第7話 笑いという名の賜り物

「静菜ちゃん……本当にごめん!」


「……い、いや……です。七咲先輩は、もう……嫌い、です」


 藍音から隠れるように俺の背中へ身を潜める静菜から、そんな冷たい言葉が出る。


 先程、猫耳カチューシャを付けた静菜を俺と藍音が見て混乱していたら、急に静菜が泣き出してしまった。


 今は何とか落ち着いて来たが、どうやら藍音を目の敵にしたらしい。藍音は何度も謝っていたが、一向に許す気配がない。


「気持ちもわかるが、許してあげたらどうだ? 七咲も反省してるし……」


「お兄……ちゃんも、どうして……止めなかったの?」


「え……あぁ、それは……だな……」


 確かにそうだ。静菜から見て、俺は止めようと思えばいくらでも止めれたはずだ。


 藍音を止めなかったということは、共犯者扱いされるのも納得。ここはどう切り抜けようか……。


「静菜ちゃん、鷹宮は悪くないの。私が隙を突いてやったことだから」


 俺が打開策に思案を巡らせていると、藍音がカバーしてくれた。


 だが、隙を突いてというのは立派な噓だ。藍音は俺が言った「一切、責任を取らない」ということを守ってくれているらしい。


「お兄ちゃんが悪くないのは……分かりました。でも、七咲先輩は……絶対に、許しません……」


 色々まずいな。俺的には藍音と静菜が女子同士、仲良くして欲しいと思っていたのに。


 ──ここは一か八か、試してみるか。


「どうして静菜は隠していたんだ? あんなに可愛くて似合っているなら、隠す必要なんてなかったはずだが……」


「──っ!」


 かわいいや似合っていると思ったのは事実だ。SNSに投稿したら、軽く十万いいねは貰えるだろう。いや、俺が10万ものアカウントを作っていいねしてやる。


 ここで静菜が俺の感想をどう捉えるてくるか……。


「お、お兄ちゃんの、バカ……!」


 静菜は背中をポカポカと叩いてきた。


 痛くはないからいいのだが、嬉しいのか嫌だったのか分かりかねる。


「鷹宮って静菜ちゃんには『かわいい』とか『似合っている』とか言うんだね。……私が髪を切っても言ってくれなかったのに」


 最後の方は聞き取れなかったが、俺だって静菜を褒めることはある。


 まあ、静菜は猫耳を付けなくてもかわいいんだけどな。将来は絶対にモテる。


「ねえ、静菜ちゃん……もし良かったら、私も猫耳カチューシャを付けていい?」


「え……? 七咲が付けるのか?」


「いいじゃん! 私も似合っているって言われ……じゃなくて、私も昔から興味があったんだよねーうんうん」


 藍音が猫耳を付けるのか……全く想像出来ない。


 でも、静菜が貸してくれるだろうか? 相当、嫌われているはずだが。


「いい……ですよ。七咲先輩も、私が体験した恥を……知って……欲しいですから」


 いやいや静菜よ、逆だ逆。藍音なら喜んで付ける。恥とか絶対に感じないと思う。


「やったー! それで、猫耳はどこにあるの?」


「あっち……です」


 すると、藍音は俺の後方にあった部屋に入っていく。


「あった! これをこうして……と。二人とも、こっちを見て!」


 俺は言われるがままに後方へと視線を向ける。


 そこには──


「どう? 似合ってるでしょ? ニャー!」


 猫耳が嫌というほどに似合っている藍音がいた。


(やばい……直視出来ない)


 正直に言って「かわいい」と思っている。


 いや、この「かわいい」は動物に向けるかわいいであって、藍音が「かわいい」とは思っていなくてだな……そうだ、そうに違いない。


「どうどう鷹宮? 私も静菜ちゃんには負けてにゃいでしょ?」


 駄目だ……言葉に「にゃい」を付け加えるのは反則だろ。少しでも猫を演じようとするその姿勢はポイントが高すぎる。


「あー……うん、まあ良いんじゃないか?」


「……ちゃんと『かわいい』か『似合っている』か言ってよ、バカみや」


 最初は何を言っているか聞き取れなかったが、「バカみや」だけは聞こえた。


 ……ん? バカみや? 何で俺が「バカみや」なんだ?


「ほら、静菜ちゃん! 別に隠さなくてもいいんだよ? 現に私はこうやって、鷹宮に見せてるわけだし!」


「……でも、七咲先輩は……かわいいから。私なんて……全然……」


「えー?! 静菜ちゃんの方が絶対にかわいいって! あの『シスみや』が私には似合っているって言わなかったのに、静菜ちゃんには言ったじゃん!」


「なあ……『シスみや』って何だ?」


 「シス」とは何かの略だろうか? 考えてみても、全く脳内に浮かんでこない。もう少し勉強しておくべきだった。


「うるさいシスコン! どうせ私は似合ってないですよーだ!」


「えぇ……」


 俺がシスコンなわけないだろ、どう考えても。そもそもシスコンとは、妹か姉が好きで好きでたまらない人を指す言葉。


 人は血族関係に好意を感じないように作られているが、それを破るかのように現れた存在がシスコンまたはブラコン、etc...だ。


 ……そうだよな? ていうか、何で静菜は俺から少し距離を取ったんだ? 違う、俺はシスコンなんかでない。信じてくれ。


「……俺は七咲の猫耳姿、似合っていると思うが……」


「へっ……?」


 何でそんな意外そうな顔をするんだよ。俺だって誰かを褒めることはある。

 それとも、俺は静菜だけにしか褒めないような人だと思われていたのか?


「そ、その……ありが──じゃなくて! 今更褒めたってもう遅いんだから!」


 そう言うと、頭から猫耳カチューシャを外し、こちらへと歩み寄ってくる。


 刹那──


「はいプレゼント……って、鷹宮全く似合って、ないじゃん!」


「なっ……」


 勝手に猫耳カチューシャを装着させられたかと思うと、七咲は俺を見るなり、腹を抱えて笑いだした。


「お兄、ちゃん……全く、似合って……ない」


「し、静菜まで……」


 静菜も俺を見るなり、小さく笑った。その表情は、ここ最近見ることの叶わなかった笑顔だ。



 昔みたいに楽しそうに笑う静菜を見て、俺も少しだけ、頬が緩んだ気がした。


 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る