第10話 境遇が似て非なるもの
(眠いなー……)
今日も今日とて怠い身体に鞭を打ち、自分の教室へ向かう。廊下には談笑しているグループが多く、一人で歩いている俺が嫌でも目立ってしまうような気がした。
歩行スピードを上げ、教室前に辿り着いた俺は、教室の後ろの扉を開ける。
「七咲さん! 今日、私達とカラオケでも行きませんか?」
「うんうん、絶対に来てほしい! ていうか、メアド交換しようよ」
「今度の土日とか空いてる? 遊園地とかどう?」
(なんだ……? やけに騒がしい)
藍音の席を取り囲むように、クラスメイトの女子たちが集まっていた。俺の席の机にも腰掛けている女子がいたから、行こうにも行けない。
(まあ……あれだけ変われば注目も浴びるか……)
それにしても、入学当初は避けていたのに、今更話しかけるなんて虫のいい話だな。人の悪いところが全面的に出ている。
(……どこかで時間を潰すか)
俺が踵を返すように教室に背を向け、歩き出そうとする。
瞬間。
「あ──鷹宮!」
後ろから声が掛けられたかと思うと、イスの引く音が聞こえる。振り返ると、藍音が俺の目前まで来ていた。
「ちっ……鷹宮のやつ」
「邪魔しやがって……」
藍音の席に群がっていたクラスメイトの女子たちが、俺に刺すような視線を寄こしてくる。完全に嫌われているな……。
「鷹宮、こっち来て」
「ちょ──?!」
腕を引っ張られ、そのまま連れて行かれる。廊下にいる一部の生徒たちが俺達に視線を向けていたが、そんなことは極力無視して、藍音に連れて行かれるがままに身体を委ねる。
──そして、人気のない屋上前の階段に辿り着く。
「はぁ……、はぁ……、っ」
「な……なさき。いきなり、どうした?」
息を切らして両膝に手をつく藍音を見やると、藍音は「あはは……」と小さく笑ったのち、顔を上げる。
「教室にいると、皆が私に話しかけてくるからさ……」
「……それで、どうして俺をここに?」
「理由を付けて出て行きたかったの。お手洗いだと、着いてくるから……」
藍音も大変だな、嫌に絡まれて。特に集団で来られると、逃げ道も塞がれる。
「やっぱり、クラスの女子と仲良くするのは嫌なのか?」
「……半分そうで、半分違う……かな」
なんとなくだが、藍音の心境は察した。元々、藍音は見た目で判断するような人とは関わりたくないと思っていたが、思いの外、皆が容姿と趣味で判断した。
二、三人ぐらいいるだろうと思っていたが、実際には男子の俺一人。
これでは、学校生活に支障をきたしてしまう。友達がいないというのは、そういうことだ。
「私……どうしたらいいんだろ」
「……俺は、さっきの女子と友達になるべきだと思う」
「え……?」
俺がそう言うと、藍音はポカンとした表情になる。そんな藍音を見やりながら、俺は言葉を繫げた。
「このままでは、七咲の居場所がなくなる。表上だけでもいいから、仲良くしたらどうだ?」
「……でも、皆は最初、私から距離を置いてた存在だし」
「それでも──居場所がなくなるよりかはマシだ。例え相手が嫌でも、時には仲良く接するのが人付き合い……ってやつだろ?」
友達という存在とは無縁の俺だから、人付き合いというのはそういうことだと認識してるが、合ってるだろうか?
「じゃあ、鷹宮はどうするの? 私がいなくなったら……その……」
「俺は大丈夫だ。9年間、独りで過ごしてきた俺に、学校生活で怖いものは……少ししかない」
班決めとペアを作れに関しては、良い思い出がない。まあそれも、なんとか乗り越えてきたが。
「……ううん。やっぱり私は、クラスメイト達と仲良くならない!」
「……どうしてか聞いても?」
何かが吹っ切れたような表情を作る藍音に、首を傾げる。
「だって私は、鷹宮と一緒にいるだけで楽しいから!」
「──っ?!」
ニコッとする藍音の表情を見て、不覚にもドキッとしてしまう。次第に心臓の鼓動が早く脈打ち、顔が少しだけ熱くなる。
「だから鷹宮は──これからも私を楽しませてよね? 一人にしたら許さないんだから」
「……ぜ、善処する」
そこから数秒間沈黙が続き、少し気まずくなる。藍音に視線を向けると、たまたま目が合い、すぐに逸らす。
「ど、どうして視線を逸らすのよ! そんなに私と目が合うのが……嫌なの?」
「ち、違くてだな……これは」
俺は深呼吸をして、心臓の鼓動を落ち着かせてからもう一度、藍音の目に合わせる。
吸い込まれそうになるほど綺麗な瞳に、思わず意識が持っていかれそうになったが、見つめ続ける。
数秒、無言が続いたが、次は藍音が逸らしてきた。
「そ、そんな見つめないでよ……。──ていうか、鷹宮が何か話題を振ってよ! どうして見つめるだけで何も言わないのさ!」
「そう言われてもな……」
困ったな……話題を振れと言われても、特に何も思いつかない。こういう所で弱いんだよな、俺……。
すると、校内にキーンコーンカーンコーンとチャイムが響く。
「やばっ! 鷹宮、急いで!」
「お、おう」
このチャイムが鳴り終わるまでに席に着いていなければ、遅刻扱いされる。例え教室にカバンを置いていても──だ。
俺と藍音は全速力で階段を下り、廊下を走って、自分達の教室に辿り着く。
ギリギリの所で席に着いた俺達は、互いに息を切らして、肩を揺らした。
一部のクラスメイトが不審に思ったのか、俺達に視線を送ってきたが、すぐに前を向いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます