第8話 猫耳といえば……

「嫌だったら答えなくていいが……どうして静菜は猫耳を付けていたんだ?」


 藍音と静菜の笑いが一旦収まったのを確認し、俺は問う。

 猫耳は未だ俺の頭に装着され、外そうとすると「鷹宮は面白いから付けといて」と藍音に強制されたから、諦めることにした。


「その……誰にも言わない?」


「俺と七咲を信じろ。絶対に他言はしない」


「そうだよ静菜ちゃん! 私は秘密を絶対に言いふらさないから!」


 静菜は俺と藍音を交互に見やると、意を決したかのように口を開く。


「実は私……猫が好き、なの」


「そうなのか? 初耳だな……」


「なんで兄である鷹宮が知らないのよ……。これまで静菜ちゃんのどこを見てきたの?」


「そう言われてもな……」


 俺だって静菜の知らないことはたくさんある。

 知ってることと言えば、身重155センチ体重44キロ。好きな食べ物はショートケーキで嫌いな食べ物はナス。昔の趣味はカラオケだったが、今は知らない。特技は一瞬で記憶すること。

 ……なんで俺、身長とか体重を覚えているんだ? 流石にこれはシスコンと言われても仕方がないな。


「それで……ふと思ったの。『猫になりきりたい』って。それで……その……猫耳を買って、付けたの……」


「猫になりきりたい……か」


「や、やっぱり……変、だよね?」


「何を言ってるんだ? 俺は全く変だと思わない」


 どんな趣味を持とうが、それは人の自由だ。それで誰も傷付かないならの話だが。


「あー! もしかして静菜ちゃん……」


 藍音は何を思ったのか──いきなり表情をニヤつかせ、俺に聞こえない程度の声で静菜に耳打ちをする。


 すると、静菜の顔が段々赤く染まっていき「ど、どうしてそれを……」と言いながらモジモジしだす。


「なあ、七咲……静菜に何を言ったんだ?」


「鷹宮は分からないの?! もうちょっと頭を柔らかくしたほうがいいんじゃない?」


「悪かったな柔らかくなくて」


 全く分からない。「猫になりきりたい」と言っていたが、それにヒントが隠されているのだろうか?


「で、でも七咲先輩……やっぱり恥ずかしくて……わ、私には出来ない……です」


「そうだねー……確かに恥ずかしい気持ちも分かるけど、家族なんだしいいじゃん?」


 「恥ずかしいけど、家族だしいい」……か。俺の推測が正しければ、俺に何かアクションを起こすつもりか? でも、それは一体何なのか……さっぱり分からない。


「私が鷹宮にしよっか?」


「だ、駄目です!」


 藍音でも出来ることか……なるほど全く分からん。だったら俺でも出来るのではないだろうか?


「その、二人が言い合ってるそのことなんだが……俺でも出来るか?」


 すると二人はキョトンとした表情になり、次第に苦虫を噛み潰したような顔になる。


「鷹宮がしたら……流石に引くかも」


「私も……同じ」


「えぇ……」


 女子限定のやつで決定だな、うん。


 ここで一旦整理すると「猫耳を付け、恥ずかしいけど家族になら出来ること。しかも、俺がやったら引かれる」だ。追加で「七咲も出来るけど、静菜からしたら駄目なこと」……。


「俺、分かったわ」


「「え……?!」」


 二人が意外そうな顔をしながらあたふたとしている中、俺は答えを口に出す。


「猫耳メイド──だろ? あの猫耳メイドカフェにいる人達みたいに『ご主人さにゃー!』とか言うやつ」


「…………」


「…………」


 その「何言ってるの?」という視線を送ってくるのやめてくれ……。俺は絶対にこれだと思ったのに……。


「……えっと、鷹宮は静菜ちゃんに猫耳メイドさんをしてもらいたいの? それとも、私に?」


「違うそうじゃない」


「お兄ちゃん……そういう趣味……してるんだね……。いいと、思うよ?」


「違うから全然違うから。それと、絶対に良い趣味だと思ってないよな? そうだよな?」


 何だよ二人して寄ってたかって俺を変な人扱いして。俺は思ったことを口に出しただけで、決してそんな趣味を持っていない。


 ……でも、猫耳メイド姿は見てみたいような……いやいや何を考えている俺。もっと二人から引かれるってそれは。


「正解は静菜ちゃんがいつか行動に起こすと思うから、鷹宮は嫌がったりしたら駄目だよ? まぁ、私だったら大歓迎しちゃうけど!」


「俺は静菜に何をされようと、受け止めるつもりだ。絶対に嫌がらない」


「……やっぱり鷹宮ってシスコンだよね」


「違うこれは家族愛だ。血族同士は互いに愛し愛され生きている」


 自分でも何を言っているのか分からなかったが、家族とはそういう存在だ。傷付けるような言動は、絶対にしない。


「そういうことみたいだよ、静菜ちゃん。猫耳メイド姿になって欲しいとか考えてるような人だけど、良いお兄さんを持ったね!」


「は、はい……!」


 猫耳メイドを引きずるのやめてもらっていいですか? あれは瞬間的に思いつた推測であって、もっと深く思考に耽ていたら、絶対に正解を言い当ててみせたはずだ。


「でも、今は恥ずかしいので……またいつかします」


「うんうん! もうかわいいんだから!」


 藍音はそう言って、静菜の頭を撫でる。その光景はまるで、姉妹を思わせるかのようだった。


「ねえ鷹宮? 静菜ちゃんをお持ち帰り──」


「駄目だ」


 俺の妹は絶対に渡さん。しかも藍音のことだ……絶対に静菜を振り回して混乱させるに違いない。

 しかも、静菜は藍音のことを嫌っているはず。あの表情も、絶対に演じて──


「七咲先輩……その……相談したいこと、あるので……また来てください」


「全然来る! またお話しようね!」


 もう俺の妹持ってけ。そうしたら、いつでも静菜の相談に乗れるし、わざわざここまで来なくて済む。

 良かったな静菜……姉が出来て……俺とはお別れだ。残りの人生、二人で仲良く生きろよ。


「……なんで鷹宮はそんな悲しそうな顔してるのよ」


「だって、七咲が静菜の姉に……」


「何を言ってるのかさっぱり分からないんだけど!」


 あ……そうだった。静菜は一生、俺の妹だったんだ。危ない危ない……危うく、藍音に静菜を渡すところだった。

 もしかして、藍音に精神操作マインドコントロールされていたのか? これは新手の刺客……危険人物リストに入れなくては……。


 ──そんな感じで俺と藍音と静菜は話に花を咲かせ、気づけば18時をとっくに過ぎていた。



 









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