺は七咲のことを……」


 それ以上は考えることが出来ず、ただ前を見て歩くだけだった。

 




 

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