第9話 君と一緒に夜道を歩く

「あ……そろそろ帰らないと」


 時刻は午後18時50分。一時間前まで窓から差し込んでいた光は消え、既に太陽が沈んでいた。

 そんな外の様子を見てか──藍音がそう呟く。


「お兄ちゃん……ちょっと来て」


 すると、静菜が手招きをしてきたので、俺は「何だ?」と思いながら近づく。


「七咲先輩を……家まで送ってあげなきゃ、駄目」


「そうなのか?」


 藍音には聞こえない程度の声で囁かれ、俺は首を傾げる。

 やっぱり、友達同士なら家まで送るのが普通なのだろうか? 


「女の子を夜道で一人、歩かせるの……危険」


「あぁ、そういうことか」


 確かに一人で歩かせるのは危険だ。しかも藍音は女子ときた。

 最近は不審者情報とかも出回っているし、特に昼間とは違って夜に徘徊する不審者が増えてきている。


 でも、相手が集団だったらどうしよう。俺一人では到底、敵うはずもない。

 その時は、覚悟を決めるしかないな。


「七咲。俺が家まで送ってやろうか?」


「え、いいの? 鷹宮気が利くー!」


 もし静菜が俺にアドバイスをしてくれなければ、今頃玄関でお別れをしていただろう。

 静菜に借りができたな……いつか返さねば。


「静菜はお留守番を頼む。母さんはそろそろ帰ってくるはずだ。俺について聞かれたら『20時までには帰ってくる』って伝えてくれ」


「うん……分かった」


 それだけ言うと、俺と藍音は玄関で靴を履き、外に出る。

 満月が辺りを照らす中、冷たい夜風が俺の頬をくすぐる。藍音は制服姿だが、寒くはないのだろうか? 特に露出した両足とか、俺だったら凍え死ぬはずだ。


「今日は楽しかったねー!」


「だな。俺も久々に楽しいと思えた」


 友達と遊ぶことなんてなかった俺は、今日という日を未来永劫忘れることはないだろう。もっと早く巡り会えたら良かった。

 それより、さっきから通行人の視線が気になるのだが。特に俺の方へ向けてくる。


「最初は静菜ちゃんに嫌われたって落ち込んでたけど、最終的に私のことを認めてくれたし、結果オーライ!」


「静菜が家族以外の誰かを認めるなんて、本当に凄いことだ。流石は七咲だな」


「もう、褒めたって何も出さないよーだ!」


 別に何かを欲しくて褒めたわけでもないが、ここは乗ってみることにしよう。


「まじか……褒めたら七咲から何か貰えると思ったのに……」


「ふふん! もっと褒めてくれたら、何かプレゼントしてあげてもいいんだけどね!」


 藍音を褒めるか……どうしよう。あまり人を褒めたことがない俺からしたら、難題過ぎる。

 とりあえず、思いつく限り片っ端から言ってみるとしよう。


「七咲って明るくて、周りの人を元気付ける魅力を持ってるよな」


「そ、そうかなー……」


「あぁ。前向きで初対面の人とでもすぐに仲良くなれそうな優しい性格の持ち主だ」


「う、うん……へー……」


「将来は面倒見のある良い奥さんになるんじゃないか? 七咲の旦那さんはさぞ幸せ者──」


「ストップストップ! もう褒めなくていいから!」


 これは俺の勝ちでいいのだろうか? このまま続けていたら藍音の褒める場所も底をつき、必然的に俺が負けることになっていたのに。


「最後のは……ノーカン、だから……」


「どうしてだ? 俺は思ったことを口に出しただけなのだが……」


「駄目なものは駄目!……言い過ぎだし」


 毎日が飽きないような、絶対に良い奥さんになると思うんだけどな。たまにふざけたり、相談事に乗ってくれたり、ずっと笑っていてくれたり……なんと羨ましいことか。


 ──そんな人と俺は、こうして一緒にいていいのだろうか?


 俺以外にもっと良い人や面白い人がたくさんいるのに、藍音は「見た目や趣味で判断しなかったから」という理由で仲良くなってさ。

 最初から髪を切って明るく接していたら、もっと友達が出来たのに……。それに、俺みたいなボッチで陰キャとは不釣り合いだし、一緒にいるってだけで藍音の評判も下がる。


 ──いつか、別れないといけない。


「鷹宮、そんなに私の顔を見つめて何か付いてるの?」


「え、あ、いや……なんでもない」


 危ない危ない……無意識的に藍音の顔をガン見してしまった。流石に失礼だよな。


「……なんか悲しそうな雰囲気だったけど、何かあったの? 相談に乗ってあげよっか?」


「いや、本当になんでもないんだ。──忘れてくれ」


「ふーん……そう」


 本当はあるってバレてないよな? そしたら、藍音に隠し事をしているってことで嫌われたり……それは嫌だな。


「突然なんだけどさ──鷹宮って昔に好きな人とかいた? それとも、今でも好きと思ってる人とか」


「本当に突然だな」


「いいからいいから! 三度の飯より恋バナが好きだからさ!」


 女子って本当に恋バナが好きだな。俺にはよく分からない。


「悪いが、好きな人はいないから恋バナとか出来そうにない」


「えー……本当に『つまみや』だしー」


「なんだ『つまみや』って?」


「つまんない鷹宮──略して『つまみや』」


 酷いあだ名だな、おい。確かに恋バナがない男子はつまんないやつと思われても仕方がないが、そこまで言わないでくれ……。


「そういう七咲こそ、好きな人はいたのか?」


「私? 私は……昔はいなかったかなー」


「ほら、やっぱり『つまさき』だな」


「つま先? 何でそこでつま先が出てくるの?」


 何で「つまんない七咲」を略して「つまさき」って分からないんだよ。確かにつま先だけど、つま先ではなくて「つまさき」だ。


「いや、忘れてくれ」


「鷹宮ってすぐ『忘れて忘れて』言うじゃん! そんなに忘れ去られたい存在なの?」


「存在は忘れ去られたくないな」


「でしょ? だったら金輪際、忘れてを禁止するからね!」


 俺の中で、ダジャレや面白いことをして滑った時に役立つ言葉第1位である「忘れてくれ」を禁止されたら、困ってしまう。

 ……まあ、誰かを笑かすなんてことはしないが。


 そうやって駄弁りながら歩くこと20分──


「着いた! ここが私の家!」


「ここが七咲の家か」


 まるで新築のように綺麗な二階建ての家の前で止まる。俺のボロアパートと比べると、なんだか虚しくなってきた。


「送ってくれてありがとね! ちゃんと私の家の場所、覚えといてよ?」


「今日寝るまでは覚えとくから安心しろ」


「安心できないし! 明日も明後日も覚えといてよ!」


「まあ頑張るから」


 初めて出来た友達の家なんだ。絶対に忘れるはずがない。行く機会があるかどうかは分からないけど……。


「じゃ、また明日! それと、頭の猫耳全然似合ってないよ?」


「猫耳?──ってうわっ?!」


 頭を確かめるかのように触ってみると、猫耳カチューシャが付けられたままだった。だからやたらと通行人の視線が俺の頭に注がれたのか……なるほど──じゃないって。


「……教えてくれよ」



 藍音が家の中に入ったのを確認すると、俺は一人でポツリと呟いた。




 

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